第69話 答えは今にある。

文字数 1,151文字

「……うげ……っ、久しぶりにやると気持ちわる……」
 吐きそうな顔でギヴェオンは制御卓に両手をついた。声は淡々と続ける。
『固体識別完了。権限委譲要求――認識中――承認手続き実行――承認――権限委譲完了。全権掌握。アステルリーズ維持管理機構との一体化完了』
「〈永久機関〉の封印解除を中止する」
『パスワード入力要求』
「解読しろ!」
『作業中だ。間に合わないから要求してる』
 無感動だった声にわずかに不機嫌そうな響きが混じった。
「解読にかかる時間は」
『千二百秒』
「そんなに待ってられるか! 発射まであと三百秒しかないんだぞ」
『ではどちらかの名前を入力しろ。確率は五十パーセント。間違えればあと百四十秒で聖廟に高圧エネルギーが照射される。照射時間は最大出力で六十秒設定。完全に消滅だな』
「アビゲイル単独で充分な強度の障壁を維持できる時間は二十秒足らずだ。ユージーンが加勢してもギリギリ間に合うかどうかだな……」
『おまえとあの娘たちは要塞にいるから死にはしないさ』
 冷淡な声に反論することもなく、入力作業を続行していたギヴェオンが叫んだ。
「よし! エネルギー迂回路を設計した。中止できないなら管理者権限で上書きしろ」
『パスワード要求。不正アクセスの場合、回路が強制的に切り離される。そうなれば手も足も出せない。ナイジェルは思ったよりずっと慎重だったな』
「くそ……っ、どっちだ、あの兄弟とは直接会ったことが一度もない」
 歯ぎしりをしたギヴェオンは、ふいにざわりとした皮膚感覚に襲われて顔を上げた。
〔ギヴェオン〕
 頼りない声がゆらゆらと響く。振り向くとそこにはひとりの子どもが立っていた。十一、二歳の、まだ幼さを残した少年だ。その姿は向こう側がぼんやりと透けていた。
「――シギ……、陛下!?
〔よかった、やっと通じた! 伝えなきゃって思って、ずっとお祈りしてたの〕
 アスフォリア皇帝シギスムントの幻影はギヴェオンに駆け寄り、実体があるかのようにぎゅっと腰に抱きついた。たどたどしい口調で懸命に訴える。
〔あのね。答えを過去に探してもダメなんだって。探してる答えは『今』にあるんだって。ギヴェオンはもう答えを知ってるはずなんだ。落ち着いて思い出せばいいんだよ。――僕、助けになった……?〕
 少年は眉を垂れてギヴェオンを見上げる。ギヴェオンは微笑み、跪いて視線を合わせた。
「……ええ、陛下。お蔭で助かりました」
 嬉しそうに笑ったシギスムントの姿は急速におぼろになり、空気に溶け込むように消えた。立ち上がったギヴェオンは制御卓に両手をつき、軽く眉根を寄せた。
「答えは今にある、か……」
『あと二百秒』
 無情な声が告げるのを聞きながら、ギヴェオンは集中して記憶を探った。
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