第46話 頭爆発してない?

文字数 1,590文字

「でも……。名前、聞いたことないわ」
「もちろん正式な神名は別にあるよ。でも内緒。有り難みが薄れるといけないからね」
 真面目なのかふざけているのかわからない口調でユージーンが含み笑う。
「それじゃ、神殿もあるんですか」
「あるよー。もうずっと帰ってないけど。代理人に任せきりだな」
「あまりべらべら喋らないでください、ユージーン。それこそ有り難みが薄れます」
 アビゲイルに睨まれ、ユージーンは首をすくめた。唖然とするソニアに向き直り、アビゲイルはきっぱりと言った。
「ご心配なく。代理人といっても人間ではなく、わたしたちの部下ですから。〈光の書〉に名前が出て来ないだけで、この世界に居残った神々は大勢いるのです。神にも力の差は歴然とあり、強い〈神の力〉を持つ神は多くの配下を従えています」
「アビゲイルさんも神殿をお持ちなんですか……?」
「ええ、まぁ。慎ましいものですけれど。わたしは元々ユージーンの副官なので、彼の命令には従わざるを得ないのです」
 微妙に殺気のこもった目でじろりと睨まれ、ユージーンは顔を引き攣らせた。
「やだなぁ、アビちゃん。僕は命令なんてしてないよー。お願いしたの、お願い」
「もういいです。話がずれるからあなたは当分黙ってて下さい。――とにかくそういうわけで、わたしたちが危険な〈神遺物〉の破壊を行っているのは自らの尻拭いのようなものなのです。神の亡骸も同じ。あれはかつて我々と敵対した側の神の遺体です。人類を蔑み、人類に味方したわたしたちを裏切り者と憎んでいる。神は死してなおその性質を保持します。神の精髄を投与された人間は、紛いものの〈神の力〉を得ると同時に人類への蔑視と敵対神への憎悪を本能に強くすり込まれてしまうのです」
「……お兄様もそうなってしまったの?」
「おそらくそこが彼らの誤算だったと思います。ヒューバート卿がもともと持っていた要素が目覚め、激しい葛藤を引き起こしたのです」
 アビゲイルは懐かしそうに目許を和ませた。
「ソニア様。あなたとヒューバート卿は、アスフォリア様が人との間にもうけた娘の子孫なのです。あなたがた兄妹はその血統を母方から受け継いだ。一方父方からは王家の血を受け継いでいる。まさに、最もアスフォリア様に近い存在なのです」
「ど、どういうこと。わたしのお母様は女神様の子孫なの?」
「〈神の力〉は女系でしか伝わりません。キースはアスフォリア様から〈神の力〉を受け継ぎましたが、それを次代に伝えることはない。男系の王家は三代目ですでに普通の人間とほとんど変わらない存在になっていたのです。一方、女神の女系子孫たちは〈神の力〉を保持し続けた。人間との婚姻が続いて表面には出て来なくなりましたが、それでも力は受け継がれてきた。キース、あなたはそれに気付いてここへ来たのでしょう?」
 アビゲイルの問いにキースは頷いた。
「気になって、妹たちの子孫がどうなったのか系図を調べてみたんだ。俺のふたりの妹はどちらも人間と結婚して子どもをもうけているが、姉の血統は三百年ほど前に途絶えてしまった。男しか子どもが生まれなくてね。妹の方は細々ながら続いて、最後にはグィネル公爵夫人にたどり着いた。公爵夫人が亡くなり、ヒューバート卿が亡くなった今となっては、ソニア嬢、あなたがただひとりアスフォリア女神の直系子孫ということになる。俺にとっては妹の子孫であると同時に自分自身の子孫だ。奇縁だな」
 ソニアは絶句してキースを見つめた。この人が自分の先祖。二十代前半の青年にしか見えないこの人が、アスフォリア女神の息子で半神で、ほとんど伝説上の人物だと思っていた二代目の国王。父方でも母方でも縁のあるひとだなんて……。
 ものも言えずに突っ立っているソニアを、ユージーンが心配そうに窺った。
「ソニア様、大丈夫? 頭爆発してない?」
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