背番号を渡します

文字数 3,857文字

 裾花清流高校で練習が始まったのと同時刻。

 漆原礼はまだ抽選会場にいた。

 緋田恵は他校の監督たちと話をしている。

(みんなになんて言われるかしらね……)
 厳しい場所を引いてしまった礼は、やや落ち込み気味だった。
おーい礼、あなた漆原礼でしょー!?
……美咲(みさき)
 駆け寄ってきたのは、長野中央ガールズでともにプレーしていた川船(かわふね)美咲だった。
礼だって一目でわかったよ。なんかさらに凜々しくなった感じするな。
貴女はそこまで変わってない感じね……あれ、壇上に上がった?
いや、あたし副キャプだからただの付き添い。
そう。うちは副キャプテンは置いていないのよね。
ふうん。それよりさ、お互い勝てば次の試合で当たるじゃん。
ええと、どっち?
あれ、進学先教えてなかったっけ?――開桜だよ。あたしはそっちでエースやってんの。
やっぱりエースなのね。私は中央ガールズでも貴女が1番をつけていてもおかしくないと思っていたわ。

 川船美咲は、最後の大会で背番号10をつけていた。

 1番を背負っていた稲月(いなつき)鏡花(きょうか)も、今は日海大暁星のエースとして注目選手の一人に挙げられている。

でも鏡花が相手だとね、なんか自分が霞んじゃう感じするよ。あいつ、今日は来てないみたいだね。
あの子はキャプテンやるようなタイプでもないからね。
 美咲が握った右手を出してきた。
1回戦、絶対勝ってよ。最後の舞台だし、全力で礼と勝負してみたいんだから。
ええ。そっちこそ、私の期待を裏切らないでね?
もちろん!
 二人は拳を合わせ、小さく笑った。

………………。

…………。

……。

お、運の悪いキャプテンが帰ってきたぞ。
見事にいいところ引いたね。
こればっかりはどうしようもないでしょ。
 礼は、よく声の出ているグラウンドを見渡した。
結果見たんでしょ? そのわりにはみんな張り切ってるじゃない。
まーね。鈴ちゃんが……
あ、礼先輩! お帰りなさい!
この子がね、こんなやばい組み合わせからベスト4いったら大事件っしょ、やるしかないっしょってみんなを煽ってくれたからね。
そ、そんな言い方してません~!
……そう。鈴がみんなを勇気づけてくれたのね。
わ、私は力が入りすぎるとよくないって勉強したので、楽しい気持ちで大会を迎えられればと思って……。
ありがとう。本当に助けてもらってばかりね。
え? 私、礼先輩を助けるようなことは……。
私というか、チームね。入ってからすぐ中継ぎでフル回転してもらって、凪のお母さんを説得してもらって、みんなを励ましてもらった。貴女は否定するかもしれないけれど、鈴はもうこのチームには欠かせない存在よ。
……そんなこと言ってもらえるの、初めてです。
また、力を貸してね。いい大会にしましょう。
――はい!

 次の一週間、裾花清流は打撃の調整に入った。

 選手に目立った疲労は見られず、トップバッターの桜、中軸を打つ礼、青葉、悠子といったキーになる打者もいい当たりを飛ばしている。


 ――週末。

はっ――!
――!
 澪のストレートを礼がセンターへ打ち返す。
やっぱり礼にまっすぐは通用しないわね。
そう? 私もギリギリ打ってる感じよ。

 今日は投手陣がバッティングピッチャーとしてマウンドに立ち、レギュラーメンバーと対戦する方式を採った。

 澪には制限があるので、2、3年生に対し数球のみの勝負となったが、生の速球に目を慣れさせるには充分だった。

(シュートを外へ――)
むっ――

 鈴の外へ逃げるシュートに、優が空振りを取られる。

 軟投派投手対策として、鈴の変化球を打つのも効果的だった。

澪先輩のあと鈴ちゃんのボールを見ると、全然合わせられないね。
うん、実際に打席入ってわかったけど、この継投は相手にしたらめちゃくちゃきついぜ。二人でなんとかなるんじゃない?
まーた言ってるよ……。お前も投げんの。
行かなきゃダメ?
ダメですよ。真剣対決ですから。
わ、わたしたちも先輩たちの足は引っ張れないし!
まあ、大会で打たれたら親父になんて言われるかわからんしな~。しゃーない、ちゃんと投げとくか。

 鈴が全員相手に1打席ずつ投げ終えると、今度は優がマウンドに上がる。

 そこからまた一巡ずつ打撃が始まる。

……お願いします。
姉貴からか……。めずらしくやる気の妹が本気で相手をしてやろう。
本当に本気でしょうね?
おう、見とけ!

 優がストレートを外角低めいっぱいに投じた。

 礼がバットを出す。先端に当たってファール。

ふふ、嘘ではないようね。――かかってきなさい。

 優は外を続ける。

 2球目は左バッターの外へ逃げるスライダー。

 礼はバットを出しかけて止めた。ボール。

 3球目は外角へのチェンジアップ。これもファールになる。

(これで決めてやる!)
 優は速いテンポから内角の高めにストレートを投じた。
くっ――!?

