そんな急に言われても……!
わ、私まだ正式な入部もしてないのに……!
確かにそうだけれど、今、うちのチーム事情が苦しいの。
私ね、肩の調子がよくなくて長いイニングを投げられないのよ。
いえ、投げられることは投げられるのよ。
でもお医者さんから球数制限をかけられてて、50球前後で交代する必要があるの。
全員テストしたんだけど、向いてる子がいなかったの。一応一人いることはいるんだけど……いつも3イニング目に入ると急に崩れ出すから、どうしてももう一人ほしくて。
それで鈴ちゃん……朝山さんを早いうちに試しておきたいんですね。
そういうこと!
だから朝山さん、いきなりだけどお願いね。
新海澪が戻っていくと、三人はキャッチボールを再開する。
鈴ちゃん、いきなりチャンスだよ。
ここでアピールすれば夏の大会でも使ってもらえると思うな。
いいなー。
セカンドの先輩めっちゃうまいし、あたしは即レギュラーきついかも。
私も、正捕手がいるみたいだから相当アピールしないといけないかなぁ。
(そっか……。そうだよね。
これはおっきなチャンスなんだ。使えるピッチャーだってところを見せなきゃ)
キャッチボールを続けていると、先輩達の守備練習が終わった。
体験入部は今週いっぱいできるし、色々見て回ってから来る人もいそうだね。
その時、漆原キャプテンの「脱帽!」という声が響いた。
三塁ベンチのネットを開けて、監督と思われる女性が入ってきた。
先輩達全員が「お願いしまーす!」と声を張り上げて頭を下げた。
はい、よろしくお願いします。
礼さん、ノックの代役ありがとうね。
最初に赴任した諏訪水照高校を県のベスト4まで連れてった監督なんだよ! けっこう有名だよー。
先輩達が緋田監督の周りに集まっている。
監督は何かを話したあと、鈴の方を見た。
はじめまして、監督の緋田恵です。教科は国語なので、また授業で会うかもしれませんね。
さて、今からバッティング練習を始めますが、その前に一つやりたいことがあります。――朝山鈴さん。
中学ではピッチャーをやっていたそうですね。硬式球は扱えますか?
で、できます!
部活を引退したあとはずっと硬式球で練習してきたので!
それは素晴らしい。
事情は新海さんから聞いていると思います。早速投球を見せてもらってもいいですか?
鈴はすぐさまマウンドに上がった。
今日はまだ使われていないので、マウンドはとても綺麗だ。
キャッチャーの岩見悠子です。
私のことは気にせず、思いっきり投げてちょうだい。
岩見悠子がマスクをつけてホームベースの後ろに座った。
鈴はセットポジションを取った。
最初からセットしている方が投げやすい。それが、6年間やってきて出した鈴の結論だった。
鈴は足を上げた。
サイドスローからの第1球。
右バッターの外角高めに外れた。完全なボール球だった。
たいしたことないよ。
というか貴女、サイドスローだったんだ。聞き忘れてた。
鈴は2球、3球と投じる。
投げるうちに狙いが定まるようになり、ストレートがストライクゾーンに集まり始めた。
でも肘がよくしなっています。
右打者から見たら打ちにくいでしょう。
いいでしょう。
朝山さんに高校のバッターの迫力を体験してもらいたいですし。
(あれ……? 漆原先輩がヘルメットかぶりだした……?)
朝山さん、礼さんが貴女と対戦してみたいそうです。
やってもらえますか?
…………えええ!?
そんな、いきなりキャプテンと対戦なんて……!
いい機会ですから、高校野球のバッターがどういうスイングをするのか見ておいたほうが今後の役に立ちますよ。
で、でも、岩見先輩とはサインの交換とかわからないですし……。
私、中学時代は朝山さんとバッテリーを組んでました!
この対戦だけマスクをかぶらせてください!
大丈夫です!
もう半年くらいはそっちで練習してるので!
……そうですか。
では岩見さん、ここは彼女に朝山さんをリードしてもらいましょう。
朝陽が悠子から防具を借りて身につけた。
左バッターボックスにはキャプテンの漆原礼が入る。
(いきなりだけど、この勝負はきっといつかの役に立つはず……!)