奪三振合戦

文字数 3,467文字

 火曜日の上田県営野球場は、快晴でいいコンディションだった。

 まもなく第二試合が始まろうとしている。

 第一試合では、シード校の真修館(しんしゅうかん)が川中島高校を6-1で下してベスト8進出を決めた。

鈴ちゃん、調子はどう?
いつも通りの感覚だったと思います!

 二人は投球練習を終えて、ベンチの中で話し合っている。

 ブルペンには漆原優が入っている。

 今日は接戦になることも充分に考えられ、優にも出番があるかもしれない、と緋田恵が言ったのだ。

うー、プレッシャーやべえ。投げたくないー……。
そのわりにはいいボール来てるよ。これなら大丈夫だって。
打ちまくってコールド決めたいっす。そうすれば澪先輩と鈴ちゃんだけでなんとかなるし。
どうかな。向こうのブルペン見た感じ、川船さんも調子良さそうだよ。
うわー……。

 優が投球練習を終えると、礼が全員を集めた。

 先発メンバーはいつもと同じだ。

向こうはやっぱり川船さんが先発ね。序盤はスライダーの様子を探りながら進めていきましょう。

 礼が開桜のオーダー表を見せる。

 裾花清流が後攻だ。


1(遊)日夏愛衣  3年
2(二)山中柚希  2年
3(三)清永香奈恵 3年
4(一)草壁真尋  3年
5(右)太刀川雪乃 1年
6(捕)浅上桐子  3年
7(左)館岡美鶴  3年
8(中)矢口三奈  2年
9(投)川船美咲  3年

太刀川(たちかわ)さんって子、1年で5番打ってんだ。すげーなー。
4番草壁(くさかべ)さん、5番太刀川さん、6番浅上(あさがみ)さんは前の試合で打点を挙げているから要注意よ。
左バッターは三人だけか。これなら鈴の球が有効に使えそうだな。
それに左の一人は川船さんだしね。怖い左バッターは実質二人だけだ。
といっても、美咲は打てないバッターじゃないから油断はしないでね。――そろそろ整列しましょう。
よっしゃ、気合い入れていきますかー。
今日こそ完封狙おうね。
 ベンチ前で肩を回している川船美咲に、キャッチャーの浅上桐子(とうこ)が声をかける。
うん、狙っちゃうよ!

 両チームが整列し、主審のかけ声で飛び出す。

「お願いします!」と挨拶を交わし、裾花清流が守備に散った。

おお、澪先輩、今までにないくらい気合い入ってない?
試合のたびにギアが上がってるような感じするね。

 澪が投球練習を丁寧に終わらせる。

声出していこー!
おー!
ただいまより、裾花清流高校対開桜高校の試合を開始いたします。1回の表、開桜高校の攻撃は、1番、ショート、日夏(ひなつ)さん。
お願いします!
(まずは三人いる左バッターの一人ね)

 プレイがかかると、澪が迷いなくストレートを投げ込んだ。

 初球が外いっぱいに決まった。

「ストライク!」と主審が大声を出す。

(むっ……速いな)
 次のボールも外のまっすぐで空振り。たちまち追い込む。
(ブルペンではスライダーの調子がよかった。早速使ってみよう)

 澪が外のボールゾーンへスライダーを投げる。

 そこからクイッと変化し、外角低めいっぱいにボールが決まった。

 主審の右手が挙がる。

 先頭打者を見逃しで三球三振に切った。

気をつけて。美咲のとはちょっとタイプが違うスライダーだから。
りょーかいです!
2番、セカンド、山中さん。
(ここから右打者が続くし、外のスライダーが効果的に使えるはず)
(でも、まずはストレートからね)

 澪はインコースへのストレート、同じコースへのチェンジアップを使ってここも2球で追い込んだ。

 肩が軽く、制球が抜群に冴えている。

 今日の勢いなら5回まではいけるかもしれない――澪はそう思う。

(もう一つチェンジアップ見せとこうか)
(オッケー)
 スライダー待ちだったのか、山中のスイングは完全にボールとズレていた。
ストライクスリー!
う……チェンジアップか……。
山中さん、どう?
スライダー狙ってるのが読まれてる気がします。ストレートとチェンジアップの組み合わせでやられました……。
そう。なら追い込まれる前に勝負しないとね。
3番、サード、清永(きよなが)さん。
(ここから中軸。三人で切りたいわね)

 澪は初球、外のストレートから入る。

 清永香奈恵(かなえ)が振ってきてファール。

 続くインコースのストレートもファールになった。

(速い……。なかなか前に飛ばせないわ)
(積極的だな。……スライダー、外して)
(外角からボールゾーンへ、ね)

