一人だけ明らかに浮いている…

文字数 3,205文字

 試合が終わり、道具を片づけた両チームが球場から出た。


 引き上げる山京学園のメンバーたちはひどく静かだった。

みんな、すまなかった。相手が徹底的に対策を立ててきたのに、私はいつも通りに戦えば勝てると考えてしまった。その差が最後まで響いた……。
監督のせいではありません。私たちも、どこかで油断していました。
すみません、私がちゃんと投げられなかったから……。
私も……。
あー、もう!
水穂も薫も来年があるでしょ? もっと練習して、来年は優勝できるようにしなさいよ。
そうそう。あんたら下級生が泣くのはまだ早すぎるのよ。
友里(ゆうり)ちゃんも風日(かざひ)ちゃんも厳しいねえ。まあ、終わっちゃったもんはしょーがないよ。来年は頼んだぜ。
はい……。
しっかり練習します……。
(裾花清流……どうせなら優勝しなさいよ)
(緋田監督……あなたの采配、もう少し見せてもらうぞ)

 暗いムードの山京学園。


 対して、初の決勝進出を決めた裾花清流はスタンドへ移動していた。

 お昼を食べながら、準決勝第二試合を見るのだ。

次は日海大(にっかいだい)暁星(ぎょうせい)松城(まつじょう)の試合ですね!
今年の松城は2年生が中心。それでも勝ち上がってくるんだから、やっぱり部員の多さは強みになるわね。
礼、どっちが勝つと思う?
暁星が有利じゃないかしら。打撃陣が好調だし、何よりエースが……。
ふははは、今日も絶好調だ! 私を止められる者はいない!
うるせー! もうちょっと静かに投球練習できんのか!
おや、なにを怒っているんだい? 最高のステージが始まろうとしているのに、そうカリカリしていてはもったいないよ?
エースが、あいつだから……。
稲月(いなづき)鏡花(きょうか)さんですね。礼先輩が中学の時に一緒だったっていう!
なんか、一人だけ雰囲気が違うというか……。
劇団の役者さんが混じり込んでるみたいよね。動きがキレキレで。
めっっちゃくちゃ浮いてるけどね。なに、あの投げたあとの決めポーズ。味方も引いてんじゃん。
鏡花先輩は昔からああっすよ。自分を舞台女優だと思い込んでる野球選手なんで。
試合中でも相手を口説きに行こうとするのよね。たまに正気を疑う時があったけど……。
全然変わってないね。鋼メンタルもそのまんまだろーな。
ああ騒がれるとやりにくいことこの上ないね。審判にちゃんと注意してもらわないと。
稲月せんぱーい!!
がんばってくださーい!!
ありがとう君たち! その声援さえあれば私はどこまででも羽ばたくことができるよ! この勇姿、その目に焼きつけてくれ!
 日海大暁星のスタンドから黄色い歓声が響いている。
あれ、絶対下級生とかも口説いてますよ。
あっ、そっか、凪ちゃんも同じチームだったんだよね。
1年だけね。私も口説かれたことあるんだ。スパイクで蹴ったけど。
それはやりすぎなんじゃ……。
いや~、鏡花先輩はその程度じゃ怯まないよ。立ち直り異常に早いし、危険なプレーしまくるのになぜか故障したこと一回もないからね。
とにかく、鏡花もイニングを重ねているし調子を確認しておきましょう。試合数から考えればそろそろ疲労が出てきてもおかしくない。

 話している間に試合開始の時間がやってきた。

 松城が1塁側、日海大暁星が3塁側のベンチだ。

 裾花清流のメンバーは3塁寄りの高い位置に陣取った。相手ピッチャーの視界に入らないよう気をつける。

では、華麗に決勝進出を勝ち取ってみせよう。
ちゃんと私のサイン通り投げるんだぞ。
 稲月鏡花をリードするのは同じく3年生の藤丸(ふじまる)海里(かいり)だ。
…………。
……おい、聞いてるか?
 鏡花はグラブを脇に挟み、両手でボールをこすりながら松城ベンチを見ている。
なぜだろう、私への視線が妙にきつい。私はむしろ彼女らを愛でたいくらいなのに。
しばくぞテメェ。
おっと、まず大切にしなければいけないのは海里だったね! 失礼失礼、今日もよろしく頼むよ!
あー、ホントうぜぇなこいつ。グランドじゃなかったら確実にやってるわ。
……やるとは?
なんでもいいからまず野球をやるぞ!!
う、うむ……。
 かくして試合が開始された。
(この試合に勝てば、次は懐かしき漆原礼が相手か。面白い!)

