第55話 知ってることは全部言えっ

文字数 1,447文字

 キースは司令室でひとり、机に広げた大判の地図を睨んでいた。聖廟と中央神殿には厳重な警備態勢が敷かれているが、万全とは言いがたい。
 女神の聖骸を一目拝もうと、予定されている三日間で万単位の人間が押し寄せるだろう。敬虔な信者を装ったテロリストが紛れ込んでいても見分けるのは困難だ。聖廟入り口で身体チェックは行われるが、とにかく数が多すぎてそう念入りにもやっていられない。
 実際にどんな攻撃が計画されているのかも未だ判然としなかった。禍が起こると吹聴している創造主教会の使徒を尋問してみても、さっぱり埒が開かない。声高にわめく者ほど実際には何も知らないのだ。
(奴らは陽動に使われているだけだ……)
 流言蜚語に乗せられやすい人間を選んでまことしやかな噂を仕込み、大袈裟に騒ぎ立てさせて軍や警邏の注意を引きつけ、陰では真の陰謀が静かに進行している。
 ノックの音に苛々と応じると、ドアが開閉して小気味よくかかとが鳴った。
「報告しまーす。〈月光騎士団〉シンパの居所を、残らず調べて参りましたぁ」
「――はぁ?」
 間抜けな声を上げたキースは、真面目くさった顔で敬礼している人物に度肝を抜かれた。
「ユ、ユージーン……。どこから入ってきた? っていうか、その格好は何だ!?
 ユージーンは特務隊将校の制服と制帽を被り、儀礼用のサーベルまで佩いていた。
「似合うー? 俺も昔はいちおう軍人だったんだよねー、つーか軍神?」
 キシシと彼はふざけた笑い声を上げた。キースは毒気を抜かれて返事もできない。ユージーンがくいと指を曲げると、机に置かれていた地図がふわりと舞い上がり、壁にぴたりと貼りついた。
「特務の皆サンも色々と忙しそうだから、代わりにアブナイ奴らのアジトを調べてきてあげたよー。特別大サービス。キースくんの言うとおり、俺ら基本的に人間社会に手出し口出ししないことにしてるからさ。ま、今回はアスフォリア様の安眠を妨げる恐れが強いからね。万が一にもアスフォリア様の身体が傷ついたりしたらイヤだし、かといって衆人環視で目覚めて騒がれるのも、アスフォリア様は嫌がると思うんだよねー」
 腕組みしながらしたり顔で頷いたユージーンは、腰に手を当てコキコキと首を鳴らした。
「さーて、そんじゃ行くよ~」
 ニッと笑った瞳が一瞬のうちに青と金と蛋白石に変わる。地図の一点に突如として小さな赤い旗が立ち、あっという間に十箇所以上に増えた。
「――ここが過激派の塒ね。追加サービスで一人残らず塒にいるよう仕向けとくから、公開日前日の早朝に一斉検挙するといいよ。勘づかれたとしてもそこまで面倒見きれないんで、せいぜい気をつけて」
 にっこり、と笑顔で言われ、キースの顎ががくんと落ちた。
「……俺たちが数か月かけても掴めなかったのを、たった一日で……!?
「見直した? なーんて、実際調べて来たのはアビちゃんだけどね。俺、面倒くさがりだからさー。礼ならアビちゃんに。エメルのガトーショコラがいいって言ってたよ」
「ケーキでもムースでも何でも持ってく……」
「それじゃもうひとつ。スペシャル濃厚プリンをつけてくれたらいいこと教えてあげる」
「全種類買ってやるから知ってることは全部言えっ」
「大司教宅に、面白いお客が来てるよ」
「……オージアスじゃなくて?」
「お客って言っただろ。ほら、あの人。きみたちがアラス城で取り逃がした」
 にっ、と笑ったユージーンの無邪気そうな顔は、ある意味とても恐ろしかった。
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