 澪はアウトコースへスライダーを投げ込む。

 清永のバットが出かかったが、ギリギリで止まった。判定はボール。

(危ない……。打ち気を利用されかけたわね)
(外ね)

 澪がうなずき、強靱なヒザを活かしたフォームから全力のストレートが放たれる。

 清永がスイングに来たが、バットはボールの下を通り、空振りに終わった。

 三者連続三振に場内が湧き上がる。

ごめんなさい……。
まだ初回だよ! 落ち込まないでいこー!
 清永の肩をポンポン叩くと、川船美咲はマウンドへまっすぐ向かった。
(いいね。速球派対決、受けてやろうじゃん)
澪先輩、ナイスピッチでした!
すごいです! 超かっこいい!
ありがとう。今日はこの勢いでいけそうな気がするわ。
あんまり飛ばしすぎないでよ。
1回のウラ、裾花清流高校の攻撃は、1番、セカンド、一ノ瀬さん。
よーし、出るぞ~。
(このバッターは外を流し打ちするのがうまいけど、美咲の球威なら……)

 プレイがかかる。

 美咲がしなやかなフォームからストレートを投じる。

 桜が見送った。ストライク。

(むー、打席で見ると迫力がちがうな~)

 2球目もストレート。

 スイングするが当たらない。これで追い込まれた。

 ここで桜は少し肘を畳んだ。

 ――スライダーで仕留めに来る。

 それを想定した。

(とどめだっ!)
(うっ――)
ストライクスリー!

 美咲は最後まで力押しだった。

 外のストレートを2球続けたあと、インコースの胸元いっぱいにストレート。スライダーを意識していた桜は、快速球に対応しきれず中途半端なスイングで空振り三振に倒れた。

桜先輩が三振!? 初めて見たかも……。
ぜ、全部ストレートだったよね……。
すまん、打ち切れんかったぜ。
やっぱり、簡単には勝たせてくれなさそうね。
皆さん、無理に長打を狙わなくてもいいですからね。合わせきれないと感じたらバットを短く持っていきましょう。
 恵の指示に、全員が「はい」と答える。
ストライクスリー!
すみません! 手が出ませんでした……。
 美晴もツーストライクから内角いっぱいのストレートに反応できず見逃し三振に終わり、しょんぼりとベンチに戻ってきた。
……本当に投手戦になりそうね。
せ、責任重大ですね。
でも、思わぬ形で点が入るかもしれないし、今は応援しましょう。

 鈴と澪が話している間に礼と美咲の対戦が始まっていた。

 初球は外にはずれ、2球目は入ってストライク。

 3球、4球と礼がストレートをファールにする。

(すがすがしいほどのストレート押しね。どれだけ自信があるのよ……)
(ちゃんと当ててくる……。さすが礼、そうこなくっちゃね!)
 さらにストレートが続く。礼は5球目もファールにした。
(あんま体力使うのもよくない。ここで決めよう)
(よし)
(さっきよりサイン見てる時間が長かった。スライダー、来るかしら)

 礼はよりいっそう神経を研ぎ澄まして投球を待つ。

 美咲がモーションに入った。

 ボールが指から離れる。――やや遅い。

 礼はスライダーを確信して振りにいった。

 肘を畳んでコンパクトにスイング――

(これでも、遠い――!?)
ストライクスリー!

 変化は礼の予想以上だった。

 なめらかな軌道で、礼のバットの下に滑り落ちていった。

っしゃあ! 礼、見たかー!
 一言残して、美咲はマウンドを下りていった。
……やられた。

 両チームのエースが、初回をともに三者連続三振。

 球場内は早くも異様な雰囲気に包まれ始めた。

 とんでもない試合になるのではないか。

 そんな予感を、どの観客も感じ始めたのだ。

こういう時こそ集中ですよ!
 恵の声に返事をして、裾花清流のメンバーが守備に向かった。
今日は本当に展開が読めないわ。澪、頼んだわよ。
任せて。こっちだってエースだもの。しっかり抑えるから見ていてちょうだい。
……お願いね。うしろはちゃんと守るわ。

 マウンドに立ち寄った礼が、澪に声をかけていった。

 澪はその背中を見送って、大きく深呼吸をする。

(こう見えても、相手がいいピッチャーなほど燃え上がるのよね。絶対、先に点はあげないわよ)
 昂ぶりを抑えて、澪は、相手の4番、草壁真尋(まひろ)と対峙する――。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色