第49話 笑うとこですか、そこ

文字数 2,436文字

 絶句するソニアの背後で、ユージーンがピュウと口笛を吹いた。
「そりゃまた面倒なところに潜り込まれたなぁ。ほとんど治外法権地帯だぜ、そこ」
「……確か、大司教は過激な発言で何かと物議を醸していたような」
 アビゲイルが眉根を寄せて呟く。
「ああ。聖神殿や神々に対する攻撃的な物言いが多く、何度も神殿から正式抗議を受けている。そのたびに失言だったと謝罪はしてるが、本音だろうな。大司教は創造主教会の高位聖職者の中でも最右翼の狂信者だ。赴任前は、聖神殿の神々は皆悪魔だと公言して憚らなかった。そんな奴がなんでアスフォリアに派遣されたのか……」
「わはは! 俺たち悪魔だってよ、アビちゃん」
「笑うとこですか、そこ」
「んじゃ、怒る?」
「どうでもいいです。人間がわたしたちを何と呼ぼうと知ったことじゃありません」
 きっぱりした口調にただならぬ矜持の高さを感じ、ソニアは秘かに驚いた。キースは何となくげんなりしたように見える。
「……とにかく、大司教は心情的には完全に過激派だ。〈月光騎士団〉を陰から援助している疑いは濃厚だが、何しろお偉いさんで手が出せない。オージアスは屋敷から出て来ないし、勝手に踏み込んで捕まえるわけにもいかないからな。ちなみに、この情報を伝えてくれた邸宅の下働きとは、その後まったく連絡がつかない」
 ユージーンはゆっくりと顎を撫でた。
「新しい間諜を入れるのはやめといた方がいいぞ。無駄死にする」
「ああ、代わりに二十四時間体勢で外から屋敷の周囲を監視してるよ。――もうひとつ、きな臭い噂もある。聖骸公開日に天変地異が起こるそうだ。悪魔を拝みに行くと天罰が下る。教会の使徒は巻き込まれないように、聖廟には決して近づいてはならないとか」
「それ、何らかの大規模破壊活動が行われるということなのでは?」
「だろーね。〈月光騎士団〉としては、女神の実物と偶像を一度に破壊できる上、かなりの数の神殿派を始末して、創造主に対する畏怖をかきたてられる。一石何鳥だ?」
「そ、そんな。教会は大勢の人が死ぬのを黙って見てるつもりなんですか」
「たなぼたでしょ。〈月光騎士団〉は教会とは『無関係』なんだから」
 ソニアは絶句した。
「公式見解では、教会は神々の存在を認めている。あくまで創造主の下位の存在としてだがな。だから表立って聖骸公開にケチはつけていないし、参拝を禁止してもいない」
「黙認してたら教会の使徒だって死ぬかもしれないじゃないですか。改宗しても神殿に通い続ける人は大勢いると聞いてるわ」
「悪魔の親玉である女神を拝むような輩は偽の使徒だから死んでもいいくらいに思ってんじゃないのかな。あの大司教はとにかく凝り固まってるからねぇ。上っ面はどうあれ、創造主教会は聖神殿との共存など望んでいない。神々に対する信仰を根絶して創造主信仰を大陸中に徹底させることが彼らの目標なんだ。聖神殿の中核たる女神を排除するのも使命のひとつ。ゆえに女神を破壊する。しかし、女神の血を受け継ぐ者たちがいるかぎりいつか復活してしまうかもしれない。だから女神の血筋も根絶やしにするべし」
「教会は王家を滅ぼすつもりなんですか!?
「違うよ、ソニア様。さっき言ったでしょ。王家が何代続いたところで神々の因子は受け継いでいないんだ。彼らはただの人間さ。教会にとって真に目障りなのは、〈神の力〉を受け継いでいる女系子孫、つまりきみだよ、ソニア様。きみは教会にとっては邪魔なだけだが、王家の方は利用価値がある。そういうことだろ? キース」
「王家が聖神殿を捨てて教会に改宗すれば、勢力は一気に逆転するからな」
 ソニアは愕然とした。教会は王家を利用してこの国を支配するつもりなのか。
「それが創造主教会の最高指導者である教皇の意向かどうかはわからないが、少なくともアステルリーズ大司教の思惑はそんなところだ。〈月光騎士団〉の幹部であるオージアスを懐に抱えている以上、無関係のはずがない。裏でどんな取引があるのか知らないが、おそらく多数の死傷者が出るような破壊活動が計画されている。大司教はそれを黙認し、事後は潔白をアピールするために〈月光騎士団〉を声高に非難するだろう。これまでの活動内容からして、騎士団は汚れ役を厭わない」
「むしろそれを自分らの使命と心得ているんだろうね。自らの手を汚すことに彼らはまったく無頓着だ。ソニア様、自分がどれだけ厄介な連中から狙われてるか、わかった?」
 返事もできず、ソニアはぎゅっと拳を握りしめた。アビゲイルが気遣う口調で言った。
「ここにソニア様がいらっしゃることはすでに敵方に知られていると思います。しばらく神殿にでも身を隠しては」
 自分がここにいれば、アビゲイルたちの活動に支障を来す。ソニアは意を決して頷いた。
「……わかりました。でも、どこの神殿へ行けばいいの? やっぱり聖廟ですか」
「何もなければ聖廟に籠もっててもらうところだけど、今は聖骸公開でバタバタしてるからなぁ。公開が始まると不特定多数の人間がどっと押し寄せてくるし、いまいち不安」
「シリウス神殿はどうだ?」
 キースがどことなく皮肉っぽい顔で提案した。シリウス神殿はアステルリーズ郊外にあり、各神殿の警護を担う神官騎士たちの本拠地だ。建物は神殿というより堅固な要塞である。ユージーンは「うーん」と唸りながら顔をしかめたが、肩をすくめて頷いた。
「ま、あそこがいちばん安心ではあるかな。知り合いに話を通しておくよ」
「問題は移動中ですね。おそらくブラウニーズは監視されています」
「ここぞとばかりに狙ってくるだろうね。身代わりをたてるしかないか」
 アビゲイルは頷き、部屋を出ていった。しばらくして戻ってきた彼女はフィオナを伴っていた。驚いているソニアをまっすぐに見つめ、きっぱりとフィオナは告げた。
「お嬢様。わたし、やります」
 フィオナの口調は固い決意に満ちていた。
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