宿敵が来る

文字数 2,264文字

 試合後、裾花清流のメンバーは球場の外で固まっていた。

 応援団への挨拶も終わり、リラックスした雰囲気に包まれている。

イワミー、大丈夫なんかな。
先生の話だと、病院に直行ってことですけど……。
ただの脳震盪だろ。大丈夫だって。
 創部史上初のベスト4を勝ち取ったとはいえ、岩見悠子の負傷もあり、手放しで喜べるという雰囲気ではなかった。
…………。
鈴ちゃん、また落ち込んだ顔してるよ。
今日も思うようにいかなかったから……。
でも、1点だよ。今日の展開だったら充分な仕事だったと思う。
そう、真修館の中軸相手にそれだけの失点なら上出来よ。
完璧を求めすぎんのもよくないぜよ。
そう、ですね……。

 裾花清流の横を、真修館のメンバーが歩いて引き上げていく。

 まだ泣いている部員もいた。

裾花清流さん、今日はありがとうございました。
こちらこそ。ナイスゲームでした。
次は山京(さんきょう)学園だと思いますけど、頑張ってくださいね。

 キャプテンの西森千鶴は、それだけ言って戻っていった。

 もう一人、4番の波河桃絵もやってきた。

うちのキャプテン、なんか失礼なこと言いませんでした?
いえ、全然。
うちの分までよろしくお願いします。山京学園には練習試合でもよく負けてましたから。
……主力は去年の秋と変わっていないんですよね。
まあ、ほぼそのままですね。投手陣は継投を使いますけど。
色んなタイプを想定した練習をしておいた方がよさそうですね。
試合、見に行きますね。あとうちのサードがすみませんでした。
あれはプレーの中のことですし、気にしないでください。たぶんそこまで重傷ではないと思います。
だといいんですけど。……それじゃあ、またどこかで。
 波河桃絵は小走りでメンバーの方へ向かっていった。
桃絵、置いてかれちゃうよ!
ごめんごめん。あとのことは任せてきたよ。あの人たちには絶対、山京学園を倒してほしいし。
……そっか。
 真修館の部員たちはどんどんバスに乗り込んでいった。
クールでかっこいい人でしたね。
あれ、たぶん女子のファン多いぜ。
野球、続けるのかしら。
ミオっちからホームラン打つくらいだし、大学でもやるんじゃない? じゃないともったいないよね~。
確かに、迫力すごかったです……。
さすが4番って感じだったよね。
あまり役に立てない4番で申し訳ありません……。
いやいや、誰もお前のこと責めてないから。青葉はしっかり仕事してると思うぞ。
そ、そうですよ! 青葉先輩は毎試合きっちり打ってるじゃないですか!
今日は赤羽さんに持っていかれましたけれど……。
ま、たまにはそういう日があってもいいじゃん? 当たればでかいとか、あんまり言われたくないし。
すまん、それ主に言ってたの私だわ。
今日の決勝点は私だし、ちょっとは見直しただろ。
うん、めっちゃよかったよ。ってことでそろそろ6番と7番入れ替えるべきじゃない?
この前、私に任せろって言ってたのはなんだったのよ。
それ投手としての話だし。下位打線の方がプレッシャーかからなくて楽なんだよね~。
そんなことはないと思うんだが……。
はいはい、とにかく次の試合に向けて意識を切り換えていきましょう。ここまで来たら優勝して神宮に行こうじゃない。
(優勝……すばらしい響き!)
(やっぱり一度は経験してみたいよね)
…………。
お、凪ちゃん顔怖いぞ。山京学園のこと考えてんの?
まあ……。みんなには絶対勝ってほしいですし。
ま、やれるだけのことはしたいよね。憎たらしいあの子の悔しがる顔も見たいでしょ。
…………。
…………。
(な、なんか怖いよ、優先輩と凪ちゃん……)
 裾花清流が歴史的勝利を挙げる一方、長野オリンピックスタジアムでも準々決勝が行われていた。

山京学園 100 012 2|6

諏訪水照 000 002  |2

真冬さん! 諦めずに振ってください!
なんとかやってみるっす……。
(あと一つ……)
 山京学園のエース、雪原(ゆきはら)風日(かざひ)は疲れた表情も見せずマウンドに立っている。
(意地は見せないと……)
 諏訪水照のトップバッター、戸張(とばり)真冬(まふゆ)はストレートに対し懸命に食らいついてファールを重ねる。
(なかなかやるけど……これで終わりね)

 風日の右腕からフォークボールが放たれる。

 真冬はついていこうとするが、バットがわずかに届かなかった。

「ストライクスリー」のコールが響き、6-2で試合が終わった。

……終わり、ですか。
やっぱり、壁は高かったわね……。
申し訳ないっす……。
それでも、みんな全力を出し切ったのです。最後まで堂々としていましょう。
そうだね……。

 両チームが整列し、挨拶が終わる。

 場内は温かい拍手で包まれた。

キャプテン、キャプテン。

 試合後、山京学園のベンチ裏。

 背番号17をつけた白山(しらやま)水穂(みずほ)が、キャプテンの九条(くじょう)真帆(まほ)に近づく。

なに?
裾花清流が真修館に勝ったらしいですよ。ラッキーじゃないですか。
別にラッキーじゃない。真修館を倒したってことはそれだけ勢いに乗るってこと。気は抜けないでしょ。
でもまあ、名前で警戒しすぎるってことはなくなるね。去年の秋もうちがコールドで勝ってるし。
まあね。帰ったら映像をチェックする。早めに対策を立てよう。

 毎年ベスト4までは順当に勝ち上がる山京学園。

 それだけに、選手たちにも精神的な余裕があった。

(それにしても、マジでここまで来るなんてね。うちらが勝ったら凪ちゃんどんな顔するのかな。ちょっと楽しみ)
 ふふふと笑って、白山水穂は道具の片づけを急いだ。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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