第33話 ここは神々が作った要塞跡なんです。
文字数 1,674文字
「どうせならブラウニーズの方向へ歩きながら探したほうがいいじゃないですか」
「それはそうだけど……」
「うまくすればそのまま家に戻れるんじゃないかと思うんですよね。ブラウニーズの地下室は地下道と繋がってるんです」
「えっ、そうなの!?」
「正確には、繋がってるのは建物の裏手にある昔からの遥拝所ですが。そこから横穴を掘ってブラウニーズの地下室に繋げたんです。さっきのとこみたいに、古い神殿は地下道と繋がってることが多いんです。ほとんどの神殿は今では移転してしまってますけど」
話しながらギヴェオンは時々立ち止まって足元をじっと見つめている。何かあるのかと覗いても、黒っぽい石の床の上には光る粒子以外特に目を引くようなものはない。
「何を見てるの?」
「いや、別に」
ギヴェオンはそそくさと歩きだす。
「ねぇ、ブラウニーズの場所、ちゃんとわかるの?」
「地下室から地下道に出て少し歩いたことがあります。近くへ行けばわかりますよ」
「ならいいけど……。それにしても迷路みたいね、ここ。迷子になりそう」
暗に迷っていないかと訊いたつもりだったのに、ギヴェオンは「本当ですね」と大真面目な顔で返してくる。黙っていると不安が増すのでソニアは思いつくまま喋り続けた。
「これって何のために作られたのかしら。いつからあるの?」
「アステルリーズが都に定められる前からありましたよ」
「そんなに昔から!? ここがアスフォリアの王都になったのは千年も昔よね」
「ここは神々が作った要塞跡なんです。アステルリーズはもともと地下要塞都市で、女神アスフォリアが敵対する神々からの攻撃を避けるために作ったんですよ」
「地下要塞……」
茫然と呟くと、歩みを止めたギヴェオンが足元をつと指さした。
「この地下には何層にもわたってかつての要塞が続いています。戦争が集結して攻撃される危険がなくなると人々は地下から出て、地上に町を築いて暮らし始めた。それがアステルリーズの始まりです」
「知らなかった……。ここは女神が〈神の力〉をもって創った町だって……」
「それも間違いではありませんけどね」
ギヴェオンは不思議な笑みを浮かべ、ふたたび歩きだした。ソニアは落ち着かない気分で彼の背中を見つめた。
(この人……、いったい何なのかしら)
何度も浮かんだ疑問が再燃する。
彼はソニアが知らないこと、思ってもみなかったことをまるで常識のように口にする。自分がそれほどの知識人でないことくらいソニアも自覚はしていた。
貴族の子女として求められる教養は多岐にわたるものの、浅く広く知っていればよいとされている。常識を疑ってみたこともない。
だが、この数日、当たり前だと思っていたことが根底から揺らぎ始めている。
「……ギヴェオン。あなたは半神なの?」
ジャムジェムの問いを繰り返してみた。
半神は古くからある伝承のひとつで、神々と人間との間に生まれた存在だと言われている。ギヴェオンは振り向きもせず、「違います」とふたたびきっぱりと否定した。
「半神って実在するの? 古い伝説や物語にはよく出てくるけど」
「神々が実在するのなら半神がいてもおかしくはないでしょう。神々は自分たちの仕事を手伝わせるために、自分たちに似せて人間を創った。いえ、自分たちを元に人間を創ったんです。もともと同じ存在なのだから、子どもだってできる。実際、アスフォリア王国の二代目は半神でした」
それは歴史で習った。
アスフォリアは帝国となって三百年だが、その前に七百年にわたって王国として存在していた。王国の初代は女神アスフォリアだ。
女神は人間を伴侶とし、男女ふたりずつ四人の半神を産んだという。王家は女神の長男の直系子孫とされている。
「あなたは違うと?」
「違います。私は単なる在野の錬魔士 ですよ」
言い切られてしまうと、それ以上訊いてはいけないような気がしてくる。
