第14話 ああなっては、もう遅い。
文字数 1,242文字
ソニアはぺったりと座り込んだまま身動きもできなかった。
自分が目にしている光景が信じられない。いや、理解できない。兄がいたはずの場所に、何故か世にも恐ろしい醜悪な化け物が立っている。
ちっと将校が舌打ちをした。鋭い銃撃音にソニアはようやく我に返り、無我夢中で将校の腰に飛びついた。
「やめて! お兄様を撃たないで!」
化け物の筋骨隆々とした身体に、夜会服の残骸が腐った屍衣のようにまとわりついている。信じられない──信じたくないが、あれはヒューバートなのだ。
将校は鬱陶しそうにソニアを払いのけた。
「ああなってはもう遅い」
ふたたび銃声。肩に当たり、ほんの少し怪物はよろけた。だがそれだけだった。まったくダメージを負った様子もなく、こちらに向けて足を踏み出す。ずたずたになった革靴の名残がわずかにひっかかっていた。
将校は狙いを定め、続けざまに引き金を引いた。すべて身体の真ん中に命中する。怪物の歩みは止まらない。将校は銃を投げ捨て、腰のサーベルを引き抜いた。その刀身に指を走らせながら凛とした声を上げる。
「女神アスフォリアの御名において神威を招請する!」
刀身が淡い金色に輝き、根元から切っ先まで炎の神文が踊った。ソニアは目を見開き、サーベルを握る将校を見つめた。彼の身体を〈第五元素 〉の輝きが包んでいた。
(錬魔士 ……!?)
両手で握っている武器がいつのまにかサーベルから両刃の大剣に変わっていた。直視できないほどの霊気に圧倒されつつも、ソニアは必死にその場の光景を見定めようとした。
将校は振りかざした大剣を鋭い気合とともに斬り降ろした。刃が届く距離ではなかったが、霊気は激しくも鋭い奔流となって怪物に襲いかかる。躱す暇もなく、怪物の身体が吹き飛んだ。
「お兄様ぁっ……!」
ソニアの叫びは怪物が背後の小塔にぶつかって周囲を破壊する音にまぎれた。石壁が衝撃の余波で壊れる。怪物は瓦礫に巻き込まれながら城壁の外へ落下して行った。
まだ不穏な輝きにゆらめく大剣を引っさげ、将校は苦々しく吐き出した。
「……くそ。やりすぎたか」
跳ね起きたソニアは城壁に飛びついて下を覗き込んだ。城壁の下はそのまま堀になっている。大量の瓦礫が水面に落ちて派手な水しぶきが上がった。
堀際で人の怒鳴り声が響き、カンテラの灯が激しく揺れる。背後から慌ただしく靴音が近づき、将校を呼んだ。
「少佐!」
「ここはいい。馬鹿貴族どもはどうした」
「全員護送車に乗せました」
「手が空いた者は堀の捜索へ回せ。一般客は身元の確認が取れ次第帰してよし」
敬礼した兵士が駆け戻っていく。
少佐と呼ばれた男は、茫然と堀を見下ろしているソニアの腕を取った。無造作だが乱暴なやり方ではなかった。
「ソニア嬢、あなたにも聞きたいことがある。一緒に来ていただこう」
ショックで放心状態のソニアは逆らう気力もわかず、腕を取られるままよろよろと歩きだした。
自分が目にしている光景が信じられない。いや、理解できない。兄がいたはずの場所に、何故か世にも恐ろしい醜悪な化け物が立っている。
ちっと将校が舌打ちをした。鋭い銃撃音にソニアはようやく我に返り、無我夢中で将校の腰に飛びついた。
「やめて! お兄様を撃たないで!」
化け物の筋骨隆々とした身体に、夜会服の残骸が腐った屍衣のようにまとわりついている。信じられない──信じたくないが、あれはヒューバートなのだ。
将校は鬱陶しそうにソニアを払いのけた。
「ああなってはもう遅い」
ふたたび銃声。肩に当たり、ほんの少し怪物はよろけた。だがそれだけだった。まったくダメージを負った様子もなく、こちらに向けて足を踏み出す。ずたずたになった革靴の名残がわずかにひっかかっていた。
将校は狙いを定め、続けざまに引き金を引いた。すべて身体の真ん中に命中する。怪物の歩みは止まらない。将校は銃を投げ捨て、腰のサーベルを引き抜いた。その刀身に指を走らせながら凛とした声を上げる。
「女神アスフォリアの御名において神威を招請する!」
刀身が淡い金色に輝き、根元から切っ先まで炎の神文が踊った。ソニアは目を見開き、サーベルを握る将校を見つめた。彼の身体を〈
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両手で握っている武器がいつのまにかサーベルから両刃の大剣に変わっていた。直視できないほどの霊気に圧倒されつつも、ソニアは必死にその場の光景を見定めようとした。
将校は振りかざした大剣を鋭い気合とともに斬り降ろした。刃が届く距離ではなかったが、霊気は激しくも鋭い奔流となって怪物に襲いかかる。躱す暇もなく、怪物の身体が吹き飛んだ。
「お兄様ぁっ……!」
ソニアの叫びは怪物が背後の小塔にぶつかって周囲を破壊する音にまぎれた。石壁が衝撃の余波で壊れる。怪物は瓦礫に巻き込まれながら城壁の外へ落下して行った。
まだ不穏な輝きにゆらめく大剣を引っさげ、将校は苦々しく吐き出した。
「……くそ。やりすぎたか」
跳ね起きたソニアは城壁に飛びついて下を覗き込んだ。城壁の下はそのまま堀になっている。大量の瓦礫が水面に落ちて派手な水しぶきが上がった。
堀際で人の怒鳴り声が響き、カンテラの灯が激しく揺れる。背後から慌ただしく靴音が近づき、将校を呼んだ。
「少佐!」
「ここはいい。馬鹿貴族どもはどうした」
「全員護送車に乗せました」
「手が空いた者は堀の捜索へ回せ。一般客は身元の確認が取れ次第帰してよし」
敬礼した兵士が駆け戻っていく。
少佐と呼ばれた男は、茫然と堀を見下ろしているソニアの腕を取った。無造作だが乱暴なやり方ではなかった。
「ソニア嬢、あなたにも聞きたいことがある。一緒に来ていただこう」
ショックで放心状態のソニアは逆らう気力もわかず、腕を取られるままよろよろと歩きだした。