第23話 緊急時以外も役に立ちます。
文字数 1,765文字
にこっと彼はいつものように笑った。アビゲイルに促されてさらに奥にある小さな居間へ入り、座り心地のよい長椅子に腰を下ろしてギヴェオンが淹れてくれた紅茶のカップを受け取る。
金髪の青年はワゴンを押してきただけで、あとはギヴェオンに任せて窓際に腰かけてにこにこしながら一同を見ていた。
ソニアは熱い紅茶を用心しながら最後まで飲み干し、膝に載せた皿に戻した。
「……そろそろ説明してくださる? もう落ち着いて聞けると思うわ」
「ことの発端は、エリックさんが当斡旋所へいらしたことです」
アビゲイルの言葉に、ソニアは緊張しているエリックをじろりと睨んだ。
「お兄様の従者をクビになったから、別の仕事を探そうとしたわけね」
「い、いえ、そういうわけではなく……」
「だってここ、家事使用人 の斡旋所 でしょ」
「表向きはね」
平然と不穏なことを言ってアビゲイルが微笑んだ。造作が整っているだけに何とも言えない凄味がある。
ぞくりとした感覚を打ち消すように、明るい声が響いた。
「それはないでしょ、所長。うちはちゃーんとふつうの斡旋業もしてますよ」
「……彼はわたしの秘書で、ユージーン・リドル」
よろしくね~と笑み崩れる軟派な秘書をアビゲイルは鋭く睨み付けたが、ユージーンはうろたえもしない。
軽くこめかみを押さえ、アビゲイルは抑えた口調で話を続けた。
「うちは主に上流階級の方々のお屋敷に勤めるスタッフを派遣しています。皆、求められる職業能力が折り紙付きなのは当然として、うちにはその他にも高い能力を持った派遣員がおります。そこの──」
と壁際に立っているギヴェオンを指す。
「彼のように、一見凡庸そうに見えて緊急時には何かと役に立つ男とか」
「緊急時以外も役に立ちます」
ギヴェオンは眼鏡をきらりとさせて訂正した。アビゲイルは無表情に言い直した。
「……日常はもちろん、とりわけ緊急時に役立つスタッフです。ブラウニーズは色々と事情のある上流階級の方々に、家事能力はもちろん護衛としても有能な特別家事使用人をご要望に応じて派遣しております」
「それが裏家業なんですか」
「いいえ、本業です。要するにうちは『家事以外のことはできません』という人の登録は受け付けていないのです。家事能力に加えて特技のある人のみ採用しております」
窓辺でユージーンが付け加える。
「見るからに護衛ですーって感じの目つきの悪いオニイサンとかが身近にいるのって、けっこう鬱陶しいもんだよ。自分を重要人物に見せたいとか、見せびらかしたい人は別だけど。目立つのが嫌いな人もいるからね。その点、侍女 や従者 、従僕 なんかは側についてるのが当たり前で、わざわざ目に留める人はいない」
確かにそうかもしれないとソニアは頷いた。
「こちらの特色についてはわかりました。でも、どうしてギヴェオンがわたしの従僕になったの? 彼は空きに応募してきたのよ」
「今回の雇い主はこちらのエリックさんです。雇い主というか、依頼人ですね」
面食らうソニアにアビゲイルは頷いた。
「わたしたちは家事使用人斡旋業の他に、ある種の相談所を開いています。引き受けるのは主に錬魔術 や〈神遺物 〉が関わってくる事柄です」
ソニアは唖然としてアビゲイルを見返した。ついで壁際のギヴェオンを眺め、振り向いて背後のユージーンを見る。そしてまたアビゲイルに視線を戻した。
「あなたたち……、錬魔士 なの?」
「無資格だけどねー」
飄々とした口調で悪びれもせずユージーンは肯定した。
「え……、国家資格なしで錬魔術 を行使するのは取り締まりの対象になってるんじゃ」
「だから裏家業って言ったでしょ。ひとつ内密にお願いしますよ、ソニア嬢」
