第20話 探している答えは、すでに自分の中にあるのです。
文字数 1,602文字
「あ、ごめんなさい。姉上」
我に返ったシギスムントは慌てて菓子にかじりつき、噎せてしまった。背中をさすりながらオフィーリアは涼しげな笑い声を上げた。
「急ぐことはありませんわ。ゆっくりでいいのです」
オフィーリアの言葉は目の前の出来事だけでなく、シギスムントが常に苛まれている焦りをもなだめてくれるようだった。
「……姉上は、ずっと側にいてくださいますね」
懇願するような声の響きにオフィーリアが目を瞠る。彼女は嬉しそうに頷いたが、その微笑みにはどこか寂しげな翳が漂っていた。
「もちろん、わたくしは一生陛下のお側におりますわ。陛下がそれを望まれる限り」
「シギが望んだってダメなんだもん」
急に子供っぽい口調になった。拗ねた気分になるといつも精一杯背伸びをしておとならしくふるまっている反動か、実年齢以上に子どもに返ってしまう。わかっていても止められない。
それを知っているオフィーリアは叱ったりたしなめたりせず話を合わせた。
「まぁ、何故ですか? どうしてそんなことおっしゃるの」
「だってシギはずっと側にいてほしかったのに、辞めてどこかへ行っちゃったんだ」
「誰のことですの?」
「昔シギの世話をしてくれた人。シギが皇帝になったらいなくなっちゃったの。──あっ、そうだ。夢を見たんだ」
目をぱちぱちさせる妃に、シギスムントは夢のことを話した。うまく説明できなくて、もどかしさに苛立ちがつのる。
最初とまどった顔で首を傾げていたオフィーリアの表情が少しずつ毅然としたものに変わるのを、夢の説明でいっぱいいっぱいだったシギスムントは気付かなかった。
「どうすればいいのかな。わかんないや。何としても助けてあげたいのに。だって彼はいつもシギが困ってる時に助けてくれた……」
吐息のような笑い声が聞こえ、うつむいて唇を噛んでいたシギスムントはふと顔を上げた。
オフィーリアは静かに微笑んでいた。その笑みはいつものように優しく美しかったけれど、いつもとは何かが違っていた。
オフィーリアの笑みはどこまでもやわらかくて、雲のように掴みどころなくふわふわしている。今の彼女の笑みは、しなやかな強靱さを秘めて内側から光り輝くようだった。まるで雲間から太陽が覗いたみたいに──。
「答えはもう知っているはずだと、言ってあげるといいわ」
彼女の声もまた若木がしなるように凛と響いた。シギスムントはぽかんと妃を見つめた。
「探している答えは、すでに自分の中にあるのです。ただそれを思い出せばいい。今度夢で会ったら彼にそう言ってあげなさい」
シギスムントはこくりと喉を鳴らした。まったく別の人と会話をしているような気がする。でも全然怖くない。
いや、怖くないと言えば嘘になるが、少なくとも恐怖は感じなかった。聖廟の地下で女神の眠る柩を目にした時の畏れに、それはとてもよく似ていた。
ぱち、とオフィーリアが瞬きをした。呪縛が解けたように、ひしひしと感じていた言うに言われぬ威圧感が雲散霧消する。
にっこりとオフィーリアは銀のポットを持ち上げた。
「お茶、もう一杯いかがですか?」
「──あ。いただきます……。あの、姉上」
「はい?」
軽く小首を傾げ、オフィーリアが目を上げる。
「今、おっしゃったことは──」
「わたくし、何か申し上げましたかしら」
オフィーリアはとまどい顔で訊き返した。シギスムントは急いで首を振った。
「いいえ。何でもないんです。──このお茶、おいしいですね」
「それはよろしゅうございました」
ふわりとオフィーリアは微笑んだ。青空に浮かぶ雲のような微笑み。掴みどころがなくても、シギスムントは彼女の包み込むような笑顔が大好きだった。
それはいつも緊張を強いられて張りつめた心を癒してくれる。
