第59話 ホントあったま来る

文字数 1,540文字

 ソニアは見えない檻に閉じ込められていた。まるで円筒形のガラス容器か何かですっぽりと覆われたように、腕を広げることさえできない。完全に透明で、どの角度から見ても何も見えないのに、確かに何かが壁となっている。叩いた感触はガラスとは異なり、弾力があってゴムみたいだ。ソニアは眉を逆立て、目の前の光景を睨んだ。
 ジャムジェムはすっかりご満悦で鏡に見入っている。ミイラ化していた半面が元通りになったのが嬉しくてたまらないのだ。時代がかった豪華な衣装に身を包み、鏡の前でポーズを取ったり、あれこれ角度を変えて微笑んだり、見ている方がげんなりしてしまう。
「ちょっと、いつまでやってるの!? ここから出しなさいよっ」
「うるさいなぁ。仮にも公爵令嬢なら、もうちょっとおしとやかにしろよ」
 顔の点検に集中しているジャムジェムは振り向きもしない。
「ティムはどうなったの。あの子は無関係よ、元に戻して!」
「それは無理。だってあいつ、死んじゃったもん」
 あっさり言われ、凍りつく。
「……殺した……の……?」
「一度変身しただけで元に戻らなくなっちゃったんだよね。実際そういうのが多いんだけどさ。僕みたいに自在に変身できて、しかも美しい姿形を保っていられるのは、すっごく珍しいんだ。つまり僕は〈神〉に選ばれたってわけ。残念ながらあの小姓はそうじゃなかった。怪物化したまま飼ってもやれたけど、妙に狂暴化して騒ぐもんだから」
 ジャムジェムは不可視の檻に歩み寄り、にんまりとソニアを眺めた。
「あんたがおとなしく捕まれば、ティムも変身せずに済んだと思うな。つまり、あいつが不可逆的な変身を余儀なくされたのは、あんたと、あんたの面倒くさい従僕のせいだ」
 失神する直前の光景が、落雷のように脳裏に閃いた。凶器と化した化け物の舌に胸を貫かれたギヴェオン。鞭のように弾んだ舌が、その先端に絡め捕っていたもの、は──。
「あいつの心臓、すっごく美味かったよ」
 慄然と立ち尽くすソニアの頬を、ジャムジェムの赤黒い舌がべろりと舐めた。悲鳴を上げて飛び退いたソニアの背が、見えない壁に当たる。ジャムジェムの顔はどういうわけか壁など存在しないように迫ってくる。わけがわからずソニアは無我夢中で手を振り回した。
 狂ったようなジャムジェムの哄笑の向こうから、冷やかな声が聞こえた。
「いい加減にしろ。全身ミイラにされたいか」
 慌てて顔を引っ込めたジャムジェムは、闇のカーテンの向こうから現れたオージアスに舌打ちすると「やーだねっ」とうそぶきながらソニアの背後に回り込んだ。慇懃無礼に会釈され、カッと頭に血が昇る。ソニアは見えない壁を叩いた。
「よくも! よくもお兄様をあんな目にっ……!!
「あれは我々にとっても誤算でした。ヒューバート卿は神の血筋、不適合で死ぬことはないと判断したのですが、よもやあれほどの拒絶反応を起こすとは。神族間でも相性のよしあしがあるようですね」
「敵対してた神なんだから、相性なんていいわけないじゃん」
 ぼそりと呟いたジャムジェムは、オージアスに無機質な視線を向けられて慌てて首を引っ込めた。ソニアの背中に隠れつつ、仲間のオージアスを陰湿な口調で詰る。
「こいつ、絶対わかっててやったはずだよ。ただ操るだけじゃ面白くない。アスフォリアの末裔が苦しむ様をとっくり眺めたかったのさ」
「否定はしない。アスフォリアに対する憎悪はおまえよりも私の方がずっと強いのだ。私の力が遥かにおまえを凌駕することと比例してな」
「ちぇっ、厭味な奴! ホントあったま来る」
「だから──、だから殺したの!? さんざん利用した挙げ句、手に負えなくなったから殺したってわけ!? ティムみたいに……っ」
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