声出して! 元気出して!

文字数 4,721文字

 上田県営野球場。

 1塁側のブルペンから甲高い音が響き渡っている。

いいね、いつも通りって感じ。
あんまり緊張もないし、自然に入れそうよ。
い、いよいよですね!
まーまー、そんな硬くならないで楽しくいこうよ。

 10時ちょうどから第一試合が開始される。

 裾花清流の夏初戦はもう間もなくだ。

 今日は快晴、からっと晴れ上がって蒸し暑さも少ない。

 試合をするにはいい環境と言える。

集合!

 ベンチ裏から入ってきた礼が声をかける。

 ブルペン寄りの位置に円陣ができあがった。

 鈴はそっとスタンドの様子を見る。

 日曜日ということもあって、観客は多い。

 味方のスタンドには応援に駆けつけてくれた生徒がたくさんいる。吹奏楽部が楽器を用意し、太鼓も設置されている。

(恥ずかしくないプレーをしなきゃ)
うちが先攻に決まりました。相手の先発は予想通り白鳥さんです。
あれ、ジャンケン負けたのか?
試合前は緊張で力むからグーを出しやすくなるって言うでしょ。だからパーを出したら……。
あっさり裏をかかれたわけか。
まあとにかく、初回に点を取って相手の出鼻をくじきましょう。オーダーを発表します。

1(二)一ノ瀬桜

2(三)水崎美晴

3(左)漆原礼

4(中)神村青葉

5(捕)岩見悠子

6(右)漆原優

7(一)赤羽夕日

8(投)新海澪

9(遊)天城奈緒

いつも通りの並びね。それと、鈴は朝陽を相手に序盤から適度に投げ込んでおいて。雅も澪のところで代打があるかもしれないから、タイミングを見て素振りしておいた方がいいわ。
はい!
ブルペンは任せてください!
自分もちゃんと振っときます!
あと、試合が膠着した場合、ここ一番ではまこと皐月に代走の可能性が出るから、頭に置いといてね。
マジすか! 了解です!
しっかり準備します!
それから凪、もし相手ピッチャーに癖があるようだったらすぐに教えて。感覚的なものでもみんなで確認すればいいわ。
わかりました。
(1年全員にフォロー入れたか。さすがやな~)
ふう、投球練習はこのくらいで終わりね。
今日はできれば5回くらいまではいきたいね。
相手次第かな……。
全員そろったわね。それじゃあかけ声、やっておきましょうか。
 全員で肩を組む。
裾花清流、絶対勝つぞ!
おーっ!
向こうも気合いが入っているようですね。こちらも負けていられません。

 3塁側、東御(とうみ)女学院のベンチでも、キャプテンの一色(いっしき)一葉(かずは)がオーダーを読み上げた。


1(右)篠原真紀 2年
2(二)一色一葉 3年
3(中)橋爪遼子 2年
4(三)島滝亜弥 3年
5(左)森村淳  2年
6(一)土屋真奈 3年
7(捕)湯浅姫香 3年
8(遊)塩入美代 2年
9(投)白鳥月子 3年

白鳥さん、調子はどうですか?
悪くないね。肩も軽いし。
立ち上がりさえうまく抑えられればどんどん調子上がってくると思うな。
 キャッチャーの湯浅姫香(ひめか)が白鳥月子(つきこ)の隣に立つ。
相手の1番は俊足です。要注意ですよ。――島滝さん。
なに?
裾花清流は機動力を使ってきます。セーフティーバントは常に頭に入れておいてください。
わかった。中軸以外は前寄りでいく。
 東御女学院はかけ声を出さず、そのままベンチ前に整列した。無駄のない鮮やかな整列だった。
ほあ~、動きが無駄に上品。野球やっててもお嬢様の癖は抜けないってか?
もし相手に聞かれたら怒られるよ。
こっちも整列よ。
っしゃあ、気迫でプレッシャーかけてこうぜ!
あ、試合モードに入ったな。
(わたしの求める奈緒先輩だ……!)
ふーっ……。
アサちゃん、緊張してる?
さすがに、ちょっとね。相手の迫力に押されないようにしなきゃ。
そうだね。睨みつけるくらいの気持ちでいこう!
それはちょっと違うような……。
始まるわよ。
では整列!

