足場が崩れそう…

文字数 5,504文字

開  桜 000 00|0

裾花清流 000 0 |0

なんとか抑えきれたわね……。
先頭出した時はさすがにやばいかなって思ったけどよかった。
 5回、開桜の攻撃は、6番の浅上桐子がセンター前ヒットで出塁、7番が送りバントでランナーを2塁まで進めたが、8、9番が打ち取られて無得点に終わっていた。
新海さん、よく投げてくれました。次の回から朝山さんに交代です。
はい。あとは任せます。
朝山さん、調子は大丈夫そうですか?
問題ないです!
次の回が勝負所になりそうね。
新海さんのところですが、松原さんはここ一番に取っておきたいので結城さんに行ってもらいます。いいですか?
出番ですか! 任せてください!
頼むよまこちゃん。
うん、行ってくるぜー!

 5回ウラの裾花清流は7番からの攻撃だ。

 しかし夕日はスライダーを引っかけてピッチャーゴロに倒れた。

裾花清流高校、選手の交代をお知らせします。バッター、新海さんに代わりまして、結城さん。
え……!?
(このタイミングでエースを降ろすの? どうして……)
 球場も予想外の代打にざわついている。
お願いします!
(熱い投げ合いはおしまい? なにそれ……つまんないじゃん!)

 美咲のストレートに力がこもった。

 同時に、肩にも余計な力がかかっていた。

いてっ!!
(あ……しまった)
まこちゃん、ナイスデッドボール!
そこはナイス出塁でいいんじゃ……。
まこちゃん、けっこう食らってるよね。私も前に当てちゃったし。
(ここは一ノ瀬さんで勝負ですよ)
(――了解)

 奈緒が初球で送りバントを決めた。

 ツーアウトながら、ランナー2塁でトップに戻って桜が打席に入る。

(そろそろ打たないと1番として情けないぜ)
(簡単には打たせないよ)

 美咲がストレートと縦のスライダーで勝負に来る。

 桜は必死についていき、追い込まれたあとも3球続けてファールにする。

 タイミングを外すチェンジアップも混ぜてこられたが、それもきっちりカットした。


 桜にも意地がある。


 新チームになってから、ずっとトップバッターの地位を守ってきた。打てなくともフォアボールを選んだり球数を投げさせたり、役割は果たしてきた。

 桜は自分のバットコントロールに自信を持っている。

 それが、今日は二打席ともあっけなく三振で終わっているのだ。

 これ以上三振すれば、その屈辱に耐えられなくなる。

(――っと!)
ファールボール!
(くそ、しつこいな!)

 美咲が噴き出した汗を拭う。

 すでに11球投げ、カウントは3ボール2ストライクまで変動している。

(いい加減三振しろっ!)
(――低い!)

 内角低めのストレートを、桜は見送った。

 バットを出しかけたが強引に静止させる。

ボールフォア!
よしっ!
マジか……そこは取ってくれよ……。

 ランナーが1、2塁に変わった。

 ツーアウトなのでライナーゲッツーなどの心配もなく、ランナーは打った瞬間にスタートが切れる。


 だが……。

うっ!
ファースト!
オッケーオッケー。
 振り遅れた美晴のファーストゴロを、草壁真尋が捕ってそのまま1塁ベースを踏んだ。またしても裾花清流は無得点に終わる。
ポンコツですみません……。
仕方ないさ。それより、どっかの誰かさんみたいに守備に引きずるなよ。
(奈緒先輩の厳しい目つき……!)
はい、集中していきます!
裾花清流高校、選手の交代をお知らせします。代打いたしました結城さんに代わり、朝山さんがピッチャー。8番、ピッチャー、朝山さん。
鈴ちゃん、頑張れ!
落ち着いていこうね!
うん、行ってきます!

 鈴はベンチを飛び出した。

 背後のスタンドから拍手や声援が送られる。

り――ん!! 頑張れぇ――!
 ひときわ大きな声が聞こえて、思わず振り返った。
あっ、お母さん……!

 大きく手を振る母親の姿がスタンドにあった。

 鈴の両親は共働きだ。

 父は毎日残業続きのきつい生活を送っている。

 母は長野市の観光案内をやっていて、土日は特に忙しい。なので平日の今日はちゃんと見に来てくれたのだ。

(かっこいいとこ見せるぞ)
1番、ショート、日夏さん。
(よくわかんないけど、エース降りたんだしチャンスあるかな?)

 鈴はセットポジションから初球を投じる。

 左バッターの内角いっぱいにストライクが決まった。

 日夏愛衣はやや腰を引くようにして見送った。ボールの迫ってくる感覚が予想とは違ったのだろう。

(お、思ったより腕が遅れて出てくるな……)
(フォームの癖に慣れていないうちにチェンジにしちゃおう)
(カーブ……)

 2球目に外のカーブが決まってたちまち追い込む。

 最後は左バッターの外角に逃げていくシンカーで空振り三振を奪った。

よし、まず一人!
オッケー、ナイスピッチ!
いいぞ! その調子でいけ!

