第71話 ちょっとヤバイかも。

文字数 1,594文字

 その少し前。ソニアはフィオナと手を繋ぎ、ユージーンの後から地下道を駆けていた。
「女神の本当の血筋がフィオナなら、どうして連れてきたりしたんですか!?
「危ないかなーとは思ったんだけどね。フィオナがいないと地下第二層への扉が開かないんだ。アスフォリア様自らが施した封印を解除できるのは本人以外はその子孫――つまりフィオナだけだから。出入口は幾つか見つけたんだけど、ソニア様が封印に触っても何の反応もなかったでしょ。それで身代わりだとわかったってわけ」
(ひょっとして、温泉がどうとか言って床に触らせられた、あれ……?)
 ソニアが気絶している間に連れ込まれた出入口は、ヒューバートが封印を解いた。無論本人の意思ではなくオージアスに強制されてのことだ。ユージーンたちもそちらの出入口をずっと探していたが結局見つけられず、やむなくソニアを囮にしたのだった。
「ギヴェオンはソニア様を尾行して入り込んだから、もうわかってるはずだよ。たぶんそっちから出るつもりなんじゃないかな」
 しきりに背後を気にしているソニアをなだめるようにユージーンは言った。脱出路があると聞いたところでさっぱり安心できず、ソニアは何度も後ろを振り向いた。
「大丈夫。ギヴェオンは僕よりずっと格上だし有能だから。下手に手を貸そうとすると足を引っぱることになっちゃうんだよねぇ。今回みたいに」
「間に合うのかしら……。アビゲイルさんはもう聖廟に行ってるんですよね」
「警備に扮してアスフォリア様の柩にくっついてる。緊急事態ってことはさっき伝えた」
 いつのまに、とびっくりしたソニアの顔に、ぱらぱらと細かな瓦礫が降ってくる。
「……この辺だいぶ傷んでるなぁ。千年も手入れしてないし、ちょっとヤバイかも」
 フィオナは最初のうちソニアを引っぱって走っていたが、今は逆に手を引かれて青息吐息だ。駆け回るのが好きだったソニアと違い、フィオナは昔から運動が不得手だった。
 あっ、と声を上げてフィオナが躓く。繋いでいた手が離れると同時に、ひび割れた床が互い違いに盛り上がった。よろけて座り込んでしまったフィオナに手を貸していると、天井から大きな破片が落ちてくる。ソニアは急いで引き起こしたフィオナを勢いよくユージーンの方へ押しやった。同時に天井が抜けて大量の瓦礫がソニアの頭上に落下した。
「お嬢様ぁっ」
 蒼白になってフィオナが叫ぶ。ユージーンは唇を噛んだ。フィオナに気を取られて咄嗟に反応が遅れた。しかし、もうもうと立ち込める埃が自動的にどこかへ排出され始めると、茫然と立ち尽くしているソニアの姿が粉塵の中から現れた。瓦礫に当たって怪我をした様子もない。誰より本人が驚いた様子で目を丸くしている。こわごわと両手や身体を眺め、何ともないことを確かめると、ソニアはいきなり踵を返した。
「――えっ!? お嬢様、どこへ!?
「わたし、ギヴェオンを手伝ってくる。何だかそれが必要な気がするの。ユージーンさん、フィオナをお願い。本当のお嬢様はフィオナなんだから、ちゃんと守ってね!」
「お待ちください、お嬢さ――」
 追いすがろうとしたフィオナの鳩尾に拳が食い込む。ぐったりしたフィオナを肩に担ぎ上げ、ユージーンは通路を駆け戻っていく少女の後ろ姿を眺めた。
「……驚いたね。ソニア、きみはいったい誰の血筋なんだ?」
 ふっと嘆息し、表情を引き締めてユージーンはアビゲイルに心話で呼びかけた。
((フィオナを連れて聖廟へ跳ぶ。適当な場所を指定してくれ))
((墓所の地下は現在無人です))
 脳裏に三次元地図が送られてくる。空間座標を確認し、ユージーンは跳んだ。
 一方ソニアは全速力で通路を引き返した。先ほどの部屋で、ギヴェオンは目に見えぬ誰かと早口にやりとりしていた。意を決し、ソニアは足を踏み出した。
「――わたしではだめ?」
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