やっぱり私はここが好き
文字数 3,803文字
山京学園 310 0|4
裾花清流 330 0|6
5回表の山京学園の攻撃。
先頭バッターは2番の新郷未来だったが、鈴の緩いカーブを打ち損じてセカンドゴロに倒れた。
2球目。これもアウトコース。
外へ逃げていくカーブに、真帆が踏み込んできた。
真帆が打ち返す。
右中間へ打球が飛んだ。
長打コースと思われたが――
センターの青葉が深めに守っていたため、ワンバウンドで打球を押さえることができた。
真帆が1塁を回ったところでストップ。ツーベースは阻まれた。
杏は驚いて振り返った。
監督から予想外の言葉が飛んできたからだ。
山京学園のベンチメンバーがみんな
こういった言葉を出さない監督だっただけに、今の発言が意外だったのだ。
「おー!」と裾花清流の守備陣が答えた。
構えた百瀬杏に対し、鈴もセットポジションを取る。
アウトコースを狙ったカーブが真ん中寄りに入った。
杏はそれを見逃さない。
フルスイングがボールをすくい上げた。
快音が響き、レフトに大飛球が舞う。
すでに礼はレフトのフェンスに片手を当てている。
上空を見上げて――
その場でジャンプ。
限界まで伸ばした礼のグローブに打球が吸い込まれていく。
うなだれる杏。
その一方、裾花清流のスタンドからは礼に拍手が送られた。
礼が奈緒にボールを返した。
ファインプレーにも表情は変わらない。
城取瞳がバッターボックスに入った。
ツーアウト1塁だが依然中軸。
裾花清流も気は抜けない。
セットポジションから鈴がモーションに移る。
その瞬間、1塁ランナーが走った。
悠子の弾丸送球も及ばず、余裕のセーフ。
ツーアウト2塁へと状況が変化する。
これで、シングルヒットでも1点奪える可能性が高まった。
雅がベンチを飛び出し、ブルペンに走った。
恵が悠子に合図し、タイムをもらう。
裾花清流の内野陣がマウンドに集まった。
そんなマウンドの向こうで歓声が上がった。
スタンドの声援を受けて、ブルペンから背番号1がやってくる。
澪が右手を出してきた。
鈴と澪はハイタッチを交わす。
鈴がそのままマウンドを降りると、両方のスタンドから拍手が送られた。
新海澪の投球練習を、山京学園のメンバーが食い入るように見つめている。
しなやかなフォームから風を切るようなストレート。悠子のミットからは快音が鳴り続ける。
桜と奈緒がポジションに戻っていく。
澪はマウンドを足でならし、天を仰いだ。
3年間、ともに戦ってきた同級生たちに視線を送る。
右手を挙げて、「ツーアウト!」と指を起こした。
タイム明けなので再び選手名がコールされる。同時に、山京学園のブラスバンドが応援を再開した。
鈴が初球を投じて外しているので、1ボールからだ。
澪がセットポジションをとった。
クイックからの投球――快速球が悠子のミットに収まって甲高い音が響く。
アウトコースに投じられたストレート。
城取瞳のスイングは完全に遅れ、バットが空を切った。
大歓声に包まれた球場。
澪は間違いなくその中心にいた。
感情を爆発させることなく、いつものように控えめにあごを引いて、悠子に微笑みかけた。