やっぱり私はここが好き

文字数 3,803文字

山京学園 310 0|4

裾花清流 330 0|6

 5回表の山京学園の攻撃。

 先頭バッターは2番の新郷未来だったが、鈴の緩いカーブを打ち損じてセカンドゴロに倒れた。

3番、セカンド、九条さん。
好き放題やってくれたわね。ここからはこちらの番よ。
真帆(まほ)、出れば返してやるぜ。頼むよ。
 4番の百瀬杏が声をかけ、九条真帆は頷いた。
中軸か……。
(ここを乗り切れば勝率はグッと上がる。何が何でも抑えないとね)
 鈴は初球、アウトコースのストレートから入った。
ストライク!
…………。
(目つきが怖い……!)

 2球目。これもアウトコース。

 外へ逃げていくカーブに、真帆が踏み込んできた。

(読まれてる!?)
(これなら届く――!)

 真帆が打ち返す。

 右中間へ打球が飛んだ。

 長打コースと思われたが――

読みが当たりましたね。

 センターの青葉が深めに守っていたため、ワンバウンドで打球を押さえることができた。

 真帆が1塁を回ったところでストップ。ツーベースは阻まれた。

(いいところにいたわね)
やっぱ去年の秋と同じ相手だって思い込みがあったなぁ。うちら、どっかで油断してたよね。
今更しょうがないっしょ。まだ取り返せるって。
 5番の城取瞳に押し出されて、百瀬杏がバッターボックスに向かった。
百瀬、臆するな! スタンドに放り込んでやれ!
えっ……?

 杏は驚いて振り返った。

 監督から予想外の言葉が飛んできたからだ。

叩き込めば同点だ。任せたぞ。
ほほーん、ついに監督も慎重策を捨てたか~。
……やってやります。

 山京学園のベンチメンバーがみんな引木(ひきぎ)監督の横顔を見つめていた。

 こういった言葉を出さない監督だっただけに、今の発言が意外だったのだ。

(そうよ。私達は攻撃力で勝ってきたチームだもの!)
(なんだか……向こうの雰囲気が変わったような……)
(監督の言葉で火がついたって感じか。……厄介だな)
よぅし、かかってきな!
(ビクッ)
おう、来るなら来いや!
(ビクッ)
(ピクッ)
(えーと……なに言えばいいんだ?)
とにかくがっちりね!

「おー!」と裾花清流の守備陣が答えた。

 構えた百瀬杏に対し、鈴もセットポジションを取る。

(しょ、初球を大事に――!)
はっ!

 アウトコースを狙ったカーブが真ん中寄りに入った。

 杏はそれを見逃さない。

 フルスイングがボールをすくい上げた。

 快音が響き、レフトに大飛球が舞う。

あっ……!
(やばい!)
…………。

 すでに礼はレフトのフェンスに片手を当てている。

 上空を見上げて――

くっ――!

 その場でジャンプ。

 限界まで伸ばした礼のグローブに打球が吸い込まれていく。

なっ……。
アウトッ!
あちゃー、ひと伸び足りなかったかぁ。
惜しい……。入っていれば……。

 うなだれる杏。

 その一方、裾花清流のスタンドからは礼に拍手が送られた。

あ、危なかった……。
さすが礼……。ありがと。
礼、ナイスキャッチ!
これでもウリは守備だから。やっと持ち味が出せたわね。

 礼が奈緒にボールを返した。

 ファインプレーにも表情は変わらない。

惜しかったね。
今のは相手が上手かった。でも次は決めるさ。
 それだけ言って、杏はベンチの奥へ移動していった。
(今のは痛い。だが、まだ手はある)
 引木監督がすばやくサインを出す。
(ふうん……)
(監督、開き直ったわね)
(これ以上慎重に行っても選手の不満が高まるだけだ。なら、やりたいことをさせてやる)
そんじゃ、お願いしまーす。

 城取瞳がバッターボックスに入った。

 ツーアウト1塁だが依然中軸。

 裾花清流も気は抜けない。

(シンカーからですね!)

 セットポジションから鈴がモーションに移る。

 その瞬間、1塁ランナーが走った。

(ここで盗塁――!?)
(間に合うっ!)
セーフ!

 悠子の弾丸送球も及ばず、余裕のセーフ。

 ツーアウト2塁へと状況が変化する。

 これで、シングルヒットでも1点奪える可能性が高まった。

(鈴、球速自体は遅い方だからな……)
…………。
朝山さんのモーション、九条さんには読まれていますね。
確かに、今のスタートは完璧でした。
(引木監督が積極策に切り替えてきた? 九条さんの走塁技術は高いし、この状況では三盗も決められるかもしれない)
ここが一つのポイントですね。松原さん、新海さんを呼んでください。
継投ですか! わかりました!

