ヒートアップさせてやる!
文字数 3,419文字
3回表。
澪は8、9、1番をばっさり三者凡退に切って取った。
9番の川船美咲は澪が同じタイプの投手ということもあってかなり打ちたそうな様子を見せていたが、打ち気を利用したチェンジアップで三振を取ると不満そうな顔をした。
そのウラ。
浅上桐子のミットが見事な音を立てる。
それもまた戦術なのだが、とにかく美咲は苛立っていた。
奈緒がセーフティーバントの構えを取った。
動き出しながらバットの先端にボールを当てていく。
打球はややサード寄りに転がった。
美咲がマウンドを駆け下りてきて、素手でボールを拾う。振り向きざまに1塁へ送球してアウトを奪った。
4回表。
プレイがかかって、2番からの攻撃が始まる。
ベンチの1年生が全力で声援を送る。
澪が期待に応えるように快投を見せ、3番の清永香奈恵をライトフライに打ち取った。
4番、草壁真尋がバッターボックスに入った。
開桜は、ここまで5番の太刀川雪乃にヒットが一本出ただけだ。
そのヒットが1年生のものということもあり、上級生はより気合いを入れて臨んでいる。
相手は4番で長打が打てる。甘く入れば簡単に持っていかれるだろう。
澪は外のストレートから入る。
草壁は初球から踏み込んでスイングしてきた。狙われていたのだ。
しかし強い打球はセカンドのやや右、桜の守備範囲内だった。
球場がざわついた。
捕球した桜だったが、投げようとした瞬間にボールがすっぽ抜けたのだ。
ボールは桜の足元に落ちて、拾い直す間に草壁が1塁を駆け抜けていた。
へいへい、と奈緒がショートへ戻っていく。
桜も澪に背を向け、セカンドへ走った。
その表情に笑顔が帰ってきた。
打席には5番の左打者、太刀川雪乃が入った。
裾花清流バッテリーはこの場面をバッター集中で乗り切ることにした。ランナーの草壁真尋はあまり足が速くないことを知っている。
クイックは使わず、しっかり力を込めた投球をバッターに向けるのだ。
まず外のスライダー。外れてボール。
次のボールもスライダーだ。今度は真ん中から内角、バッターの膝元へ落ちていくコースを狙う。しかし、これも低めに外れた。
外へのストレートが決まってストライク。
やや内寄りに入ったが、太刀川雪乃はピクッと反応しただけで振ってこなかった。
雪乃が打ち返した。
澪の右足のすぐ横を抜ける速い当たりだ。
センター前に抜ける――はずの打球を、奈緒がダイビングキャッチで止める。
奈緒は倒れたままボールをトスした。
セカンドのベースカバーに入った桜がしっかり捕って、スリーアウトチェンジ。
みんな、普段とは違う桜の様子を心配していた。らしくないエラーもあり、余計に気になっていたのだ。
それが今、奈緒をからかって笑っている。
全員が内心でホッとしたところだった。
しかしベンチの空気は戻ったものの、美咲はずっといい状態のままだ。
先頭の美晴は二打席連続三振に倒れてあっさりワンナウトを取られる。
初球、いきなり縦のスライダーから入ってきた。礼のバットが空を切る。
2球目も同じボールだ。外だった初球に対し、今度はインコースに入れてくる。礼は懸命に合わせる。ギリギリ先端に当たってファールチップになった。あっという間にツーストライク。
美咲は相変わらず自信たっぷりの表情をしている。
その顔を見て、礼は球種を絞った。
外れれば三振するしかない。
礼のバットがスライダーを捉えた。
打球がライト前に抜けていく。
ベンチから大きな歓声が上がった。
続く4番、青葉の初球だった。
スライダーを三球続けたあとだ。
次はストレートを投げるはずだと青葉は読んでいた。
その通りにボールが来た。
青葉はアウトコースのストレートを逆らわず打ち返し、これもライト前に運ぶ。
連打でワンナウト1、2塁になった。
しかし、そううまくはいなかった。
さらにギアを上げた美咲の前に、悠子がレフトフライ、優がサードゴロに倒れて大きなチャンスはあっさり潰えてしまった。
優がぶつぶつ言いながら戻ってくる。
守備陣はどんどんグラウンドへ出ていくが、澪はベンチを出る前に鈴のところにやってきた。
マウンドへ向かっていく澪を見届けてから、鈴は大きく深呼吸をした。
出番が来る。
わかっていても、心臓がバクバクしてくる。
一回戦では1点取られているが、今回の試合はその1点が致命傷になる展開。緊張感の度合いが桁違いだ。