 礼がかろうじてバットに当ててファールになった。

 際どいコースだった。

 高めに外れたようにも見えたが、球審によっては右手が挙がっていただろう。そんなギリギリを正確に突いてきた。

(これは本気の本気ね。対戦しがいがある!)

 優は再び外角低めにストレートを投げ込んだ。

 礼が食らいつく。またもファール。

ほえ~、インハイ見せられたあとであのコースについてくとかやっぱ礼ちゃんパネェわ。

 優は二度目の外角低めチェンジアップを使う。これは手前でワンバウンドして外れる。

 次の球は、一転して内角低めのストレート。

 礼がバットを出してファールチップが後方に跳ねた。

す、すごいねアサちゃん。あの二人、超本気だよ!
こっちまでハラハラしてきたよ。
(もう一球、中で勝負!)
 優は続けて内角低めへ直球を放った。
(力むな――)

 礼のバットがボールを芯で捉えた。

 強烈なライナーがセカンドの横を抜けていく。

 桜の反応力を持ってしても追いつけない速度だった。

うーん、もうちょっとだったな……。
打たれたか……。
優、すごくいい勝負だったわ。ありがとう。
 礼はヘルメットを外し、深々と頭を下げた。
ホント、律儀だよねぇ。
じゃあ次は私がお願いするよ。
ようし、たまにはやってやろうじゃん! いきますぜ!
 ――と気合い十分の優だったが……。
(ゴスッ)
いったぁ!
あ、ごめん……。
 打席に1年生が入る頃には集中力を使い果たしていた……。
――皆さん、お疲れさまでした。打撃の調子も上向きで頼もしい限りです。この状態を維持していきましょう。

 全員が「はい!」と返事をした。

 練習後、メンバーは3塁ベンチ前に集まっていた。

それでは、今日は夏の大会の背番号を配ります。呼ばれた人から取りに来てください。
(ついに背番号を渡される時が……!)

 鈴の右手に力がこもった。

 いつだって、自分の名前と背番号を呼ばれた瞬間は喜びと安堵でいっぱいになる。

 このチームなら、より嬉しく感じられるに違いない。

 同時に、この呼ばれる時の緊張感が、鈴は好きだった。

1番、新海さん。
――はい!
 恵が、澪に優しく背番号を渡す。澪も大切そうに受け取った。
肩の状態は気になるでしょうけれど、マウンドに上がったらその空気感を楽しんできてくださいね。
ありがとうございます。
2番、岩見さん。
はい!
投手陣のこと、よろしくお願いします。
自信を持って投げられるように全力を尽くします。

 ……順番に名前が呼ばれていく。

 3番、赤羽夕日

 4番、一ノ瀬桜

 5番、水崎美晴

 6番、天城奈緒

7番、漆原礼さん。
はい。
新チームになってから色々ありましたが、貴女に「このチームでキャプテンをやってよかった」と思ってもらえるよう、私も力を尽くします。最後まで頑張りましょう。
はい、こちらこそよろしくお願いします。

 続く8番は神村青葉、9番に漆原優の名前が呼ばれる。

 ここからは1年生だ。

10番、朝山さん。
え……あ、はい!

 反応が遅れた。

 真っ先に自分の名前が呼ばれることを考えていなかったのだ。

貴女には新海さんのうしろを託すことになるでしょう。大舞台での経験は、きっと今後の財産になります。堂々と投げてくださいね。
ありがとうございます! 全力でがんばりましゅ!
…………。
……がんばります……。

 優が「さすが鈴ちゃん」と笑う。

 桜や奈緒もにやにやしている。

(なんで気合い入れると噛んじゃうんだろ……)

 落ち込みつつも、鈴は背番号に視線を落とした。

 ――10。

 きっと、忘れられない数字になる。

 鈴は両端を強く握りしめた。

11番、松原さん。
えっ!? はっ、はいっ!
貴女には代打で出てもらうつもりでいます。今は守備よりも打撃のことを考えてください。
了解です!
(言葉遣いがなってないぞ1年……とか言ったら嫌な先輩扱いされるかな?)
(あいつの顔……なんか変なこと考えてるな)
12番、外浦(とのうら)さん。
はいっ!
試合に出てもらうかどうかはわかりません。ですが貴女にはとても重要な役割があります。
ブルペンですね。
そうです。朝山さん、優さんがいい状態でマウンドに上がれるよう、手助けしてあげてください。
 13番には結城まこ、14番には広野皐月の名前がそれぞれ呼ばれた。
最後に15番、高池さん。
――はい。
貴女は観察眼がいい。相手の動きをよく見て、気づいたことはどんどんみんなに伝えてください。今の貴女にできることを全力で。――それが大切ですよ。
はい、しっかりみんなをサポートします。
(うんうん、変わってきたね)
さあ、それではラスト二週間、やれるだけのことをやって大会を迎えましょう!
 今日一番の「はい!」がグラウンドに響き渡った。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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