第31話 面倒なんじゃない?

文字数 1,851文字

「このッ、逃げてばかりいるんじゃないよッ、半神のくせに」
「だから半神じゃありませんって」
 ガツッ、と剣が弾かれる。それまで左手に持っていただけのステッキを、やっと使ったのだ。ジャムジェムはにやりとした。
「それって仕込み杖?」
「ただのステッキです」
 しれっとギヴェオンは応じ、ジャムジェムは眉をつり上げた。
「なんだよそれ、ふざけんなっ」
 距離を置いて細剣とステッキを構えたふたりが睨み合う。
 先に動いたのはやはりジャムジェムだった。鋭い気合とともに打ちかかる。ギヴェオンはステッキで切っ先を躱すだけで、攻撃しようとはしない。それとも避けるだけで精一杯なのだろうか。
 ソニアはフィオナと抱き合いながらハラハラと勝負の行方を見守った。
 明らかにギヴェオンは押され気味だった。時折反撃に出て立ち位置を変えるが、それも苦し紛れに逃げ回っているだけのように見える。
 瓦礫に足を取られるのか、時に体勢を大きく崩してステッキを支えにすることもある。先端が床を滑り、そのたびにソニアは悲鳴を呑みこんだ。
「やぁ、お待たせ」
 いきなり背後から声をかけられ、心臓が止まりそうになる。振り向くとユージーンが状況を丸無視した泰平楽な顔で佇んでいた。
「ど、どうしてここに!?
「ギヴェオンから連絡もらってねー。時間くっちゃって、ごめんごめん。ケガはない? ──じゃ、行こうか。気付かれないように静かーにね。ギヴェオンなら心配しなくても大丈夫。なーに、あいつは殺したって死なない男だから」
 ひそめた声で笑ったユージーンに促されて忍び足で移動を始めたものの、さっきから押されっぱなしのギヴェオンが気になって仕方がない。
「ユージーンさん、ギヴェオンって錬魔士(パラケミスト)なんでしょ。どうして錬魔術(パラケミー)を使わないの」
 ジャムジェムも炎を操っていたから多少は使えるのだろうが、あの奇態な少年は刃物や銃といった武器で闘うほうが好みらしい。
 人間の持つ〈第五元素(クウィンテセンス)〉を活性化して自然界の四元素、火・水・風・土の元素霊たちを動かす錬魔術(パラケミー)は、元素霊の条件反射を利用したごく単純なものなら術式と聖句、護符の適切な組み合わせさえ間違わなければ誰にでも使えるのだ。ソニアにも火種を起こすくらいならできる。
「さぁー。面倒なんじゃない?」
 他人事めいたユージーンの言葉に絶句する。ハッと思い当たり、ソニアは足を止めた。
「もしかしてギヴェオン、護符を持ってない……?」
 ソニアは胸元から六芒星の護符を引っぱりだした。掌に収まるサイズだが、純金と青玉(サファイア)、乳白色の蛋白石(オパール)を使用して神官が手作りした、正式かつ強力な護符だ。
 ソニアは首から遮二無二外した護符を握りしめ、だっと引き返した。
 引き止めようとするユージーンに、緊張が限界を超えて失神したフィオナがふら~っと倒れかかってくる。慌ててフィオナを支えながらユージーンは怒鳴った。
「だめだよ、邪魔したら!」
 すでにその声はソニアに届かなかった。
 距離を置いて対峙するギヴェオンとジャムジェムをソニアは物陰から息を殺して窺った。ギヴェオンは壁際に追い詰められている。
「ちょっとは遊べるかと思ったのに、半神って所詮こんなもの? 神よりもずっと人間に近いっていうのは本当だったんだ。つまんないからもう終わりにしようっと」
 残忍にほくそ笑んだジャムジェムが、すっと刺突の体勢で剣を構える。ギヴェオンは壁に背を預けたまま無表情にステッキを握りしめた。
 まさにジャムジェムが飛びかかろうとした瞬間、ソニアは瓦礫を乗り越えて飛び出した。
「ギヴェオン! これを……」
 手にした護符を投げようとした瞬間、ギヴェオンが顔色を変えて叫んだ。
「踏むなっ」
 反射的に視線を落とすと、まさしく自分の足が複雑な文様を踏みつけていた。
 床に薄く描かれた錬魔術(パラケミー)の術式だ。
 あ、と思った瞬間、術式がまばゆい光を放った。光は蛇のようにうねり、不規則に明滅した。
 足元に衝撃が走る。術式が暴走し、神殿の床が崩壊を始める。柱がひび割れ、支えを失った丸天井が瓦礫に変じて落ちてくる。
 罵声を上げながらジャムジェムは飛び退き、降り注ぐ瓦礫と粉塵の中を逃げていった。
 わけのわからないうちにソニアは床の崩壊に巻き込まれていた。
 地の底に呑み込まれようとするソニアの手首を、しっかりと誰かが掴んだ。
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