第41話 人を何だと思ってるの?

文字数 1,766文字

「ほどなく全員死亡した。いや、処分されたと言った方が正確だな。狂暴化して手に負えなくなり、味方に殺された」
 ソニアは気分が悪くなって口許を押さえた。
「あの薬はコントロールが難しい。体質的に合わない場合が多く、被験者となった者の半数以上が投与後二十四時間以内に死亡している。記録を読むと、激烈な苦痛に苛まれた末、見るも無残な最期を迎えたようだ。リスクがあまりにも大きいため、国境紛争終結後はすべてのデータが封印され、実験は中止になった」
「あ、あたりまえよ! そんな、ひどすぎる……! 人を何だと思ってるの」
「そのデータが流失したわけですね」
「最近の調査でようやくわかった。いつ盗まれたのか、誰が盗んだのかも不明だ」
「それがどういうルートか〈月光騎士団(ルーメン・ルーナエ)〉の手に渡ったと」
「奴らは霊薬を元に開発した麻薬で、活動資金ばかりか手足となる人間も手に入れてる」
「それじゃ〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉のメンバーは、みんなその麻薬の中毒者なの!?
 キースは眉間にしわを寄せ、迷うように首を振った。
「そこが解せないところでね……。逮捕した〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉のメンバーに薬の痕跡は皆無だった。中毒者はただひとり、ヒューバート卿だけだ」
「お兄様だけ……?」
「他のメンバーはヒューバート卿が中毒者だったことさえ気付いていなかった。どうやら〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉は彼らにとって気晴らしの会、完全なる悪ふざけの集まりだったらしい」
「悪ふざけ……!? 皇妃様の園遊会に爆弾を仕込めなんて言ったのよ!?
「ヒューバート卿の発案で、あなたをからかったんだそうです。皆詫びてましたよ」
「か、からかわれてたの、わたし……」
 がっくりと肩を落とすソニアを、気の毒そうにギヴェオンは見つめた。
「肩すかしは我々も同様ですよ。エストウィック卿とヒューバート卿を除けば、結社のメンバーは全員何にも知らないただの悪戯坊主どもだった。正直、手がかりが消えてお手上げ状態です。〈月光騎士団(ルーメン・ルーナエ)〉は創造主教会の庇護を受けているし、いつのまにか教会は軍部にも食い込んできているようで非常に動きづらい」
「え、だって教会は〈月光騎士団(ルーメン・ルーナエ)〉を破門したって」
「表向きはね。しかし何らかの繋がりがあるものと我々は睨んでいる。そっちはそっちで専任の担当班があるし、軍の内部調査機関も動いている。軍人は全員聖神殿の信者のはずだが、採用後に秘かに改宗されてもわからない。報酬目当てに情報を洩らす不届き者も絶対にいないとは言えません」
 何だか軍部も色々と大変そうだ。
「お兄様はまだ見つからないの? その薬の中毒って、治療すれば治るのよね?」
 キースの顔に初めてつらそうな表情が浮かんだ。
「実はあなたに伝えなければならないことがある。……ヒューバート卿の遺体が見つかりました。ギオール河の下流側の柵に引っかかっていたそうで……」
 跳ね起きたソニアは、牢から飛び出してキースに掴みかかった。
「会わせて! 今すぐお兄様に会わせてよ!」
「見ない方がいいと思う。ちょっと……ひどい状態なので」
「あなたがお兄様を撃ったんじゃない! それで死なないからって錬魔術まで振るった。わたしは全部見てたのよ! 見てたんだから……!」
 牢から出てきたギヴェオンが、キースの胸を拳で打っているソニアをそっと引き剥がした。ソニアはギヴェオンに抱きついて子どものように泣きじゃくった。
「堀へ落ちた時、ヒューバート卿はすでに亡くなっていたのですか?」
「いや、致命傷ではなかったはずだ。言い訳に聞こえるだろうが、俺は卿を殺そうとしたわけじゃない。あれくらいしないと怪物化した傀儡の動きは止められないんだ」
「溺れて亡くなったわけでもなさそうですね。卿の遺体はどんな状態なんです」
「……頭部と下半身しかない」
 急速に食道を灼けるようなものが込み上げ、ソニアは床に這いつくばって吐いた。空っぽの胃から吐き出されたのは緑色の胃液だけだった。跪いたギヴェオンが背中をさする。
「お嬢様を休ませてください」
「医務室へ運ぼう」
 ギヴェオンは嗚咽を上げるソニアを抱き上げ、キースの後を追った。
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