それぞれの帰り道

文字数 1,987文字

 練習が終わり、校門前でまこと別れた。

 鈴と朝陽は帰り道を並んで歩く。もうすっかり暗くなっていた。

はぁ……濃い一日目だったなぁ。
礼先輩に勝てたからって舞い上がっちゃダメだよ。

もちろん!

中継ぎを期待されてるみたいだし、頑張らなきゃ。

ところで、新海先輩の話だともう一人ピッチャーがいるんだよね。3イニング目に入ると急に崩れ出すって……誰のことなんだろう?

うーん。

案外、礼先輩だったりして。

左投げって貴重でしょ? サウスポーとして使われてるんじゃないかな。

それなら優先輩も左投げだったよ。
あっ、そっか。姉妹で左投げなんだよね。
……こう言うと失礼だけど、優先輩な気がする。
……かもね。
それはともかく、ここなら鈴ちゃんも楽しく投げられそうだなって思った。守備でリズムが崩れるってことはなさそうだし。
……中学だって、楽しく投げてたよ。
私には、いつも不安そうに見えたよ。
…………やっぱり、アサちゃんにはバレてたんだ。
最後の大会も、自分でなんとかしようとしてたよね。
…………。
ストレートのサインにあんなに首振られたの初めてだったもん。三振狙いの変化球ばっかりで……。
……怖かったから。
エラーされるのが?

ううん。

そうじゃなくて、エラーした子を責めるようなあの雰囲気が。

……うちのベンチ、いつも空気悪かったもんね。
だから、打たせなければもうちょっと明るい雰囲気が作れるんじゃないかなって、あの時は思ったんだ。
……無理させてたんだね。

そんなことないよ! 投げるのが楽しいのは本当!

アサちゃん、これからは高校のことを考えようよ!

……うん、そうだね!

今は振り返ってる時じゃないよね!

 鈴と朝陽が笑顔に変わっていった頃、正反対へ向かう道を、漆原礼、優の姉妹と、岩見悠子、水崎美晴の四人が歩いていた。

 みんな徒歩通学で自転車は使っていない。

今日は悪くない一日だったわ。
これで夏に向けて投手起用を本格的に考えられそうだよね。
それ、やっぱ私も数に入ってんだよね。
当然でしょ。あんたは貴重な戦力なんだから。
なーんで姉貴はマウンド立つとストライク入らなくなるのかな~。外野からだと超ストライク返球してくるくせに。
……高さが合わないんじゃない?
高いところが苦手なんだよね。
うは~、スケールの小さい高所恐怖症なことで。
……いい加減黙りなさい。

 礼はため息をついた。

 妹の優は常時ダウナー気味だ。試合中でも大声はほとんど出さない。

 原因は明白だった。

 何をやっても姉と比べられてしまうこと。


 ――お姉さんの方が優秀だよね。


 そんな周りの態度が、優から気力を奪っている。

 自分に起因した問題だからこそ、礼にとっては対処が難しいのだった。

ところで、美晴。
は、はいっ。
最近奈緒の態度がきつくなりすぎてる気がしない? 一応それとなく注意しておいたけど、つらくなったら相談してちょうだい。サードを守れるのは貴女しかいないんだから、いなくならないでほしい。
えっと、あの……。

先輩だからって遠慮する必要はないよ。

奈緒に言いたいことがあるならガツンと言ってやりな。それができなければ私らからうまく伝えるし。

そ、そうじゃないんです……!
そうじゃない、というと?
わ、わたし……奈緒先輩に怒鳴られると、ちょっとゾクッとして……その、いやじゃないんです!
 微妙な間があった。
(予想外すぎるカミングアウトきたわ~)
……えっと、なんていうか、私余計なことしたかしら?
したのかもね。
えーっと………………ごめんなさい。

い、いえ、とんでもないです!

あ、でもわざとミスして怒鳴られようとかは思ってないので大丈夫です! 全力プレーした結果のミスで怒鳴られなきゃ意味ないので!

(間違った方向に意識高いな……)
……とりあえず、これ以上の心配は無用ということね。
別の意味で心配だけどね。
まあ、どのみち奈緒のキレ芸は一年生に悪い影響を与えそうだから、注意は続けていかないとね。
芸じゃなくて素であーいう性格なんでしょ、奈緒先輩は。
いちいち人のあげ足を取らなくていい。
でもまー、奈緒先輩には少し静かにしてもらった方がいっか。朝山さんだっけ? あの子いいピッチャーだけど怒鳴り声とか苦手そうだし。
そうね。
あ、さっきの勝負を思い出して悔しくなってきたな。
なってないから。あんたも無駄口をもうちょっと減らしなさい。

自分から勝負にいって三振はないよね~。

あれで朝山さんが天狗になっちゃったら姉貴のせいだよ?

む、だ、ぐ、ち。

はい黙った~。

超静か~。

……まったく、この子は。
(この姉妹、外から眺めてる分には面白いんだよな)
(優ちゃんがあんなに煽ってるのに……手強い。礼先輩の怒鳴るところ、一回くらい見てみたいんだけどなぁ)
 四人は十字路に行き当たった。
じゃあまた明日。お疲れさま。
おっつ~。
じゃあね。おやすみ。
お疲れさまでした!
 挨拶を交わすと、四人はそれぞれの方向へ歩き始めた。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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