 プレーボール。

 鏡花が振りかぶって初球を投じる。

 快速球。

 藤丸海里のミットがすさまじい音を立てた。

はっや!!
私より球速あるわね……。

 鏡花はストレート勝負で先頭バッターを空振り三振に打ち取る。

 2番、3番に対してもストレート主体の組み立て。

 時折スライダーと落ちるボールを混ぜて、あっという間に三者連続三振を奪ってチェンジにした。

やはり今日はボールが走っている! 決勝の切符はもらったも同然だな!

 味方スタンドに手を振りながらベンチに戻っていく鏡花。

疲れ知らずね。まだまだ余裕が見えるわ。
まだ初回だぞ。味方に手を振るなら勝ってからにしろよ……。
(パフォーマンスが悪化しとる。逆にすげえな)

 1回ウラ、日海大暁星の攻撃。

 先頭打者はキャプテンの露木(つゆき)有沙(ありさ)からだ。

ストライクツー!
有沙、振り遅れているぞ! 少し短く持っていったらどうだい!
うるさい!!
ストライク! バッターアウト!
くっ……。思ったよりいいボール投げるじゃない。
有沙……つらかったね。さあ、私の胸に飛び込んで傷を癒やして――うっ。
 有沙が鏡花をどつく。
次は打つから気にしなくていいっ!!
やれやれ……つれないなあ。
 そうしているうちに2番が倒れた。
3番、ピッチャー、稲月さん。
では、私が起点になってみせよう。

 松城のエースは2年生の岸本。

 小柄だが思い切りのいいピッチングで味方を準決勝まで連れてきた。


 その岸本のストレートを、鏡花が難なくはじき返す。

 打球が左中間を破って悠々とツーベース。

う、打つ方もすごいですね……!
性格を犠牲にしたハイスペック人間か~。一人だけレベルが違うよねえ。
やっぱり、暁星有利は間違いなさそうよ。

 日海大暁星は4番森泉(もりいずみ)愛日(まなひ)のタイムリーで先制点を挙げた。


 その後、鏡花は松城打線をサクサクと料理し、6回を終わって打たれたヒット1本、四死球なしという圧巻のピッチングを見せた。

松 城 000 000|0

暁 星 100 201|4


すごいわね稲月さん。全然球威が落ちないわ。
マジのバケモノになっちゃいましたね。プロレベルかも……。
開桜の川船さんも充分すごかったけど、競合相手がこの人じゃエースになれなかったのも仕方ないって気がするよ。
そうね、あのチームの投手力は異常だったから。

 礼は、抽選会の時に川船美咲と話したことを思い出していた。


 ――相手が鏡花だとね、自分が霞んじゃう感じするよ――


 中学時代、鏡花と美咲はずっと背番号1を争っていた。

 しかし結局のところ、実力、安定感ともに鏡花が上回った。

(さあ、これで終わりだ!)

 最後のバッターが外角低めのストレートで空振り三振に倒れる。

 日海大暁星が勝利した。


 稲月鏡花は1安打完封勝利。

 そして、彼女は今大会、まだ1点も奪われていない。

決勝の相手は暁星か……。
あのストレートにしっかり合わせていかなきゃね。
一日空くし、映像を見ながら対策しましょう。そして全国へ行くのよ。
まあ、まずは帰って今日の試合を振り返らないとね。まだまだ課題はあるし。
だな。結局、山京のエースは攻略できないままだったし。
私はタイムリー打ったけどね?
(決勝かあ……)

 一回戦敗退が当たり前だった鈴にとって、決勝戦は未知の舞台。

 そこに自分が立つことはほぼ確定している。

(次は絶対に失敗できないんだ。しっかり準備して、先輩たちの力にならなきゃ……!)
 決意を新たにする鈴だった。
おお、そこにいるのは漆原礼ではないか! 決勝の舞台で会おう! 君の美貌をバッターボックスで見せてくれ!
……見つかったぞ。
無視よ無視。さ、帰りましょ。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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