足場が崩れそう…
文字数 5,504文字
開 桜 000 00|0
裾花清流 000 0 |0
5回ウラの裾花清流は7番からの攻撃だ。
しかし夕日はスライダーを引っかけてピッチャーゴロに倒れた。
美咲のストレートに力がこもった。
同時に、肩にも余計な力がかかっていた。
奈緒が初球で送りバントを決めた。
ツーアウトながら、ランナー2塁でトップに戻って桜が打席に入る。
美咲がストレートと縦のスライダーで勝負に来る。
桜は必死についていき、追い込まれたあとも3球続けてファールにする。
タイミングを外すチェンジアップも混ぜてこられたが、それもきっちりカットした。
桜にも意地がある。
新チームになってから、ずっとトップバッターの地位を守ってきた。打てなくともフォアボールを選んだり球数を投げさせたり、役割は果たしてきた。
桜は自分のバットコントロールに自信を持っている。
それが、今日は二打席ともあっけなく三振で終わっているのだ。
これ以上三振すれば、その屈辱に耐えられなくなる。
美咲が噴き出した汗を拭う。
すでに11球投げ、カウントは3ボール2ストライクまで変動している。
内角低めのストレートを、桜は見送った。
バットを出しかけたが強引に静止させる。
ランナーが1、2塁に変わった。
ツーアウトなのでライナーゲッツーなどの心配もなく、ランナーは打った瞬間にスタートが切れる。
だが……。
鈴はベンチを飛び出した。
背後のスタンドから拍手や声援が送られる。
大きく手を振る母親の姿がスタンドにあった。
鈴の両親は共働きだ。
父は毎日残業続きのきつい生活を送っている。
母は長野市の観光案内をやっていて、土日は特に忙しい。なので平日の今日はちゃんと見に来てくれたのだ。
鈴はセットポジションから初球を投じる。
左バッターの内角いっぱいにストライクが決まった。
日夏愛衣はやや腰を引くようにして見送った。ボールの迫ってくる感覚が予想とは違ったのだろう。
2球目に外のカーブが決まってたちまち追い込む。
最後は左バッターの外角に逃げていくシンカーで空振り三振を奪った。
開桜の上位打線は鈴の変則的なフォームに対応しきれない。
2番の山中、3番の清永はともにカーブを打って、それぞれセカンドゴロ、サードゴロに倒れてあっさりチェンジになった。
その時、またしても快音が鳴り響く。
青葉がスライダーを流し打ちしてライト線に運んだのだ。ライトの太刀川雪乃が回り込んでいる間に、青葉はセカンドベースまで到達した。
打順は5番の悠子だ。
右方向に打たせまいと、美咲はインコースにボールを集めてくる。
美咲はスライダーから入ってきた。
優は初球から振っていったが空振り。
次の球もスライダーで、これは先端に当たってファールになった。
美咲がモーションに入った。
優はスライダー狙いのスイングで行く。
――だが、迫ってきたのは快速球だった。
バットが空を切り、主審の右手が挙がった。
空振り三振でスリーアウト、チェンジ。
優はもやもやした表情で守備に向かう。
その背中を見ながら、鈴も再びマウンドに上がる。
鈴はしなる肘をいっぱいに使って投げる。
右バッターの膝元に入って球審がストライクを告げる。
続いてカーブを投げると、草壁真尋はタイミングをずらされたように打ち損じてファールになった。
結局、草壁真尋はシンカーをすくい上げてサードフライに倒れた。
入れ替わりでバッターボックスに入るのは、1年生の太刀川雪乃だ。
悠子がインコース低めにカーブを要求してきた。
鈴は頷き、狙い通りのコースに投げた。
――雪乃が踏み込んできた。
脇を締め、肘を畳んだ、驚くほど無駄のないスイング。
バットが芯でボールを捉えて右中間に飛ばしていった。
サードコーチャーが「止まれ」とジェスチャーを出し、雪乃がセカンドベースを回ったところでストップする。
直後、センターの青葉からいい送球が返ってきた。
悠子が、外野に前進の指示を出した。
長打のある6番浅上桐子だが、定位置で守っていればシングルヒットでも1点になってしまう。頭を越されてもシングルでも同じ点なら、前に出る。
鈴はインコースのストレートに頷き、モーションに入る。
しかし大きく外れた。
ボールが高く浮き、悠子が立ち上がってキャッチする。
悠子が主審にタイムをかけてもらい、駆け寄ってくる。
内野陣も集まってきた。
内野陣が散っていく。
鈴はマウンドをならして、ロージンバッグに触れる。
少しでも気分を落ち着かせる必要があった。
深呼吸して、胸に手を当てる。
心臓の鼓動を感じて、呼吸を整える。
鈴は手の中でボールを回し、縫い目に触れた。
一つ間を置き、それからモーションに移る。
全力のシンカーを投げ込んだ。
それを、浅上桐子が振ってきた。
やや体は開いたが、ボールは芯で捉えている。
速いライナーが三遊間を破った。
奈緒も美晴もまともに動けないほどの打球だった。
礼はホームに投げようとしたが、ランナーが3塁を回ったところで止まったので中継の奈緒に返した。
悠子がそう考えた時だった。
開桜のベンチから新たな選手が出てきた。
ボールの出所が見やすいので、右のサイドスローに対しては左バッターが有利。
開桜はセオリー通りに勝負を仕掛けてきた。
鈴の、ボールを握る手に力がこもった。
3塁ランナーが返れば先制を許すことになる。
川船美咲の調子は落ちていない。もし点を与えれば、逆転は極めて難しい状況だ。
重圧が、ますます鈴の心を締め上げる。
鈴はサイン通りカーブを投げたが、外に大きくそれてボール。しかも、ほとんど変化しなかった。
2球目――カーブが高めに浮いてボールになる。
ここが試合のキーになる場面なのは間違いなかった。1球ごとに観客が盛り上がる。
3球目、悠子は確実にストライクを取るためストレートのサインを出した。
鈴はアウトコースを狙って投げたが、完全に逆球になってしまう。
バッターのデッドボールコースにボールが飛んでいく。
キン、と音がした。
避けようとした本郷のバット、そのグリップエンドにボールが当たってファールになったのだ。
開桜は悔しがり、裾花清流は安堵した。
しかし、鈴の調子が完全に崩れていることは誰の目にも明らかだった。
ベンチから、緋田恵が声を出した。
手招きで悠子を呼ぶ。
話を聞いた悠子は、頷いてマウンドにやってきた。