この笑顔を守れるおとなに早くなりたいと、シギスムントは改めて思った。
我に返ったシギスムントは慌てて菓子にかじりつき、噎せてしまった。背中をさすりながらオフィーリアは涼しげな笑い声を上げた。
「急ぐことはありませんわ。ゆっくりでいいのです」
オフィーリアの言葉は目の前の出来事だけでなく、シギスムントが常に苛まれている焦りをもなだめてくれるようだった。
「……姉上は、ずっと側にいてくださいますね」
懇願するような声の響きにオフィーリアが目を瞠る。彼女は嬉しそうに頷いたが、その微笑みにはどこか寂しげな翳が漂っていた。
「もちろん、わたくしは一生陛下のお側におりますわ。陛下がそれを望まれる限り」
「シギが望んだってダメなんだもん」
急に子供っぽい口調になった。拗ねた気分になるといつも精一杯背伸びをしておとならしくふるまっている反動か、実年齢以上に子どもに返ってしまう。わかっていても止められない。
それを知っているオフィーリアは叱ったりたしなめたりせず話を合わせた。
「まぁ、何故ですか? どうしてそんなことおっしゃるの」
「だってシギはずっと側にいてほしかったのに、辞めてどこかへ行っちゃったんだ」
「誰のことですの?」
「昔シギの世話をしてくれた人。シギが皇帝になったらいなくなっちゃったの。──あっ、そうだ。夢を見たんだ」
目をぱちぱちさせる妃に、シギスムントは夢のことを話した。うまく説明できなくて、もどかしさに苛立ちがつのる。
最初とまどった顔で首を傾げていたオフィーリアの表情が少しずつ毅然としたものに変わるのを、夢の説明でいっぱいいっぱいだったシギスムントは気付かなかった。
「どうすればいいのかな。わかんないや。何としても助けてあげたいのに。だって彼はいつもシギが困ってる時に助けてくれた……」
吐息のような笑い声が聞こえ、うつむいて唇を噛んでいたシギスムントはふと顔を上げた。
オフィーリアは静かに微笑んでいた。その笑みはいつものように優しく美しかったけれど、いつもとは何かが違っていた。
オフィーリアの笑みはどこまでもやわらかくて、雲のように掴みどころなくふわふわしている。今の彼女の笑みは、しなやかな強靱さを秘めて内側から光り輝くようだった。まるで雲間から太陽が覗いたみたいに──。
「答えはもう知っているはずだと、言ってあげるといいわ」
彼女の声もまた若木がしなるように凛と響いた。シギスムントはぽかんと妃を見つめた。
「探している答えは、すでに自分の中にあるのです。ただそれを思い出せばいい。今度夢で会ったら彼にそう言ってあげなさい」
シギスムントはこくりと喉を鳴らした。まったく別の人と会話をしているような気がする。でも全然怖くない。
いや、怖くないと言えば嘘になるが、少なくとも恐怖は感じなかった。聖廟の地下で女神の眠る柩を目にした時の畏れに、それはとてもよく似ていた。
ぱち、とオフィーリアが瞬きをした。呪縛が解けたように、ひしひしと感じていた言うに言われぬ威圧感が雲散霧消する。
にっこりとオフィーリアは銀のポットを持ち上げた。
「お茶、もう一杯いかがですか?」
「──あ。いただきます……。あの、姉上」
「はい?」
軽く小首を傾げ、オフィーリアが目を上げる。
「今、おっしゃったことは──」
「わたくし、何か申し上げましたかしら」
オフィーリアはとまどい顔で訊き返した。シギスムントは急いで首を振った。
「いいえ。何でもないんです。──このお茶、おいしいですね」
「それはよろしゅうございました」
ふわりとオフィーリアは微笑んだ。青空に浮かぶ雲のような微笑み。掴みどころがなくても、シギスムントは彼女の包み込むような笑顔が大好きだった。
それはいつも緊張を強いられて張りつめた心を癒してくれる。
この笑顔を守れるおとなに早くなりたいと、シギスムントは改めて思った。