第47話 どうせなら起こしちゃえば?

文字数 1,422文字

「……するかも……」
 ふらぁとよろけたソニアを、すかさずギヴェオンが抱き留めた。寝椅子に横たえ、アビゲイルが差し出した扇子でせっせと扇ぐ。ぼんやりとした頭にとりとめのない考えが浮かんだ。自分は今、本物の神様に扇いでもらっている……。
 気力を振り絞って身を起こし、背中に差し込まれたクッションに凭れかかると、ギヴェオンがレモネードのグラスを差し出してくれた。
「ありがと。――もう大丈夫です。話を続けて」
「キース、あなたから説明してもらった方がいいわね」
 アビゲイルに言われ、キースは言葉を選びながら話し始めた。
「ことの発端は、先日話したとおり二十年前に見つかった神の亡骸だ。これが巡り巡って〈月光騎士団〉に渡った。創造主教会の過激セクトを母体とする騎士団は、聖神殿を壊滅させ、教会信仰で大陸全土を支配することを目論んでいる。アスフォリア帝国は聖神殿の本拠地で最大の擁護者。そこで目をつけたのが建国千年祭で行われる聖骸公開だ。これまで一度も人目に晒されたことのない女神の柩が、公衆の面前で開かれる」
「それを見るために大陸中から聖神殿の信徒がアステルリーズに押し寄せているわ……」
 キースは頷いた。
「ここ十数年の間に創造主教会の勢力は著しく増大し、聖神殿の信徒はかなり減っている。それを何とか奪還しようと聖神殿のお偉方は気を揉んでいるんだ。女神の奇跡を目の当たりにすれば、きっと信者は戻ってくる、とね」
「あの……、本当にその、何というか、ご遺体は」
「母は眠ってるだけだ。完全に昔のままさ」
「キースさんは公開に反対なんですね」
「母親の寝姿を見せ物にしたいと思うか?」
 ソニアはぶんぶん首を振った。ユージーンが頓狂な声を上げる。
「そうだ、どうせなら起こしちゃえば? すげー奇跡だ。俺も感涙にむせぶ」
 キースは逆上したように怒鳴った。
「そんなこと母が望むと思うか!? あんたたちはこの世界を人間に譲ったんだろう。口出しも手出しもしないと決めたんじゃなかったのか」
「神の口出しと手出しを未だに望んでるのは人間の方さ」
 しらっと切り返されてキースは言葉に詰まる。
「……母とはこのところ話ができない。あそこにはいないんじゃないかと思う」
「そんな、大変じゃないですかっ」
「いや、身体はある。でも、魂が抜けてる気がするんだ」
「あーははは。そりゃあれだ。アスフォリア様、寝てるのに飽きて出かけたんだよ。身体ごと覚醒すると色々と面倒だからねぇ」
 愉快そうに笑うユージーンを、キースは横目で睨んだ。
「とにかく聖骸公開は決定事項だ。今さら中止はできない。そんなことをしたら押し寄せた信徒が暴動を起こすかもしれないし、ここぞとばかりに創造主教会がごっそり信者をかき集めるだろう。それに、公開は聖神殿だけでなく王家の意向でもある。このところ王室の権威も下がりっぱなしだからな」
「あれだけ不祥事が重なれば当然だろうね。不良皇子の追放から始まって、怪しい病死だの、続けざまの事故死だの」
「宰相が皇帝陛下を意のままに操っているという噂は本当なのかしら……」
 ソニアの呟きに、キースは眉をひそめた。
「どうかな。シギスムントはまだ十一歳。生来引っ込み思案で人見知りをするし、政治的意見に限らず自己主張の薄い子だ。しかし宰相ヴィルヘルムは絶対的な権限を持っているわけではない。何をするにも御前会議の賛同を得なければならないからな」
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