 審判が走り出すのと同時に、両チームがベンチから飛び出した。

 会場に拍手が起こる。

 裾花清流の15人に対し、相手は17人。ベンチ入り上限の18人には互いに届いていない。

 鈴の正面には背の高い選手が立った。

 少しぼやっとした印象だが、見おろされると圧力がかかる。

(おっきいな……)
(ちっこいな……)
始めます、礼っ!!

 裾花清流の「お願いします!」に対し、東御女学院は「お願いいたします!」だった。

 東御女学院ナインが守備に散り、裾花清流はベンチに戻る。

 

お願いいたしますってお上品すぎでしょ~。
あんた、お嬢様に恨みでもあるの?
はい、いいですか。まずは相手投手の調子を見ながら攻撃します。序盤は堅実にいきますよ。
中盤以降は状況に応じて、ですね。
そうです。場合によってはかなり大胆な策を使うかもしれません。どんなサインが出ても冷静に実行できるよう、色々な可能性を想定しておいてください。
はい!
(一人だけ勢いが違う……)
1回の表、裾花清流の攻撃は、1番、セカンド、一ノ瀬さん。
お願いしまーす。
よっしゃあ、出ろよ桜! 絶対ホームに返ってこい!
(相変わらず公式戦になるとうっさいな~)
(まずは要注意の1番ね……)
(ブルペンではまっすぐが乗ってた。初球はインコースの胸元いっぱいで驚かせよう)

 主審の「プレイ!」がコールされ、サイレンの音が響き渡る。


 初戦の幕は切って落とされた。


 同時に、裾花清流のスタンドから吹奏楽部による応援歌、応援団員による声援が始まる。

(内角胸元……)

 東御女学院のエース、白鳥月子は振りかぶって1球目を投じた。

 力のあるストレート。

 ――それが桜の頭に飛んでいく。

うおっ!?

 桜がひっくり返ってかわした。

 初球からいきなり頭部死球になりかけ、球場が大きくざわついた。

危なかった……。
ご、ごめんなさい……。
あ、気にしないで――
おい桜ぁ!! 死を恐れるな!! 当たっていけ!!
無茶言うなよ~……。
(あの人、さっきから騒がしいなあ)
 桜はヘルメットをかぶり直し、左打席に再び入る。
当たっていけはないでしょ。あたしの優秀な頭脳がイカれたら責任とってくれんのかよって話じゃん。
(なんかこのチーム、変だよ……)
(ま、初球で当てそうになったんだし、普通なら次は安全な外角使うはず)

 白鳥月子が2球目を投げた。

 外へのストレート。

(――来た!)

 桜がスイングする。

 外角低めのまっすぐを逆らわず流し打ち。

 速い打球が三遊間を破ってレフト前ヒットになる。

やった! いきなりヒット!
桜先輩さすがっす~!
オッケー、いいぞ!
(今のは完全に狙われてたか……)

 2番の美晴が右打席に入った。

 緋田恵がサインを出す。

 美晴は最初から送りバントの構えだ。

(まだ初回だし、ここは確実にアウト一つもらおう)
 白鳥は外にストレートを投げた。
(丁寧に――)

 美晴は外角のボールをバットの先端に当てて3塁方向に転がす。勢いの死んだ絶妙なバント。

 サードの島滝亜弥(あや)が突っ込んできて拾い、ファーストへ送球。

 際どいタイミングで1塁がアウトになった。

(ただの送りバントなのにギリギリか……。うまいな……)
ナイスバント。すげーうまかったぞ。
自分も生きられるかなって思ったんですけど……。
ま、サードの肩が強かったからしゃーないよ。
お願いします。
(この人がキャプテンね。相当器用なバッターらしいけど……)
頼むぜ礼! ぶちかませ!
(言われなくてもわかってるわ……)
 白鳥は外角にストレートを投げてきた。見送ってボール。
(澪のまっすぐに比べれば軽そうね)
(白鳥さんはここまで全球ストレート。見たところクイックが得意そうでもない……)

 礼に対する2球目はチェンジアップだった。落ちる球を、ここも礼が見送りボールツー。

 2ボールから再びストレート。見送ってストライク。

 4球目もストレートだ。

 礼がスイングしてファールになる。

 ストレート主体で読みやすいとはいえ、徹底して外角低めを突いてくる。うまく芯で捉えなければヒットにはできない。

(2-2……。おそらくここで決め球……)
序盤は堅実に、と言いましたが仕掛けてみましょう。
(まあ、ここはやってみたくなるよね)
(追い込んだ。スローカーブで三振取る……)

 白鳥がモーションに入った。

 ――瞬間、セカンドランナーの桜が動いた。

(――三盗!?)

