エースとして(VS上田第一)

文字数 3,040文字

 日曜日。

 裾花清流高校のグラウンドは早朝からにぎやかだった。

 練習試合の相手である上田第一高校のメンバーがやってきているのだ。部員数はこちらより多く、20人はいるだろう。

いよいよ初めての試合だね。
鈴ちゃん、今日は投げる可能性ありそうだよ。岩見先輩とサインの確認はした?

うん、昨日のうちにやったよ。

本当に投げさせてもらえるのかな。

先生は投げさせたいって顔してたじゃん。部活結成会の日。
そうかな。私はよくわからなかったけど……。
(スパーン!)
調子良さそうだね。
うん、なんだか今日は肩が軽い気がするわ。

 裾花清流は部室棟から近い3塁側をホームベンチとしている。

 ベンチの横にあるブルペンでは新海澪が快速球を投げ込んでいた。

うわ~、澪先輩、試合前だからめっちゃ気合い入ってる……。
なんか練習の時より速く見えるね。普段は抑えてんのかなぁ。

そりゃね、ドクターストップ寸前の状態だから普段は控えめだよ。

今日も50球前後……まあ行っても55球までかな。そのくらいで交代するだろうし。

あの、新海先輩って最速は何キロなんですかっ!?

え?

…………奈緒ちゃん、何キロって言ってたっけ?

123キロ。覚えとけよ……。
えーっと……それって速いんですか?
中学だと球速とか気にしたことなかったんで……。

速いよ。

女子プロ野球の平均球速が110キロ、日本最速は今のところ128キロらしいし。

おお!

じゃあもうプロ級じゃないっすか!

まあ、だから肩をおかしくしちゃったとも言うんだけど……。
思ってる以上に筋肉に負荷がかかってるみたいだからな。
そっかぁ……。
向こうのキャプテンとじゃんけんしてきた。うちが後攻よ。
お、やった。やっぱ守りからリズム作らないとね~。
上田第一とは試合したことあるんですか?
去年の秋大会、初戦で当たったわ。点差は……
13-6でうちの勝ち。まあコールドにはできなかったけど。
奈緒ちゃん、ホント記憶力いいよね~。
6点取られたということは、打撃のチームなんですね!
いや、違うよ~。
あっ、優先輩。
あの試合は澪先輩投げてないし、私が押し出しで2点あげちゃったからね。
そういや自爆してたな。
奈緒ちゃんも爆発しそうだったよね。守りながらめっちゃイライラした顔してたもん。
あの時は澪も含めてピッチャーが4人いたから、エース以外を試そうって流れになったの。その結果としての6失点ね。
冬の間に2人抜けちゃったんですね……。
……残念ながらね。でも、貴女が入ってくれたから持ち直せそうよ。
ま、まだ自信ないんですけど……。
たぶん、今日の試合で出番があるわ。今後のことは結果を見て決めればいい。
そうだぞ。怒鳴ったりしないから気楽に投げろよ。
……はい!
それじゃあ――全員集合!
 裾花清流のメンバーがベンチ前に集まった。

オーダーを発表します。

 礼がスターティングメンバーを読み上げた。


1番セカンド一ノ瀬桜

2番サード水崎美晴

3番レフト漆原礼

4番センター神村青葉

5番キャッチャー岩見悠子

6番ライト漆原優

7番ファースト赤羽夕日

8番ピッチャー新海澪

9番ショート天城奈緒

あれ、天城先輩って9番なんですか?

なんか意外……。

うちは9、1、2番で一つの流れになってるからね。

奈緒は足が速いし出塁率も高いから、奈緒が出て盗塁、打率の高い桜が打って返して、バントの上手い美晴がさらに送って中軸に回すって感じかな。

打線の穴は8番だけってことね。
……笑顔で言わない。
(すごい……中学の監督は打てる子から前に置いてたのに)
(戦術が確立されてるチームっていいなぁ。ワクワクしてきた!)