 開桜の上位打線は鈴の変則的なフォームに対応しきれない。

 2番の山中、3番の清永はともにカーブを打って、それぞれセカンドゴロ、サードゴロに倒れてあっさりチェンジになった。

サイドスローだから、右バッターだと球の出所が見づらいですね……。
今度はボールが遅いのと変化が大きいせいでまったく合わないわ……。
慣れさせないための作戦ってことかな。
でも、うちはあのエースをまったく打ててなかったよ。わざわざ降ろす必要あった? 新海さんだっけ、もしかして肩の調子よくないんじゃない?
なんとも言えないけど、どっちのピッチャーも面倒そうなのは確かだな。
鈴ちゃん、お見事! 全然問題なかったじゃない。
思ったより落ち着いて投げられました!
いや~、ナイスピッチだよ。こうなると意地でも1点ほしいね。延長にはしたくない。
だな。なんとか攻略したいけど……。
 この回の先頭、礼のバットから快音が響くもセカンドライナーに終わった。
うーん……球威が落ちてこないわね。まだ力で押さえ込まれてる感じがする……。
連打が出なきゃどうしようもないぜ。姉貴と青葉ちゃんが頼りなのに……。
そうは言われても、思ったように打たせてくれないのよ。

 その時、またしても快音が鳴り響く。

 青葉がスライダーを流し打ちしてライト線に運んだのだ。ライトの太刀川雪乃が回り込んでいる間に、青葉はセカンドベースまで到達した。

やるな、あの4番……。
(やっとスライダーの見極めができてきましたね……)

 打順は5番の悠子だ。

 右方向に打たせまいと、美咲はインコースにボールを集めてくる。

(制球力も落ちないか……。きついな、これは)
 悠子はカウント2-2まで粘ったが、最終的にサードゴロに倒れる。青葉は2塁に釘付けのままだ。
ごめん、あと任せた。
やれるだけやってみますー。
(ここで礼の妹か)

 美咲はスライダーから入ってきた。

 優は初球から振っていったが空振り。

 次の球もスライダーで、これは先端に当たってファールになった。

(さっき姉貴には3球連続でスライダー投げたな。同じ手、使ってくるか?)
…………。
(表情からじゃ読み取れんわ。でも美咲先輩って、一回やられた手をあえてまた使ってくることもあるんだよな)

 美咲がモーションに入った。

 優はスライダー狙いのスイングで行く。

 ――だが、迫ってきたのは快速球だった。

 バットが空を切り、主審の右手が挙がった。

 空振り三振でスリーアウト、チェンジ。

(くそ、考えすぎた……)

 優はもやもやした表情で守備に向かう。

 その背中を見ながら、鈴も再びマウンドに上がる。

(この回も三人で抑えなきゃ)
4番、ファースト、草壁さん。
(癖が強いみたいだけど、どんな球投げるんだ?)
(このバッターにはインコース攻め)

 鈴はしなる肘をいっぱいに使って投げる。

 右バッターの膝元に入って球審がストライクを告げる。

 続いてカーブを投げると、草壁真尋はタイミングをずらされたように打ち損じてファールになった。

(確かに……あのエースのあとにこういうピッチャーは厳しい)

 結局、草壁真尋はシンカーをすくい上げてサードフライに倒れた。

 入れ替わりでバッターボックスに入るのは、1年生の太刀川雪乃だ。

…………。
(し、視線がきつい……)
(このバッターも内角攻めたいな)

 悠子がインコース低めにカーブを要求してきた。

 鈴は頷き、狙い通りのコースに投げた。

 ――雪乃が踏み込んできた。

 脇を締め、肘を畳んだ、驚くほど無駄のないスイング。

 バットが芯でボールを捉えて右中間に飛ばしていった。

あっ……!
スリーベースいける!
いや無理! 止めろっ!

