ヒートアップさせてやる!

文字数 3,419文字

 3回表。

 澪は8、9、1番をばっさり三者凡退に切って取った。

 9番の川船美咲は澪が同じタイプの投手ということもあってかなり打ちたそうな様子を見せていたが、打ち気を利用したチェンジアップで三振を取ると不満そうな顔をした。


 そのウラ。

 浅上桐子のミットが見事な音を立てる。

ストライクスリー!
チェンジアップで三振取ったら怒られちゃったわ。
三振してその笑顔はどうなの……。
すげーストレートだったね。ミオっちだけは意地でも抑えてやるって感じかな。
本気出さなくても打てないのにね。
だからなんで笑顔……。
(あのエース、人のやる気を逆手に取るなんてひどいよ!)

 それもまた戦術なのだが、とにかく美咲は苛立っていた。

(外にストレート)
(よっしゃ)
(――まっすぐ!)

 奈緒がセーフティーバントの構えを取った。

 動き出しながらバットの先端にボールを当てていく。

 打球はややサード寄りに転がった。

 美咲がマウンドを駆け下りてきて、素手でボールを拾う。振り向きざまに1塁へ送球してアウトを奪った。

ふん、揺さぶりなんて慣れてるもんね。
さすがだね。次の1番は確実に仕留めよう。
悪くないと思ったんだけどなぁ……。
フィールディングも想像以上ね。ラインの上を狙うくらいじゃないとバントは通用しないかも。
隙なさすぎじゃないですか? プロ選手ですって言われても違和感ないっすよ。
まあ、それだけ3年間練習を積んできたってことね……。
 話している間に桜が二度目の三振を喫してスリーアウトになった。
なんか、自分が情けなくなってきたぜ。
まだ二打席だ。次で打てばいいんだよ――ほらグローブ。
うん……サンキュー……。

 4回表。

 プレイがかかって、2番からの攻撃が始まる。

桜先輩が元気ないとこっちまで落ち込んじゃうよ……。
テンション高いのに慣れちゃったもんね……。
まあまあ二人とも、こういう時こそ私らが盛り上げていかなきゃダメだよ! どんどん声出していこーぜ!
 2番の山中が澪のチェンジアップを打ってショートゴロに倒れた。
ナイスショートー。
(そういえば声かけるようになったよね、高池さん……)
(まー、声はちっちゃいけどねー)

 ベンチの1年生が全力で声援を送る。

 澪が期待に応えるように快投を見せ、3番の清永香奈恵をライトフライに打ち取った。

三者凡退はいい加減止めないとな。

 4番、草壁真尋がバッターボックスに入った。

 開桜は、ここまで5番の太刀川雪乃にヒットが一本出ただけだ。

 そのヒットが1年生のものということもあり、上級生はより気合いを入れて臨んでいる。

(次のバッターには打たれてるし、ここで切らないと)

 相手は4番で長打が打てる。甘く入れば簡単に持っていかれるだろう。

 澪は外のストレートから入る。

 草壁は初球から踏み込んでスイングしてきた。狙われていたのだ。

 しかし強い打球はセカンドのやや右、桜の守備範囲内だった。

(くっ、打ち切れなかった……!)
あっ――!?

 球場がざわついた。

 捕球した桜だったが、投げようとした瞬間にボールがすっぽ抜けたのだ。

 ボールは桜の足元に落ちて、拾い直す間に草壁が1塁を駆け抜けていた。

あらら? 裾花清流にエラーが出るなんてめずらしー。
向こうもプレッシャーを感じてるみたいだね。これはものにしたいな……。
ミオっち、ホントごめん……。
そんな深刻そうな顔しないで。桜には何度も助けてもらってきたし、今度は私がカバーするから。
うん……。
(打てないの、引きずってんな……)
しゃあっ、声出していこー!
うお、びっくりした!
お前のテンションが低いとこっちまで冷えちまう。――ってことでここはあたしがヒートアップさせてやる!
絶対抑えるぞー! いいか桜ーっ!
暑苦しい! わかったから戻れっ!

