高まる熱気

文字数 2,573文字

 準決勝当日の長野オリンピックスタジアムは強い日差しに覆われていた。


 金曜日に行われた開会式から順調にスケジュールが消化され、土曜日を迎えた。

 準々決勝までは一日おきに試合となるが、準決勝、決勝は土日の連戦となる。

うげー、観客多い~。野次とか飛ばされたらやだな~。
そんなことってあるんですか?
まあ、ほとんどのお客さんは山京学園目当てだろうしね。
今年はエースの雪原さんに強打者で守備もいい九条(くじょう)さんや百瀬(ももせ)さんもいますからね!
まこ、ただのファンみたいになってるぞ。
あっ、すみません。ついいつものくせで……。
集合して!

 礼の一声で雑談が終わり、ベンチ前に円陣ができる。

 山京学園が1塁側、裾花清流が3塁側だ。

狙い通り後攻を取れたわ。まずは初回、しっかり守りましょう。
おっ、礼ちゃんさすが!
相手のオーダーは前の試合とほぼ同じね。ただし先発は雪原さんじゃなくて、1年生の白山(しらやま)さんよ。
……水穂(みずほ)が先発なんですか。
あ! あの開会式で凪ちゃんにひどいこと言った人だね!
ピッチャーだったんだ……。
エース温存で来たね。こいつはチャンスだぜ。
だな。早いとこ打ち崩して点を稼いでおこう。
そうね。――というわけで、こちらの先発メンバーは昨日のミーティング通りです。

1 一ノ瀬桜(二)

2 漆原礼 (左)

3 神村青葉(中)

4 岩見悠子(捕)

5 漆原優 (右)

6 赤羽夕日(一)

7 朝山鈴 (投)

8 天城奈緒(遊)

9 水崎美晴(三)

白山さんって子の情報はなかったね。凪ちゃん、なんかわかる?
ストレートとスライダーの組み合わせで勝負するタイプのピッチャーです。球速はたぶんそこまでないですけど、コントロールはいい方です。
左バッターは内角に食い込んでくるスライダーに注意っすな。
バントプレスに対しては昨日打ち合わせた通り、状況に応じて色々と仕掛けるわ。相手の守備をなるべく動揺させる。
こっちの守備だけど、鈴には積極的に右バッターのインコース使ってもらう予定だから全体的にレフト寄りでお願いね。
(頑張ってコントロールしなきゃ……)
ちなみに、うちと山京学園の通算戦績は0勝6敗よ。しかもうち4回はコールド負け。
だから練習試合頼んでも断られてきたんだよね~。
でも、今の私たちなら充分戦えるはず。――絶対に勝ちましょう! 山京学園からの初白星、今日こそ取ります!
 裾花清流のメンバーが「おー!」と声を合わせた。

 一方の山京学園ベンチ。

 キャプテンの九条真帆(まほ)が全員を集める。

みんな聞いて。相手の先発は朝山さんよ。
向こうもエース温存ってわけね。
温存っていうか作戦でしょ。うちは新海さん先発のイメージで昨日も練習したし。
あと、スタメンが大きく変わってる。これを見て。
 真帆が裾花清流のオーダー表を見せると、全員が難しい顔をした。
かなり入れ替えてきたんすね。
意図が読みにくい並びだね。漆原姉が2番で、これまで4番だった神村さんが3番……?
4番の岩見さんは前の試合で負傷退場したんだっけ。影響なしってことかな。
 山京学園の4番に座る百瀬(あんず)がオーダー表を睨む。
ふーん、この下位打線の並びにも意味がありそうだねぇ。
 バントプレスを得意とするサード、城取(しろとり)(ひとみ)もつぶやく。
とにかく、明確な作戦があるからこそのオーダーだと思う。みんな用心してよ。
って言っても、朝山さんノックアウトしちゃえば関係ないっすよね。まっすぐのスピードもないし、シンカーはあんまりコントロールできてないし。
またそういうことを……。ピッチャーは球速だけじゃないっていつも話してるでしょ。
みんな聞きなさい。

 円陣に監督の引木(ひきぎ)(けい)が加わった。

 山京学園女子野球部OGで、大学卒業と同時に母校の監督となった人物だ。

裾花清流は守備からリズムを作るチームだから、初回に絶対先制点を取ろう。守りが思うようにいかないと攻撃にも影響が出る。確実に出鼻をくじくぞ。
そうですね。去年の秋のようにコールドを決めてやります。
雪原、それと色部(いろべ)
はい!
はい。
今日は三人の継投でいくつもりだ。急な出番になるかもしれないから、頭に入れておいてくれ。
はーい。
早いうちから準備しておきます。

 両チームが話し合いをしている間に、電光掲示板にはスターティングメンバーの名前が表示されていく。

 裾花清流のスタンドからは、選手の名前がコールされるたびに大きな拍手が起こった。

ほえ~、うちの応援団倍くらいに増えてない?
初めての準決勝だもの。みんな気になるでしょう。
2年生のクラスはどこも、応援団を募ったらほぼ全員が手を挙げたとか……。
青葉ちゃーん! 頼んだぜ――!
野太い声が……。
これは商店街もみんなシャッター閉めてそうだね。
皆さん、昨日から張り切っておられましたからね……。
今日はワンプレーにも大きな反応があるはずです。無理にいいところを見せようとせず、いつも通りのプレーを意識してください。
 スタメン陣がそれぞれに頷く。
鈴ちゃ――ん! がんばれ――!
今のはクラスの子かな?
そうみたい。ボコボコにされないように頑張らなきゃ。
ま、いざとなったら私も澪先輩もいるからさ、気楽にいってよ。
で、でも、なるべく終盤まで粘れるように努力します!
頼もしいわね。私もしっかり用意しておくわ。
審判が出てきたわ。整列!
せいれーつ!

 両チームがベンチの前に並んだ。

 観客から大きな拍手が起きる。

では、行きましょう!

 主審のかけ声とともに両チームが飛び出し、ホーム前に整列する。

 裾花清流はベンチ入りメンバーが上限の18人に届いていないので、山京学園の方が長い列になる。

…………。
…………。

 中学時代のライバル、凪と水穂はお互いを正面に見ていた。

 水穂はにやにやと笑っているが、凪は無表情で見つめ返す。

始めます!

 主審が右手を挙げ、両チームが帽子を取って「お願いします!」と挨拶を交わした。

 山京学園は全員がベンチに戻り、裾花清流は守備陣が各ポジションに散っていく。

 鈴はマウンドまで行くと、軽く帽子を取って頭を下げ、それから上がった。

(絶対負けられない……)
 ボールを手にして、投球練習を始める。
(堂々と向かっていこう!)
 こうして、決勝進出を賭けた戦いの幕が切って落とされる。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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