第66話 悪ふざけが過ぎました。

文字数 1,372文字

 ナイジェルは半円形に並んだ機械に指を走らせ、何事か素早く操作した。同じ音が鳴る。舌打ちをしてもう一度、さらに苛立った様子で操作すると、三度目の音が鳴ってソニアを包んでいたゼラチン状のものは消えてしまった。同時に軽く浮き上がって束縛を解かれる。
 ぽかんとしていたソニアの耳に、屈託のない笑い声が聞こえてきた。顔を上げると、首周りを血で染めたギヴェオンが可笑しそうに笑っていた。凄惨な姿とはまったくそぐわない朗らかな笑い声に、ただただ唖然とする。
「すみません、お嬢様。怖い思いをさせてしまって」
「ギヴェオン……? あなた正気だったの?」
「ええ、最初から」
 彼が指を鳴らすと椅子はいきなり質感を変え、水のようになって床に流れた。すかさず受け止めたソニアを立たせ、にこりと笑う。感極まったソニアはギヴェオンに抱きついた。
「お、お嬢様。汚れますから、あのっ……」
「よかった……! もうだめかと思ったわ」
「……すみません。ちょっと悪ふざけが過ぎましたね」
「どういうことだ……!?
 ナイジェルは二重のショックでよろめき、制御卓にぶつかって喘いだ。
「何故霊薬が効かない。神であろうと、あれほど濃度の高い霊薬を大量に投与されれば一時的には操れるはずだ。それを、最初から正気だっただと……!?
 ソニアをそっと離し、ギヴェオンは静謐な光を湛えた瞳でナイジェルを見た。
「〈神〉としてのあなたの記憶は完全ではないようですね。確かに神の精髄から作られた霊薬は神代に於いても相手を意のままに操る道具として頻繁に用いられ、人間ほどではないが同族に対してもある程度の効力を持つ。しかしそれは相手が自分より低位か、少なくとも同等の位階でなければまったく無意味なのですよ」
「貴様が俺より上位だと言うのか!? 馬鹿な、俺は数少ないイルムの──」
 はっとナイジェルは口を噤む。ギヴェオンは残念そうに肩をすくめた。
「そのまま名前まで喋ってほしかったんですけどね。ま、あなたの位階がわかっただけでもいいか。亡骸が見つかった遺跡の場所からして、可能性がある神は五名。うちふたりは女性だ。性転換を伴う神格移植は条件が非常に厳しいから、あなたは元々男性ですね。となると残り三名のひとり。確か、そのうちふたりは兄弟だったな」
「貴様……、何故そんなに詳しく知っている……!?
「私たちは長々と戦争をしていたんですよ? 誰がどこを拠点としているかくらい、しっかり頭に入っています。それに、あなた方は土地に対する執着心が我々よりも遥かに強かった。旗色が悪くなっても逃げずに留まり、結果的に領地に骨を埋めた者が多い」
『分析完了』
 突然、聞き覚えのない声がそっけなく告げた。ソニアはびくっと周囲を見回したが、他には誰もいない。ナイジェルもまたうろたえたようにきょときょとし、ギヴェオンだけが落ち着き払ってムッとしたように顔をしかめた。
「どうして俺が聞き出すまで待ってくれないかなぁ」
『おまえのやり方は非効率だ』
「だ、誰だ!?
「あ、私の相棒です。お気になさらず」
 にっこりとギヴェオンは笑う。いつのまにか、完全に彼がこの場の主導権を握っていた。
「ずばり、あなたはエイルメル兄弟のどっちかですね。どっちです? ナシュリ? それともヴァシュティかな?」
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