そろそろ開始ね。

――整列して。

1年生はうしろについて上級生の真似をすればいいわ。

 両チームがベンチの前に整列した。
何よ、秋と部員の数変わってないじゃない。
 上田第一高校のキャプテン、安堂(あんどう)秋穂(あきほ)がぼやくように言う。
なんか冬場にもめ事あったって聞いたよ。けっこう辞めたんじゃない?

ふうん……。

まあどうでもいいわ。去年の借りを返させてもらう!

整列――――ッ!

 主審のかけ声とともに両チームが飛び出した。

 ホーム前で向かい合う。

 やはり高校野球の選手は中学の選手より体つきがしっかりしている。

 並んだだけで鈴は圧倒された。

(これから、こういう相手と戦っていくんだ。頑張らなきゃ!)
始めます! 礼ッ!

 両チームが帽子を取って頭を下げる。

「お願いします!」の声が重なった。

(さあ、後輩たちにいいところ見せなきゃね)
 マウンドに立った新海澪は、投球練習を軽めに終わらせた。
(なんなの、あの軽い投げ方。一度勝ったからって甘く見てもらっちゃ困るわ)
1番、ファースト、安堂さん。

 試合の時には必ず来てくれる放送部の部員がアナウンスした。

 相手のキャプテンが最初の打席に入った。

 小柄な右バッターで、いかにもセーフティーバントが得意そうに見える。

(まずはストレート中心で)
(そうね)

 澪が振りかぶる。

 しなやかなモーションからオーバースローの第1球。

(パァーン!)
ストライク!
(なっ……速い!)
 安堂秋穂はバットのグリップを確認してかまえ直す。
(これが裾花清流のエースってわけね。面白いじゃない!)

 2球目もストレートだ。

 外角低めの球を安堂が打つが、右方向へ切れてファールになる。

(もう一つ外)
(うん)

 外角のストレートが続く。

 これも低めいっぱいの厳しいコースだが、安堂がバットを出してカットしていく。

(すごい球威だわ。腕がしびれる……)
(ここでとどめ刺すよ)
(こくっ)

 澪の膝が柔らかく沈む。

 そこから弾丸のような球が投げ込まれた。

(――――ッ!!)
ストライクスリー! バッターアウト!

 澪が投じたのは一転して内角、膝元へのボールだった。

 外への厳しいボールが続いていたせいで、安堂は急な内角に対応できなかったようだ。手が出ずに見逃し三振となった。

くっ……。次は打ってみせる……。
(さて、ここから変化球を混ぜていこうかな)

 伸びのあるストレートに加え、キレのあるスライダー、さらに球速差の大きいチェンジアップ。

 澪の投球に上田第一のバッターが翻弄される。

 2番をピッチャーゴロに打ち取ると、続く3番をスライダーで空振り三振に取った。

ミオっち飛ばしすぎでしょ~。後ろ暇すぎてやることないんだけど~。
あら、ごめんなさい。ちょっと力が入りすぎていたのかも。
1年生にいいところ見せたいだけでしょ。
ふふ……どうかしら。
 その1年生たちは、澪の完璧な立ち上がりに呑まれていた。
す、すごい……。
これがエースなんだね。
すごくかっこいい……。でも、今の私じゃあのストレートは取れないかも……。
(……こんなところにも、ああいう選手がいるんだ)
 高池凪だけは別の感情を持っていた。
雪菜(ゆきな)、相手ピッチャーのことは考えないでバッター勝負だよ。
わかってる。影響されるタイプじゃないから安心して。
 上田第一の戸河(とがわ)雪菜、花岡(はなおか)里香(りか)のバッテリーはマウンドで入念に打ち合わせをした。
じゃ、一人ずつ確実にね!

 花岡里香がホームへ移動した。

 対する裾花清流は1番の一ノ瀬桜が左バッターボックスに入るところだ。

よーし、先頭打者ホームラン狙っちゃおっかな~。
(ちっこいくせになに言ってるんだろ、この人……)

 桜が打席に入り、プレーがかかる。

 澪は攻撃の行方をじっと見ていた。

(鈴ちゃんや優ちゃんに投手としての道を示すのが3年生の仕事。夏まで持ちこたえてね、私の肩……)
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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