「──というわけで、やっとスタート地点にたどり着きました。今回の依頼人はこちらのエリックさん。彼は主人の異変にただならぬものを感じ、我々に相談にいらしたのです」
「旦那様は、明らかに様子がおかしかったんです。あいつと出会ってから──」
アビゲイルの言葉を受け、エリックは堰を切ったように話し始めた。
金髪の青年はワゴンを押してきただけで、あとはギヴェオンに任せて窓際に腰かけてにこにこしながら一同を見ていた。
ソニアは熱い紅茶を用心しながら最後まで飲み干し、膝に載せた皿に戻した。
「……そろそろ説明してくださる? もう落ち着いて聞けると思うわ」
「ことの発端は、エリックさんが当斡旋所へいらしたことです」
アビゲイルの言葉に、ソニアは緊張しているエリックをじろりと睨んだ。
「お兄様の従者をクビになったから、別の仕事を探そうとしたわけね」
「い、いえ、そういうわけではなく……」
「だってここ、
「表向きはね」
平然と不穏なことを言ってアビゲイルが微笑んだ。造作が整っているだけに何とも言えない凄味がある。
ぞくりとした感覚を打ち消すように、明るい声が響いた。
「それはないでしょ、所長。うちはちゃーんとふつうの斡旋業もしてますよ」
「……彼はわたしの秘書で、ユージーン・リドル」
よろしくね~と笑み崩れる軟派な秘書をアビゲイルは鋭く睨み付けたが、ユージーンはうろたえもしない。
軽くこめかみを押さえ、アビゲイルは抑えた口調で話を続けた。
「うちは主に上流階級の方々のお屋敷に勤めるスタッフを派遣しています。皆、求められる職業能力が折り紙付きなのは当然として、うちにはその他にも高い能力を持った派遣員がおります。そこの──」
と壁際に立っているギヴェオンを指す。
「彼のように、一見凡庸そうに見えて緊急時には何かと役に立つ男とか」
「緊急時以外も役に立ちます」
ギヴェオンは眼鏡をきらりとさせて訂正した。アビゲイルは無表情に言い直した。
「……日常はもちろん、とりわけ緊急時に役立つスタッフです。ブラウニーズは色々と事情のある上流階級の方々に、家事能力はもちろん護衛としても有能な特別家事使用人をご要望に応じて派遣しております」
「それが裏家業なんですか」
「いいえ、本業です。要するにうちは『家事以外のことはできません』という人の登録は受け付けていないのです。家事能力に加えて特技のある人のみ採用しております」
窓辺でユージーンが付け加える。
「見るからに護衛ですーって感じの目つきの悪いオニイサンとかが身近にいるのって、けっこう鬱陶しいもんだよ。自分を重要人物に見せたいとか、見せびらかしたい人は別だけど。目立つのが嫌いな人もいるからね。その点、
確かにそうかもしれないとソニアは頷いた。
「こちらの特色についてはわかりました。でも、どうしてギヴェオンがわたしの従僕になったの? 彼は空きに応募してきたのよ」
「今回の雇い主はこちらのエリックさんです。雇い主というか、依頼人ですね」
面食らうソニアにアビゲイルは頷いた。
「わたしたちは家事使用人斡旋業の他に、ある種の相談所を開いています。引き受けるのは主に
ソニアは唖然としてアビゲイルを見返した。ついで壁際のギヴェオンを眺め、振り向いて背後のユージーンを見る。そしてまたアビゲイルに視線を戻した。
「あなたたち……、
「無資格だけどねー」
飄々とした口調で悪びれもせずユージーンは肯定した。
「え……、国家資格なしで
「だから裏家業って言ったでしょ。ひとつ内密にお願いしますよ、ソニア嬢」
「──というわけで、やっとスタート地点にたどり着きました。今回の依頼人はこちらのエリックさん。彼は主人の異変にただならぬものを感じ、我々に相談にいらしたのです」
「旦那様は、明らかに様子がおかしかったんです。あいつと出会ってから──」
アビゲイルの言葉を受け、エリックは堰を切ったように話し始めた。