うちのキャプテンはネガティブに騒がしい(VS諏訪水照)

文字数 5,034文字

 ゴールデンウイーク二日目。

 裾花清流高校のグラウンドには諏訪(すわ)水照(すいしょう)高校女子野球部がやってきていた。向こうから来てくれるのは、これまでの裾花清流の実績あってのことらしい。

今日、緋田先生はやりにくいかもね。
え、なんでですか?
諏訪水照っていったら緋田先生が最初に赴任した高校だもん。弱小だったところを先生がベスト4まで連れてったんだよ。3年目に最高戦績を出して、それからうちに来たんだ。
じゃあ、今は戦力が上がって強くなってるんですよね。
選手もうちより多いし、層も厚くなってる感じがするわね。
……打たれそうな気がしてきました。
大丈夫。鈴の変化球は充分通用するよ。自信もっていこう。
…………。
……?
な、なんか向こうの監督さん、すごく緋田先生を睨んでる気がするんですけど……。
選手たちも先生を睨んでるわ。過去に何かあったのかしら……。
そんなはずは……。だって先生は功労者のはずでしょ。
なんだぁ? 先生は無茶な練習させるタイプじゃないし、あんま厳しいことも言わないと思うんだけどな~。
 裾花清流のメンバーが疑惑を持つ中、ホームベースの手前で、漆原礼と相手のキャプテン、新田(にった)涼音(すずね)が正対する。
今日はよろしくお願いします。
ええ、よろしくお願いいたします。
(すごく目がギラついてるけど、寝不足なのかしら)
ではキャプテンはジャンケンをしてください。
 主審の指示で二人はジャンケンする――のだが、新田涼音は右手をうしろにやって、本格的に構えている。
あの、ジャンケンを……。
はい、かけ声をいただければいつでも出せます。どうぞ。
……ええと、じゃあ、じゃーんけーん……
ぽーん!

 新田涼音が絶叫しながら右手を出してきた。

 礼がパー、涼音がグーだった。

ああああっ! 

これは幸先が悪すぎますっ!

……じゃあ、後攻で。
 礼がベンチに戻ってきた。
おい、なんか向こうのキャプテン叫んでなかったか?
あれはテンションのリミッターが切れてる人間だわ……。
ジャンケンの動きもキレが良すぎて逆に怖かったんだけど……。
無視だよ、無視。試合が始まれば関係ないって。
その通りです。皆さん、いつでも動けますか?
はい、問題ありません。
知っている人もいると思いますが、諏訪水照高校は私が最初に指揮を執った高校です。ですが監督も変わっていますし、去年で私の教えた最後の選手たちも卒業しています。はっきり言って戦術はまったく読めません。序盤は様子を探りながら進めましょう。
そうですね。では、オーダーを発表します。

スターティングメンバーはこれまでと同じだ。


1(二)一ノ瀬桜

2(三)水崎美晴

3(左)漆原礼

4(中)神村青葉

5(捕)岩見悠子

6(右)漆原優

7(一)赤羽夕日

8(投)新海澪

9(遊)天城奈緒

投手陣ですが、朝山さんは序盤から肩を温めて、いつでもいけるようにしておいてください。優さんも場合によってはいきますよ。
わかりました!
わかりませーん。
理解しろ。
(最近の礼先輩、優ちゃんに対する口調がちょっと変わってきたような気がする……)
それでは整列してください!

 主審の声で両チームがベンチ前に整列した。

 互いのキャプテンが声を出し、全員が走り出す。

 ホームベースを挟んで対峙した両チームは、主審のコールで「お願いします!」と帽子をとって頭を下げる。

 まずは裾花清流ナインが守備に散った。

(うん、今日は浅間戦ほどは悪くなさそうね)
(ノビもあるし大丈夫そうかな)
さあ真冬(まふゆ)さん! ぶちかましてきてくださいな!
うーっす……。
(あの人、試合中ずっとあのテンションのままなのかな……)
一回の表、諏訪水照高校の攻撃は、1番、ショート、戸張(とばり)さん。

 戸張真冬が左打席に入った。

 女子としてもかなり小柄なバッターで、構えも小さい。

(ストライクゾーン、狭そうね)
(長打力はなさそうだな)

