第64話 きみはなかなか頭のいい子だね。

文字数 1,713文字

 乾いた笑い声を上げるナイジェルに、ギヴェオンは冷やかに尋ねた。
「で、あなたは誰に成り代わったんです?」
「おっと、その手には乗らないよ。私が誰か知りたければ、きみが先に名乗りたまえ」
 おどけたように言ってナイジェルは目を細めた。ギヴェオンは黙って彼を見返した。その瞳は怖いほどに蒼さを深めてはいたが、誇らしげに神の色彩を輝かせるナイジェルとは対照的にどこまでも深沈としていた。
「……ご家族を殺したのはあなたなんですね」
「目覚めた私が最初にしたのは父を殺すことだった。それから母と兄を殺し、使用人を殺した。屋敷中を荒らして金品と父が研究所から持ち出した資料を隠し、すべてを強盗の仕業に見せかけた。簡単だったよ。誰にも疑われなかった。後はソニアも知ってのとおりさ。ヒューバートとは大学で偶然知り合った。彼が憎んで余りあるアスフォリアの直系だとわかって、今回の計画が浮かんだ。折しも建国千年祭が迫り、王家は不幸続きで屋台骨が傾いている。現在の皇帝は頼りない内気な子ども。追放された不良王族は虎視眈々と皇位を狙い、神々を敵視する創造主教会がじわじわと勢力を拡大しつつある。絶好の機会だ」
「それで〈月光騎士団〉を隠れ蓑にしたわけですか」
「神々を悪魔呼ばわりするのには笑ってしまうがね。所詮神も悪魔も人間にとっては同じ存在だ。自分たちに都合がよければ『神』と呼び、都合が悪ければ『悪魔』と呼ぶ。それだけのことさ」
 強烈な自負のにじむ台詞だった。ソニアはいつかギヴェオンが言ったことを思い出した。神を必要とする者が人間であり、神を必要としない者が神なのだ……。
「貴様らは我々に勝利したつもりでいるのだろうが、私と同じように埋もれて眠っている神は多い。この世界を取り戻した暁には、戯言をぬかす創造主教会などアスフォリアを崇める聖神殿ともども叩き潰してやるよ。それまではせいぜい利用させてもらう」
「なるほど。確かに〈月光騎士団〉はあなた方にとって使い勝手がよさそうだ。アスフォリア女神を悪魔の女王と罵って敵視する一方、教会からは異端として破門されたため支配が及ばず活動が制限されない。〈世界の魂〉という学生結社を作ったのも、本当はあなたなんでしょう?」
「ああ、エストウィック卿――ルーサー元皇子に踊ってもらうための小舞台さ」
 意外な名前が出てきてソニアは瞠目した。
「ルーサー元皇子ですって……?」
「きみは知らなかったっけ。そう、謎のエストウィック卿の正体は、目に余る素行の悪さで追放されたルーサー元皇子だ。現皇帝の叔父だよ。帝位への野心抑えがたく、舞い戻ってきたんだ。特務の目を引きつけるにはうってつけの人物だ。特務に密告してアラス城に踏み込ませたのも私さ。ヒューバートはまともな日常生活が送れなくなっていたからね。すでに特務は霊薬が使われたことを掴んでいたし、一刻も早く彼を隠す必要があった。どうせならついでに私も身を隠そうと思ってね。ソニア、きみにはつらい思いをさせてしまってすまなかった。だけどそれもギヴェオンがきみの従僕として入り込んだせいなんだ」
「どういうこと……!?
「私としては、ヒューバートの死後ずっときみの側にいてあげようと思っていたんだよ。しかし彼が貼りついていればそうもいかない。あの時点ではさすがに彼が神そのものだとは思わなかったけど、オージアスの報告から半神か手練の錬魔士だろうと予測はついたからね。顔を合わせる前に表舞台から退場する必要があると判断した。ギヴェオンがいなければ、きみにあんなむごい場面を見せなくて済んだのだが」
 くっと唇を噛み、ソニアはナイジェルを睨んだ。
「側にいてあげよう、ですって? 要するに監視したかっただけじゃない! お兄様に何かあればわたしを代わりにするつもりだったんでしょ!?
「きみはなかなか頭のいい子だね、ソニア」
 嘲り口調に、カッと目の奥が熱くなる。ソニアはきつく拳を握りしめた。許せなかった。自分を騙しただけではない。そんな茶番劇のために自らを撃たせ、兄に汚名を着せたのだ。
「ひどい……! お兄様はあなたのことを親友だと信じていたのに」
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