 へいへい、と奈緒がショートへ戻っていく。

 桜も澪に背を向け、セカンドへ走った。

 その表情に笑顔が帰ってきた。

(まったく~、奈緒ちゃんもおせっかいだよな~)
お願いします……。

 打席には5番の左打者、太刀川雪乃が入った。

 裾花清流バッテリーはこの場面をバッター集中で乗り切ることにした。ランナーの草壁真尋はあまり足が速くないことを知っている。

 クイックは使わず、しっかり力を込めた投球をバッターに向けるのだ。


 まず外のスライダー。外れてボール。

 次のボールもスライダーだ。今度は真ん中から内角、バッターの膝元へ落ちていくコースを狙う。しかし、これも低めに外れた。

(このバッターも怖いけど、次の6番も怖い。フォアボールはなしだよ)
(ストレートね)

 外へのストレートが決まってストライク。

 やや内寄りに入ったが、太刀川雪乃はピクッと反応しただけで振ってこなかった。

(もう1球!)
(ストレート――)

 雪乃が打ち返した。

 澪の右足のすぐ横を抜ける速い当たりだ。

 センター前に抜ける――はずの打球を、奈緒がダイビングキャッチで止める。

頼む!
オッケー!

 奈緒は倒れたままボールをトスした。

 セカンドのベースカバーに入った桜がしっかり捕って、スリーアウトチェンジ。

うえー、あれで抜けないのかー……。
惜しかったね……。
桜、フォローサンキュー!
いつものことっしょ。奈緒ちゃんホントおせっかいだなぁ。
なんだと? あたしはお前が本気で落ち込んでると思ったから心配でしょうがなくてだな――
いいから早く戻ってこい。
よかった、桜先輩笑ってるよ~。
奈緒先輩がうまくカバーしてくれたね。

 みんな、普段とは違う桜の様子を心配していた。らしくないエラーもあり、余計に気になっていたのだ。

 それが今、奈緒をからかって笑っている。

 全員が内心でホッとしたところだった。

(負けないぜー!)

 しかしベンチの空気は戻ったものの、美咲はずっといい状態のままだ。

 先頭の美晴は二打席連続三振に倒れてあっさりワンナウトを取られる。

3番、レフト、漆原礼さん。
(今度は合わせないとね)
(二打席目……。もう対策できてるかな?)

 初球、いきなり縦のスライダーから入ってきた。礼のバットが空を切る。

 2球目も同じボールだ。外だった初球に対し、今度はインコースに入れてくる。礼は懸命に合わせる。ギリギリ先端に当たってファールチップになった。あっという間にツーストライク。

(キレが良すぎる……。これはもう球種を完全に絞っていくしかない……)
…………。

 美咲は相変わらず自信たっぷりの表情をしている。

 その顔を見て、礼は球種を絞った。

 外れれば三振するしかない。

(勝負――!)
 美咲が投げた。
(やっぱり)
 スイング。
(三球連続――!)

 礼のバットがスライダーを捉えた。

 打球がライト前に抜けていく。

 ベンチから大きな歓声が上がった。

待たれてたか……。
さすが礼ちゃん。転んでもただでは起きないね~。
ここからつなげるかどうかね……。

 続く4番、青葉の初球だった。

(――やはり!)

 スライダーを三球続けたあとだ。

 次はストレートを投げるはずだと青葉は読んでいた。

 その通りにボールが来た。

 青葉はアウトコースのストレートを逆らわず打ち返し、これもライト前に運ぶ。

 連打でワンナウト1、2塁になった。

あの足運び……今のも読まれてたな……。
今日一番のチャンスだね!
先制点、取れるかも。

 しかし、そううまくはいなかった。

 さらにギアを上げた美咲の前に、悠子がレフトフライ、優がサードゴロに倒れて大きなチャンスはあっさり潰えてしまった。

くそー、ここで打ってれば中継ぎフラグへし折れてたのになぁ……。

 優がぶつぶつ言いながら戻ってくる。

 守備陣はどんどんグラウンドへ出ていくが、澪はベンチを出る前に鈴のところにやってきた。

鈴ちゃん、たぶん私はこの回で限界になると思う。心の準備をしておいてね。
い、いよいよですね! 頑張ります!

 マウンドへ向かっていく澪を見届けてから、鈴は大きく深呼吸をした。

 出番が来る。

 わかっていても、心臓がバクバクしてくる。

 一回戦では1点取られているが、今回の試合はその1点が致命傷になる展開。緊張感の度合いが桁違いだ。

落ち着けー、落ち着けー……。
鈴ちゃん、顔怖いよ。
そ、そう?
まあ、こんな展開だからしょうがないけどさ。
大丈夫、開桜はまだヒット一本しか打ててない。朝山さんなら抑えられるよ。
な、凪ちゃん……!
自信持っていって。
うんっ!
…………。
……外浦さん、どうかした?
ううん、なんでもないよ。
(……今の一瞬の圧力はなんだったんだろう……)
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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