第22話 まずはお茶を一杯召し上がってからです。

文字数 1,620文字

「わかってる」
 つまらなそうに言い捨て、女性は拳を引いた。硬直するソニアにギヴェオンは笑った。
「心配しなくても大丈夫ですよ~。所長は寸止めが得意なんで──へぶっ」
 今度の蹴りは脇腹にもろに食い込んだ。いつ身を翻したのかもわからない早業だった。ソニアはただもう唖然とした。
(な、なんなのこのひと……、っていうかこのひとたち……!?
 こほんと澄ました咳払いをひとつして、女性はスカートの裾を摘んで優雅に一礼した。
「わたくしは当斡旋所の所長でアビゲイル・ブラウンと申します。今回この者をお屋敷に派遣した責任者として、ソニア様が受けた数々の苦難に対し心よりお詫び申し上げます」
 確かに次から次へと大変な目にはあったが、それは別にギヴェオンのせいではない、はずだ。それとも──。ハタと思い当たり、ソニアは眉をつり上げた。
「──やっぱりあなた、あのわけわかんない暗殺者とグルなのね!? 〈月光騎士団(ルーメン・ルーナエ)〉とかいう過激派結社のメンバーなんでしょ!?
 糾弾されたギヴェオンは目を白黒させて迷惑そうに手を振った。
「だから違いますって。もー、どうしてそうなるかなぁ」
「どうもこうもないわっ、あなたが現れてから変なことばかり起こるじゃないのっ。いきなり命を狙われて、お兄様が反政府過激派で園遊会で爆弾をしかけろと脅されて、フィオナが人質に取られて。特務は出てくるし、ナイジェルは死んじゃうし、お兄様は化け物に変身して、うちは火事になってお父様が死んだわ! それからまた銃でバンバン撃たれるし、いったい何がどうなってるの、頭が変になりそう。誰かちゃんと説明してよ……!」
 昨日からの出来事が頭の中で爆発し、すっかり取り乱したソニアは幼子のようにわめき散らした。
 興奮のあまり目が熱くなり、涙がぽろぽろこぼれる。堤防が決壊したみたいにわーっと泣きだしたソニアの肩に、ギヴェオンがそっと手を置いた。
「ええ、だからここへお連れしたんです。ここならゆっくり話ができると思って」
「最初から連れてくればよいのだ。回り道などするから余計にややこしくなる」
 不機嫌そうにアビゲイルに睨まれ、ギヴェオンは困り顔で頭を掻いた。
「昨夜は警邏隊がやたら出動してて、あっちこっちで道路封鎖してたんですよ。特務の人たちもしつこくてねぇ」
「想定が甘い」
 バッサリ切り捨てられ、ギヴェオンは「すみません」と神妙に謝った。
 ぐすぐすと啜り上げるソニアに向き直り、真摯な口調で告げる。
「とにかく僕らはあなたの敵ではありませんから」
「信じられないわ! もう、誰を信じていいのか、全然わからない」
「まぁまぁ、ここはひとつゆっくりお茶でも飲んで落ち着きましょ~」
 のんびりした声が部屋の奥で上がる。別方向の入り口から茶器一式を載せたワゴンを押して現れたのは、先ほど馬車を操っていた金髪垂れ目気味の青年だった。やむなしといった表情でアビゲイルが肩をすくめる。
「最後の客もちょうど来ました。──どうぞ、入って」
 背後に向かって声を上げると、ひとりの青年がおずおずと現れた。
「エリック……!?
 兄ヒューバートのかつての従者エリックは、ソニアを見てホッと安堵の表情になった。
「お嬢様! よかった、ご無事で──」
 ソニアは皆まで聞かず怒り任せに掴みかかった。
「あなたのせいね!? あなたのせいでお兄様は変になっちゃったんだわ……!」
「ち、違いますッ」
「はいはい、双方落ち着いてー」
 べり、と音をたてる勢いで金髪青年がソニアとエリックを引き剥がす。後ろからギヴェオンがソニアの腕をそっと押さえた。
「あなたの警護をブラウニーズに依頼したのは、このエリックさんなんですよ」
 弾かれたように振り向くと、ギヴェオンの蒼い瞳が眼鏡の奥で透徹と光っていた。
「……どういうこと」
「まずは落ち着いて、お茶を一杯召し上がってからです」
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