 スローカーブは低めに外れてボール。

 湯浅姫香がサードへ送球するが、桜が勢いよく滑り込んでセーフになった。

(ま、スローカーブ投げるってバレバレだったしな……)
 スローカーブはキャッチャーまでの到達時間が遅い。加えて白鳥のクイックモーションがあまり速くないので、俊足の桜からすれば余裕があった。
バッター集中ね!

 湯浅が声をかけ、野手が応える。

(追い込んでるし、スローカーブ使いたいけど……)
(今度はうまくコントロールしてきて)

 白鳥がスローカーブを続けた。

 大きくゆるやかに曲がる変化球はストライクゾーンに来ている。

(遅い――)

 礼は先走る体を懸命に押さえながらバットを出した。

 やや前のめりのスイングになり、打球がライトに上がる。

ランナー来ますよ!

 セカンドの一色一葉がライトに声をかける。

 ライトの篠原真紀がキャッチ。

 同時に桜が3塁を蹴った。

(これはきつい――)
 篠原の送球は間に合わず、桜がタッチアップで生還した。
やったー! 先制だー!
いい流れだね!
どーよ奈緒ちゃん、約束通り返ってきたよ~。
…………。
およ?
お前、最ッ高!!
うおぁ!? やめろ抱きつくなそういうのは試合が終わってからにしろ~!!
(楽しそう……)
礼先輩、やりましたね!
できればタイムリーにしたかったけどね。
1点に変わりはないわよ。これで余裕持ってマウンドに上がれるわ。

 話している間に快音が響いた。

 4番の青葉が白鳥のチェンジアップを左中間に運んでいた。

 青葉は悠々とセカンドベースに到達する。

(まだ相手も波に乗れていない感じですわね)
(コースは悪くないはずなのに……)
…………。

 打席は5番の岩見悠子だ。

 冷静な眼光が白鳥を威圧する。

(怖くなんかない!)
(甘い!)

 悠子は初球のストレートを打ち返した。

 ピッチャーの左を抜けてセンター前へ。

 青葉が快足を飛ばして一気に返ってくる。

 裾花清流に2点目が入った。

すごい! 勢いあるぞ!
(できればもう1点ほしい。優、打ちなさいよ)
あ……。

 礼の思いもむなしく、優は3球目のスローカーブを打ち損じてセカンドゴロに倒れた。

 裾花清流ナインが守備に向かい、東御女学院守備陣がベンチに戻ってくる。

ふう……。ガンガン振ってくるから怖いわ。
さっきの、スローカーブを狙って盗塁してきたのかな。
どうだろう。追い込んだらスローカーブっていうの、避けた方がいいかもね。
はいはい、皆さん。少々出足は悪くなりましたが、しっかり反撃していきましょうね! 取られたあとが重要ですよ!

 東御女学院のメンバーが返事をする。

 それを横目に、新海澪は投球練習を行っていた。

(マウンドの感覚も悪くない感じ)

 最後の1球をクイックで投げる。

 悠子が取ってセカンドへ送球。奈緒が捕球からタッチまでを流れるようにやって、桜にボールをトス。

 内野でボール回しが行われたあと、美晴から澪にボールが渡される。

しっかり守りますね! いつも通りいきましょう!
ええ、お願いね。
1回のウラ、東御女学院の攻撃は、1番、ライト、篠原さん。
お願いいたします!

 相手の篠原真紀が右打席に入った。

 澪はプレートに足をかける。

 悠子のサインは外角へのストレート。

 頷き、ちょっとだけ視線をベンチにやった。

 朝山鈴が、真剣な表情でこちらを見ている。

…………。
(一緒にできるのはこの夏だけ……。しっかり先輩の勇姿ってやつを見せないとね)
 澪はモーションに入った。
(――さあ、思いっきりいきましょう)
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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