 新海澪の初球は外角へのストレートだった。

 真冬が見送ってストライク。

 澪は次もストレートを同じコースに投げた。真冬が振ってくるが、かなり振り遅れていた。これでツーストライク。

真冬さん! なに2球で追い込まれてるんですか! もっとねちっこくいやらしいバッティングを見せてください!
いや、この速球は厳しいっす……。
(すごくやりづらい……)

 飛ばす力はないと判断し、澪は3球目もストレートを投じた。インコース低めの厳しいゾーンだ。

 真冬が体勢を下げた。

 1塁へ走り出しながら、バットの先端に器用にボールを当てる。

 勢いの殺されたボールは、3塁線に絶妙に転がった。

くっ……!
 澪と美晴がダッシュをかけるが間に合わない。真冬のセーフティーバントが成功した。
セーフですか。まあ良しとしましょう。
なんで微妙そうな顔してんの。今のはいいバントだったでしょ?
 キャッチャーの湖山(こやま)朱夏(しゅか)がなだめるように言う。
私は真冬さんにファールで粘って相手をイライラさせる役割を期待していたんです。なのに……
なのに3球で決めるなんて!!!
うっせーなー……出たんだからいいだろーがよー……。
なんか、おたくのキャプテン個性的っすね。
 ファーストの夕日はランナーの真冬に話しかけた。
疲れますよ、ぶっちゃけ。誰のせいだよって話ですけどね。
……え?
2番、ライト、秋村さん。
(これは集中できるかどうかが勝負になりそうだな)

 悠子はランナー真冬の動きを窺う。

 リードはかなり大きい。足の速さもある。盗塁してきてもおかしくない。

(とにかくバッターよ)
 澪がクイックで投げ込む。内角にストライク。
(――出すぎだ!)

 捕球した瞬間、悠子は最小限の動きでファーストへ牽制球を放った。

 真冬が慌てたように頭から戻る。

セーフ!
……刺せなかったか。
いいわ! いいわよ真冬さん! その調子でどんどん揺さぶりをかけなさい!
(いや……今のはマジで刺されかけただけだから……)

 澪は気を取り直して秋村への投球を続ける。

 キャプテンに呑まれて影は薄いが、向こうの監督はテキパキと指示を出している。

 秋村は4球目のスライダーにうまく合わせ、送りバントを決めた。

3番、サード、新田さん。
お願いいたします! よーし打つ、絶対に打つわ!
(やばい、こんなに打席に立っててほしくないって思ったバッター初めてかも)
(迫力は抜群だけど、実力的にはどうなのかしら)
(全部外でいこう)

 新田涼音は右バッターだ。

 澪はその外角低めにストレートを投じる。

 見送った。

 主審の右手が上がってストライク。

打つ……私は打つ……うしろにつないで点を稼ぐ……その土台を作る……。それができなかったら私のいる意味なんて……ない、価値がない、生きてる意味が、ない、私に関わるすべてが無価値……でもそれってチームのみんなまで無価値になってしまうのかしら……いいえそれはありえない……価値がないのは私だけ……いえここで打てばすべて解決する話よ……。
(誰か助けて……)
なんか、悠子先輩が何度もこっち見てくるんだけど……。
もしかしたら、今日はアサちゃんの出番があるから気にしてるのかもしれないよ。
 ホームから遠いブルペンにいる二人には、新田涼音のつぶやきなど聞こえない。なので悠子の視線の意味も理解できない……。
はっ――

 新田涼音への2球目。

 外角へのスライダー。

 涼音が見送ってボール。

 続く3球目だった。

 澪がモーションに入った瞬間――

走った!
 2塁ランナー戸張真冬がスタートを切った。
(しまった――!)
 悠子がサードへ送球するが、真冬がスライディングで一気に加速してベースに到達していた。塁審が「セーフ!」と両手を横に広げる。
(は、速い……! スライディングの伸び方が違う……!)
 選手によっては、スパイクが地面に引っかかってスライディングで減速してしまう場合もある。だが、技量のある選手は滑り込むことで一気に距離を稼ぐのだ。
ふっふーん、揺さぶってやったよ。これで文句ないっしょ。
(あの……せっかくのドヤ顔ですけどキャプテンこっち見てないですよ……)
(こいつがぶつぶつ言ってるから全然集中できないよ。なんか澪のリズムも悪くなってる気がするし……)
ランナー3塁。返す、返す、返す、まず1点、先制点、最初の一撃で相手の出鼻をくじく、味方を勢いに乗せる……。
(澪……外のストレート!)
(いつもの悠子じゃない……。完全にペースを乱されてるわ……)
 澪はセットポジションから外角に直球を投げ込んだ。
(いけない――!)