好奇心が強く、時にははしたなく遠慮を忘れてしまうことさえあるのに、ソニアは我ながら不思議だった。
「それはそうだけど……」
「うまくすればそのまま家に戻れるんじゃないかと思うんですよね。ブラウニーズの地下室は地下道と繋がってるんです」
「えっ、そうなの!?」
「正確には、繋がってるのは建物の裏手にある昔からの遥拝所ですが。そこから横穴を掘ってブラウニーズの地下室に繋げたんです。さっきのとこみたいに、古い神殿は地下道と繋がってることが多いんです。ほとんどの神殿は今では移転してしまってますけど」
話しながらギヴェオンは時々立ち止まって足元をじっと見つめている。何かあるのかと覗いても、黒っぽい石の床の上には光る粒子以外特に目を引くようなものはない。
「何を見てるの?」
「いや、別に」
ギヴェオンはそそくさと歩きだす。
「ねぇ、ブラウニーズの場所、ちゃんとわかるの?」
「地下室から地下道に出て少し歩いたことがあります。近くへ行けばわかりますよ」
「ならいいけど……。それにしても迷路みたいね、ここ。迷子になりそう」
暗に迷っていないかと訊いたつもりだったのに、ギヴェオンは「本当ですね」と大真面目な顔で返してくる。黙っていると不安が増すのでソニアは思いつくまま喋り続けた。
「これって何のために作られたのかしら。いつからあるの?」
「アステルリーズが都に定められる前からありましたよ」
「そんなに昔から!? ここがアスフォリアの王都になったのは千年も昔よね」
「ここは神々が作った要塞跡なんです。アステルリーズはもともと地下要塞都市で、女神アスフォリアが敵対する神々からの攻撃を避けるために作ったんですよ」
「地下要塞……」
茫然と呟くと、歩みを止めたギヴェオンが足元をつと指さした。
「この地下には何層にもわたってかつての要塞が続いています。戦争が集結して攻撃される危険がなくなると人々は地下から出て、地上に町を築いて暮らし始めた。それがアステルリーズの始まりです」
「知らなかった……。ここは女神が〈神の力〉をもって創った町だって……」
「それも間違いではありませんけどね」
ギヴェオンは不思議な笑みを浮かべ、ふたたび歩きだした。ソニアは落ち着かない気分で彼の背中を見つめた。
(この人……、いったい何なのかしら)
何度も浮かんだ疑問が再燃する。
彼はソニアが知らないこと、思ってもみなかったことをまるで常識のように口にする。自分がそれほどの知識人でないことくらいソニアも自覚はしていた。
貴族の子女として求められる教養は多岐にわたるものの、浅く広く知っていればよいとされている。常識を疑ってみたこともない。
だが、この数日、当たり前だと思っていたことが根底から揺らぎ始めている。
「……ギヴェオン。あなたは半神なの?」
ジャムジェムの問いを繰り返してみた。
半神は古くからある伝承のひとつで、神々と人間との間に生まれた存在だと言われている。ギヴェオンは振り向きもせず、「違います」とふたたびきっぱりと否定した。
「半神って実在するの? 古い伝説や物語にはよく出てくるけど」
「神々が実在するのなら半神がいてもおかしくはないでしょう。神々は自分たちの仕事を手伝わせるために、自分たちに似せて人間を創った。いえ、自分たちを元に人間を創ったんです。もともと同じ存在なのだから、子どもだってできる。実際、アスフォリア王国の二代目は半神でした」
それは歴史で習った。
アスフォリアは帝国となって三百年だが、その前に七百年にわたって王国として存在していた。王国の初代は女神アスフォリアだ。
女神は人間を伴侶とし、男女ふたりずつ四人の半神を産んだという。王家は女神の長男の直系子孫とされている。
「あなたは違うと?」
「違います。私は単なる在野の
言い切られてしまうと、それ以上訊いてはいけないような気がしてくる。
好奇心が強く、時にははしたなく遠慮を忘れてしまうことさえあるのに、ソニアは我ながら不思議だった。