 雅がベンチを飛び出し、ブルペンに走った。

 恵が悠子に合図し、タイムをもらう。

 裾花清流の内野陣がマウンドに集まった。

交代、ですか……。
まあまあ、落ち込むなって。タイミングの問題だから。
っていうかランナーとの相性かな。クイックの得意なミオっちに任せようって話だよ。
ごめんなさい……。
鈴ちゃん……。
鈴は頑張ったよ。山京相手に4失点なら充分仕事した。胸張って。
悠子先輩……。
ほらほら、いつもの鈴に戻っちまってるぞ。前向きに行くんだろ?
そうだよ、笑っていこ! ミオっちもこーいうシチュエーションでマウンド上がるのは燃えるでしょ。舞台は整ったってやつだよね。
……そうでした。ポジティブにいこうって決めたんですもん。
おう、ナイスピッチだったぜ!
鈴ちゃん、お疲れさま! あとは澪先輩に任せよう!
はいっ!

 そんなマウンドの向こうで歓声が上がった。

 スタンドの声援を受けて、ブルペンから背番号1がやってくる。

来ちゃった。
第一声がそれ?
何か特別なこと言った方がよかった?
いやいや、それでこそミオっちですわ。緊張はなさそーだね。
ええ、わくわくしてるくらいよ。
み、澪先輩!
 鈴は澪のグローブに白球を託した。
……あとは、お願いします。
任せてちょうだい。鈴ちゃんの頑張り、絶対ムダにはしないわ。

 澪が右手を出してきた。

 鈴と澪はハイタッチを交わす。

 鈴がそのままマウンドを降りると、両方のスタンドから拍手が送られた。

鈴ちゃん、お疲れ!
…………。
わっ!?
 暗い顔の鈴が、いきなり朝陽に抱きついた。
またピンチ作ったまま降板だよぉ……。
(まあ、引きずるのが普通か)
でも、鈴ちゃんはすごかったよ。山京は長野のトップクラスのチームなんだから。そんなところ相手にリードを守ったんだよ。
アサちゃん……。
澪先輩を信じよう! 鈴ちゃんの一生懸命な姿はきっと伝わってるはずだから!
うん……。
(ようやくエースのお出ましね)
(やっぱ速いな。朝山さんのあとでこのストレートはきついって)

 新海澪の投球練習を、山京学園のメンバーが食い入るように見つめている。

 しなやかなフォームから風を切るようなストレート。悠子のミットからは快音が鳴り続ける。

すごいピッチャーですね。
 2塁上にいる九条真帆が、近づいてきた一ノ瀬桜に話しかけた。
ん? 今わたしに言った?
はい。
そりゃうちの誇るエースだから。でも去年おたくに滅多打ちにされたんですけどね~。
ああ……、秋も新海さんでしたっけ?
あれ、覚えてないんすか? やっぱコールドで下したチームの印象ってそんなもんか~。
おい、やめとけ。挑発してるように聞こえるぞ。
いえ、すみません。本当に印象が薄くて。
(挑発してきやがった……)
まあ、とにかく負けませんから。覚悟しておいてください。
お、言ったな? あとで泣かしてやるから見とけよ~。
(この二人、キャラは違っても似たようなタイプなのか……)

 桜と奈緒がポジションに戻っていく。


 澪はマウンドを足でならし、天を仰いだ。

(この空気、この点差、この緊張感……)
 グローブを胸に当てて、呼吸を整える。
(やっぱり、私はこの場所が本当に好きなんだなあ)
よーし、守るよー!
 悠子の大声に野手陣が応じる。
(私には悠子がいて、礼も、桜も、奈緒もいる。怖いものなんてない。あるわけないじゃない)

 3年間、ともに戦ってきた同級生たちに視線を送る。

 右手を挙げて、「ツーアウト!」と指を起こした。

バッターボックスは、5番、サード、城取さん。

 タイム明けなので再び選手名がコールされる。同時に、山京学園のブラスバンドが応援を再開した。

 鈴が初球を投じて外しているので、1ボールからだ。

やってやろうじゃん。来い!
(さあ、行こうじゃない)
(自信持ってね)
(ええ)

 澪がセットポジションをとった。

 クイックからの投球――快速球が悠子のミットに収まって甲高い音が響く。

ストラーイク!
んなっ……!
(投球練習よりさらに速い!)
(鈴ちゃん、見ていてね)
ストライクツー!
(あなたがいなければ、私たちはここまで来られなかった)
く……!
ファールボール!
澪先輩……いつもよりもっとすごい……。
(だからね、鈴ちゃん)
(真帆ちゃんを返さなきゃ)
(私も、3年生として、エースとしての責任は絶対に果たすわ)

 アウトコースに投じられたストレート。

 城取瞳のスイングは完全に遅れ、バットが空を切った。

ストライクスリー! バッターアウト!

 大歓声に包まれた球場。

 澪は間違いなくその中心にいた。


 感情を爆発させることなく、いつものように控えめにあごを引いて、悠子に微笑みかけた。

(ホント……恐ろしいピッチャーだよ)
っしゃあさすがミオっちだ!
完璧だったな! また最速更新じゃないのか?
お見事。安心して守っていられたわ。
 背後からやってきた同級生たちと一緒に、澪はベンチに戻る。
(やっぱり、ここじゃなきゃ)
澪先輩、ナイスピッチでした!
(このチーム以外、私の居場所なんて考えられないわ)
ね、悠子。
え、なに?
……ううん、なんでもないわ。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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