第68話 さっさと消せ!

文字数 1,397文字

 振り向くと、ユージーンが困った顔で頬を掻いていた。
「実は、グィネル公爵の本当の娘はフィオナなんだ。ソニア様はその、何と言うか……」
「身代わり、ということさ……。騙されたな、ソニア。公爵にも、そいつらにも。そいつらはきみが女神の血筋ではないと知った上で利用したんだ。ソニア、きみは私を詰ったが、そいつらも結局は私と同じだよ。所詮人間など、神にとっては盤上の駒にすぎない」
「エイルメル! 中止命令のパスワードを言え!」
 ギヴェオンの怒鳴り声に、くすっとナイジェルは笑った。
「私の名前だよ。フルネームで入力してくれたまえ。忠告しておくが、もし間違えたらプログラムの実行速度は倍になり、二度と止められない。さぁ、私はどっちかな?」
「聞き出せ、ユージーン!」
「はいはい。わかってますよ。あーあ、また怒られた」
 溜息まじりに首を振ったユージーンが進み出ると、ナイジェルの瞳がぎらりと光った。ぐっと拳を握り、全身に力を込める。ユージーンは気の毒そうに告げた。
「抵抗しても無駄だよ? 気の毒だけど」
「そのようだな。だが、いくら貴様らが上位神格でも燃え滓からは何も読み取れまい」
 高らかに叫ぶと同時に、ナイジェルの身体がゴウッと音をたてて発火した。一秒とたたぬうちに彼は白熱する火だるまと化した。燃え盛る炎が不気味な哄笑を響かせる。
「ユージーン、さっさと消せ!」
「無理だって! 細胞から発火させてる」
 炎に包まれながらナイジェルはギヴェオンを睨めつけた。
「……ああ、おまえが誰なのか見当ついたぞ。呪われるがいい、神殺しの……か……」
 燃え盛る炎の勢いに禍々しい呪詛が呑み込まれる。ギヴェオンは罵り声を上げ、制御卓に拳を叩きつけた。ソニアはユージーンの背後に庇われながら、フィオナをぎゅっと抱きしめていた。ナイジェルの身体は完全に燃え尽き、炭化した黒い塊となって床にわだかまる。ユージーンはうんざりと顔をしかめた。
「あちゃー……。どうするよ、ギヴェオン。パスワードなしで止められるか?」
「無理だな。エネルギーの迂回路を構築しながら隔壁でブロックする。同時に奴がエイルメル兄弟のどっちなのか手がかりを探す」
「モグラ叩きだなー。まぁ、それしかないか」
「おまえはふたりを連れて地上へ戻れ。万が一に備えて聖廟を中心に障壁を張るんだ」
「俺とアビちゃんのふたりだけじゃ強度に不安があるけど、やるしかないな。そうだ、キースにも手伝わせよう。いないよりマシだ。――さ、行くよ、おふたりさん。ここにいてもやれることはないから」
 急かされて後に続きながら振り向いてみたが、操作に集中しているギヴェオンはソニアの視線に気付いた様子もない。言いたいこと、訊きたいことがありすぎて却って言葉が出てこなかった。ソニアは心を引き剥がすように顔を背けて走り出した。
『――行ったぞ』
 淡々と声が告げる。ギヴェオンが〈管理者〉と呼び、相棒とも呼んだ謎の声だ。ギヴェオンは操作の手を止め、出血で汚れた短燕尾服を脱ぎ捨てた。その下の白いシャツにも血が染みている。腕まくりをし、ぐっと背中に力を込めると、シャツが破れて六本の骨状器官が羽のない翼のように広がった。それはぐんぐん伸びて天井や床に突き刺さった。
『メインフレームに直結する』
 声が告げるや否や、神経回路がスパークして視界に蒼い火花が散った。
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