 集中力へのダメージは澪にも及んでいた。

 外を狙ったボールが真ん中寄りに入ってしまう。

(もらった!)

 涼音がバットを振り抜いた。

 が、やや根本だった。

 フライがレフト正面に上がる。

 3塁ランナーの真冬はタッチアップの構えを見せている。

(最低限の仕事になってしまったわ……)

 レフトの礼がフライをキャッチした。

 同時に真冬がタッチアップのスタートを切る。

(甘く――)

 礼は落下点より後方からダッシュを始めていた。

 そして捕球と同時に、ダッシュの勢いを利用して全力でホームへ返球する。

(――見るな!)

 弾丸のような返球が伸びる。

 ボールは真冬を追い越し、悠子のミットに収まる。

 悠子はキャッチャーミットをわずかに左に動かす。ちょうどそこが、真冬の突っ込んでくるコースだった。

アウト――!
刺した……! さすが礼だわ!
うそ……あの位置から私が刺されるなんて……。
みんなー、テキパキ引き上げてよー!
 悠子は真っ先にベンチへ戻っていった。
礼先輩すごい! 送球かっこよかったです!
落下点よりちょっとうしろからスタートするんですね。
今の場合だと加速して勢いをつけなきゃ間に合わなかったから。最初から落下点にいるとボールが意外に伸びないのよ。
すごくダイナミックでした!
あれ? 向こうのキャプテンさん、動かないよ……。
とても厄介な人だということはよくわかったわ。いったん円陣を組みましょう。
 新田涼音は1塁を回ったところで棒立ちになっていた。
1点、にも、ならなかった……。私のフライが、浅かったから……?
キャープテーン。あれは相手がうまかっただけだから気にしちゃだめ――
う……ううううううっ! なんて情けないっ!
やべ、発作出ちゃったよ……。
私が打っていれば今頃は1点入って味方もさらに勢いづいて攻撃を続けて相手のエースをマウンドから引きずりおろして変わった投手を打ち崩して大量得点を挙げてビッグイニングを作って一気にコールドゲームを決めていたはず! 私が! 使えなかったがゆえに! すべての流れを断ち切ってしまった! ァァァ……。
 頭を抱えてぐねぐね動いている相手キャプテンを、裾花清流メンバーは茫然と見つめていた。
凪ちゃんと同類の匂いがするぞ。
一緒にしないでください。
なんか、今の叫び声でわかっちゃった気が……。
内罰(ないばつ)的ってやつですな。全部自分が悪いって思いこんじゃうんだ。
……ちょっと心配ですね。この試合のあと、向こうの監督から話を聞いてみます。
まあそれはそれとして! みなさん、しっかり佐竹さんを守ってあげましょうねー!
怪我しない程度にねー……。
 諏訪水照のエース、佐竹智花(ともか)もすでに疲れた顔をしていた。
(まあ、誰もこんなことになるなんて思わなかったしねぇ)
(涼音をキャプテンに選んだ先輩たちがちょっと憎いわ。先輩たちにあの言葉を吹き込んだ女も……)
(今日は特にひどいな。向こうの監督があの緋田恵って聞いたから余計に空回りしてるのか?)
まあ、事情は知らんけど簡単には凡退してあげないよ~。

 桜が左バッターボックスに入って構える。

 相手の佐竹智花は最初からセットポジションだ。

(ここで失点したら涼音がさらに背負い込む。絶対抑えなきゃ)

 佐竹智花は、緋田恵に一度視線をやってからモーションに入った。初球は外にはずれてボールになる。


 恵は、相手選手たちの視線の意味に気づき始めていた。

(自分の教えた野球部がこんな形になっているとは……。おそらくキャプテンにかかっているのは、成績を維持し続けなければならないというプレッシャー。私の一言がこのチームを縛ってしまったのかしら……)

 緋田恵は、諏訪水照から裾花清流へ転任する際、女子野球部にある言葉を残してきた。それを思い出していた。


 ――1回限りのベスト4ではまぐれ扱いする人も出てくるでしょう。勝ちを重ねていかなければ意味はありませんよ――

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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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