裾花清流高校で練習が始まったのと同時刻。
漆原礼はまだ抽選会場にいた。
緋田恵は他校の監督たちと話をしている。
厳しい場所を引いてしまった礼は、やや落ち込み気味だった。
駆け寄ってきたのは、長野中央ガールズでともにプレーしていた川船美咲だった。
礼だって一目でわかったよ。なんかさらに凜々しくなった感じするな。
貴女はそこまで変わってない感じね……あれ、壇上に上がった?
ふうん。それよりさ、お互い勝てば次の試合で当たるじゃん。
あれ、進学先教えてなかったっけ?――開桜だよ。あたしはそっちでエースやってんの。
やっぱりエースなのね。私は中央ガールズでも貴女が1番をつけていてもおかしくないと思っていたわ。
川船美咲は、最後の大会で背番号10をつけていた。
1番を背負っていた稲月鏡花も、今は日海大暁星のエースとして注目選手の一人に挙げられている。
でも鏡花が相手だとね、なんか自分が霞んじゃう感じするよ。あいつ、今日は来てないみたいだね。
あの子はキャプテンやるようなタイプでもないからね。
1回戦、絶対勝ってよ。最後の舞台だし、全力で礼と勝負してみたいんだから。
結果見たんでしょ? そのわりにはみんな張り切ってるじゃない。
この子がね、こんなやばい組み合わせからベスト4いったら大事件っしょ、やるしかないっしょってみんなを煽ってくれたからね。
わ、私は力が入りすぎるとよくないって勉強したので、楽しい気持ちで大会を迎えられればと思って……。
私というか、チームね。入ってからすぐ中継ぎでフル回転してもらって、凪のお母さんを説得してもらって、みんなを励ましてもらった。貴女は否定するかもしれないけれど、鈴はもうこのチームには欠かせない存在よ。
次の一週間、裾花清流は打撃の調整に入った。
選手に目立った疲労は見られず、トップバッターの桜、中軸を打つ礼、青葉、悠子といったキーになる打者もいい当たりを飛ばしている。
――週末。
今日は投手陣がバッティングピッチャーとしてマウンドに立ち、レギュラーメンバーと対戦する方式を採った。
澪には制限があるので、2、3年生に対し数球のみの勝負となったが、生の速球に目を慣れさせるには充分だった。
鈴の外へ逃げるシュートに、優が空振りを取られる。
軟投派投手対策として、鈴の変化球を打つのも効果的だった。
澪先輩のあと鈴ちゃんのボールを見ると、全然合わせられないね。
うん、実際に打席入ってわかったけど、この継投は相手にしたらめちゃくちゃきついぜ。二人でなんとかなるんじゃない?
まあ、大会で打たれたら親父になんて言われるかわからんしな~。しゃーない、ちゃんと投げとくか。
鈴が全員相手に1打席ずつ投げ終えると、今度は優がマウンドに上がる。
そこからまた一巡ずつ打撃が始まる。
姉貴からか……。めずらしくやる気の妹が本気で相手をしてやろう。
優がストレートを外角低めいっぱいに投じた。
礼がバットを出す。先端に当たってファール。
優は外を続ける。
2球目は左バッターの外へ逃げるスライダー。
礼はバットを出しかけて止めた。ボール。
3球目は外角へのチェンジアップ。これもファールになる。
優は速いテンポから内角の高めにストレートを投じた。
礼がかろうじてバットに当ててファールになった。
際どいコースだった。
高めに外れたようにも見えたが、球審によっては右手が挙がっていただろう。そんなギリギリを正確に突いてきた。
優は再び外角低めにストレートを投げ込んだ。
礼が食らいつく。またもファール。
ほえ~、インハイ見せられたあとであのコースについてくとかやっぱ礼ちゃんパネェわ。
優は二度目の外角低めチェンジアップを使う。これは手前でワンバウンドして外れる。
次の球は、一転して内角低めのストレート。
礼がバットを出してファールチップが後方に跳ねた。
礼のバットがボールを芯で捉えた。
強烈なライナーがセカンドの横を抜けていく。
桜の反応力を持ってしても追いつけない速度だった。
ようし、たまにはやってやろうじゃん! いきますぜ!
打席に1年生が入る頃には集中力を使い果たしていた……。
――皆さん、お疲れさまでした。打撃の調子も上向きで頼もしい限りです。この状態を維持していきましょう。
全員が「はい!」と返事をした。
練習後、メンバーは3塁ベンチ前に集まっていた。
それでは、今日は夏の大会の背番号を配ります。呼ばれた人から取りに来てください。
鈴の右手に力がこもった。
いつだって、自分の名前と背番号を呼ばれた瞬間は喜びと安堵でいっぱいになる。
このチームなら、より嬉しく感じられるに違いない。
同時に、この呼ばれる時の緊張感が、鈴は好きだった。
恵が、澪に優しく背番号を渡す。澪も大切そうに受け取った。
肩の状態は気になるでしょうけれど、マウンドに上がったらその空気感を楽しんできてくださいね。
……順番に名前が呼ばれていく。
3番、赤羽夕日
4番、一ノ瀬桜
5番、水崎美晴
6番、天城奈緒
新チームになってから色々ありましたが、貴女に「このチームでキャプテンをやってよかった」と思ってもらえるよう、私も力を尽くします。最後まで頑張りましょう。
続く8番は神村青葉、9番に漆原優の名前が呼ばれる。
ここからは1年生だ。
反応が遅れた。
真っ先に自分の名前が呼ばれることを考えていなかったのだ。
貴女には新海さんのうしろを託すことになるでしょう。大舞台での経験は、きっと今後の財産になります。堂々と投げてくださいね。
優が「さすが鈴ちゃん」と笑う。
桜や奈緒もにやにやしている。
落ち込みつつも、鈴は背番号に視線を落とした。
――10。
きっと、忘れられない数字になる。
鈴は両端を強く握りしめた。
貴女には代打で出てもらうつもりでいます。今は守備よりも打撃のことを考えてください。
(言葉遣いがなってないぞ1年……とか言ったら嫌な先輩扱いされるかな?)
試合に出てもらうかどうかはわかりません。ですが貴女にはとても重要な役割があります。
そうです。朝山さん、優さんがいい状態でマウンドに上がれるよう、手助けしてあげてください。
13番には結城まこ、14番には広野皐月の名前がそれぞれ呼ばれた。
貴女は観察眼がいい。相手の動きをよく見て、気づいたことはどんどんみんなに伝えてください。今の貴女にできることを全力で。――それが大切ですよ。
さあ、それではラスト二週間、やれるだけのことをやって大会を迎えましょう!