 サードコーチャーが「止まれ」とジェスチャーを出し、雪乃がセカンドベースを回ったところでストップする。

 直後、センターの青葉からいい送球が返ってきた。

大チャンスだ。私が確実に打ってくるよ。
桐子、任せたよ!
(ワンナウト2塁……)
(失敗した……。あんなに変化球打つのがうまいバッターだったなんて)
(私に小細工は通用しません……)

 悠子が、外野に前進の指示を出した。

 長打のある6番浅上桐子だが、定位置で守っていればシングルヒットでも1点になってしまう。頭を越されてもシングルでも同じ点なら、前に出る。

鈴、自分のペースでね!
は、はい!
(ちょっと表情暗くなってきたかな……。まあ、展開が展開だしね)
(1点でも致命傷……。絶対に抑えないと……)

 鈴はインコースのストレートに頷き、モーションに入る。

 しかし大きく外れた。

 ボールが高く浮き、悠子が立ち上がってキャッチする。

(向こうも緊張してきたかな……)
すみません、タイムもらえますか。

 悠子が主審にタイムをかけてもらい、駆け寄ってくる。

 内野陣も集まってきた。

鈴、うしろはしっかり守ってやるから大丈夫だぞ。
そうそう。――って今日のあたしが言っても説得力ないか。
いつも通りのボール来てるんだし、気負いすぎないでね。
そう、ですね……。
心配すんなって、バシッとさばくから安心して投げろよ。
そうだよ。ここから下位打線だし。
が、頑張ります!
よし、まずは確実にツーアウト目を取るぞ。6番さえアウトにすれば次は当たってない7番だし、ランナーが3塁に進んでもとりあえずオッケーってことで。
だね。このバッター打ち取っちゃえばスクイズの可能性もなくなるし。
じゃ、集中ね!
おー!

 内野陣が散っていく。

 鈴はマウンドをならして、ロージンバッグに触れる。

 少しでも気分を落ち着かせる必要があった。

 深呼吸して、胸に手を当てる。

 心臓の鼓動を感じて、呼吸を整える。

(――よし!)
(シンカー、インコースに)

 鈴は手の中でボールを回し、縫い目に触れた。

 一つ間を置き、それからモーションに移る。

 全力のシンカーを投げ込んだ。

 

 それを、浅上桐子が振ってきた。

 やや体は開いたが、ボールは芯で捉えている。

 速いライナーが三遊間を破った。

 奈緒も美晴もまともに動けないほどの打球だった。

(1点が――)
バックホーム!
(わかってる――)

 礼はホームに投げようとしたが、ランナーが3塁を回ったところで止まったので中継の奈緒に返した。

返せなかったか……打球が速すぎたな。
…………。
(まずい形になったな。でもここから右打者が続くし、鈴のボールなら充分抑えられるはず――)

 悠子がそう考えた時だった。

 開桜のベンチから新たな選手が出てきた。

開桜高校、選手の交代をお知らせいたします。バッター、館岡さんに代わりまして、本郷さん。
お願いします……。
(左バッター……!)

 ボールの出所が見やすいので、右のサイドスローに対しては左バッターが有利。

 開桜はセオリー通りに勝負を仕掛けてきた。

セカンドショートはゲッツー狙いだ! ファーストサードはホーム刺しにいけー!
ういっす!
しっかり抑えましょう!
(さすが奈緒……。仲間がテキパキ指示出してくれると心強いよね)
(今度こそ、必ず抑える……)

 鈴の、ボールを握る手に力がこもった。

 3塁ランナーが返れば先制を許すことになる。

 川船美咲の調子は落ちていない。もし点を与えれば、逆転は極めて難しい状況だ。

 重圧が、ますます鈴の心を締め上げる。

(スクイズも考えられる……。当てにくいカーブを使っていこう)

 鈴はサイン通りカーブを投げたが、外に大きくそれてボール。しかも、ほとんど変化しなかった。

 2球目――カーブが高めに浮いてボールになる。

 ここが試合のキーになる場面なのは間違いなかった。1球ごとに観客が盛り上がる。


 3球目、悠子は確実にストライクを取るためストレートのサインを出した。

 鈴はアウトコースを狙って投げたが、完全に逆球になってしまう。

 バッターのデッドボールコースにボールが飛んでいく。

わっ……!?

 キン、と音がした。

 避けようとした本郷のバット、そのグリップエンドにボールが当たってファールになったのだ。

あちゃー、運悪いなー……。
(変な避け方しちゃった……。避けるふりだけしておけばデッドボールだったのに……)
(ホントに危なかった。敵に助けられた……)

 開桜は悔しがり、裾花清流は安堵した。

 しかし、鈴の調子が完全に崩れていることは誰の目にも明らかだった。

(だ、ダメだ……腕が思ったように振れないよ……)
タイムをお願いします!

 ベンチから、緋田恵が声を出した。

 手招きで悠子を呼ぶ。

 話を聞いた悠子は、頷いてマウンドにやってきた。

鈴、よく頑張ったよ。あとは優に任せて。
え、じゃあ……。
うん。ピッチャー交代。
…………。
落ち込まないで。鈴は堂々と投げたんだから。
 鈴の肩をポンポン叩くと、悠子はライトを向いた。
ん……悠子先輩、なんでこっち見てんの?
優、ピッチャー交代! ここからお願い!
えっ……。
 優は、一瞬めまいを感じた。
(嘘だろ~……この状況でマウンド上がれとか勘弁してよ~……)
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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