超攻撃型打線、炸裂!

文字数 3,947文字

山京学園 3|3

裾花清流  |0

ストライクツー!
(オッケー、悪くないね)
(ほーん、いい球投げるわ。やっぱ1年でベンチ入りするだけのことはあるね)
(内角のスライダーで三振もらうよ)
(ういっす)
(――ま、打てないわけじゃないんだけどね)

 白山水穂の3球目。

 インコースに食い込んできたスライダーを桜が打ち返した。コンパクトなスイングでライト前に持っていく。

 先頭バッターが出塁して、裾花清流の応援団も勢いづく。

さすが桜先輩!
(有言実行ね。頼もしいわ)
2番、レフト、漆原礼さん。
礼さん、ちょっといいですか。
はい、なんですか?
まだ初回です。失敗してもいいので、やってもらいたいことがあります。

 緋田恵が礼にさりげなく話しかける。

 礼は頷き、左バッターボックスに向かった。

(この人が2番……一体どんな狙いが?)

 相手の狙いが読み切れず、山京学園のキャッチャー、帯刀(おびなた)友里(ゆうり)は即座の指示が出せない。

 少しの間があった。

(とりあえず……)
バント警戒ね!
任せなー。
 サード、城取(しろとり)瞳が前に出てくる。
(さて、うまくできるかしら……)
 礼はいつもの構えを見せる。
…………。
(……あんな笑顔で待ち構えられたら、失敗するのもわかる気がするわね)
(外へまっすぐか)

 水穂がストレートを投げた。

 礼がすかさず送りバントの構えを取る。

(来たな!)

 城取瞳がダッシュをかけた。

 礼は外角のボールに当てにいくが、バットの先端やや上に当たってファールボールになった。

…………。
(普通にバントしてきた……)

 大幅な打順の入れ替えにも関わらず、2番バッターにはセオリー通りの送りバント。これならばいつも2番を打っていた水崎美晴でも大差ない。

 帯刀友里はますます疑惑を深めた。

(じゃあ、これで)
(外のスライダーっすね)
(よーし、勝負だよー。決めてみなさいなー)

 再び、城取瞳が前進してプレッシャーをかけてくる。

 水穂がモーションに入った。

 礼がバントの構えに移る。

(2塁刺す!)
 瞳が一気にダッシュした。
――――!
うっ――

 バントの構えを見せかけた礼が、バットを引いた。

 最小限の動作でスイングしてスライダーを捉える。

 打球は瞳の真横を抜けてレフト前に転がっていった。

(お見事……!)
(バスター狙いだったのか!)

 友里はようやく裾花清流の狙いを理解した。


 バントの構えを見せておき、投手のモーションに合わせて構え直し、普通にスイングするのがバスターだ。


 サードのプレスを抜くのは難しいと判断した恵は、最初からこの手段を考えていた。だが、普通にバスターするだけでは読まれる。そこをどうするかが問題だったが、チームでもトップクラスの技巧派である礼ならできると信じていた。

(送りバントを、狙ってファールにする……。簡単なようで難しいことだけど……)

 初球のバントを、プレッシャーに押されて失敗したように見せかけた。これで山京学園は次も送りバントを狙ってくると考え、サードのプレスを継続した。

 そこを、礼が速い打球で打ち抜いたのだ。

これが礼先輩を2番にした理由だったんだね。
さっすが姉貴! ノーアウト1、2塁だぜ!
さあ、点を返してやりましょう!
3番、センター、神村さん。
「うおーっ」と熱い歓声が沸き上がる。裾花清流スタンドの後方に陣取る、商店街のおじさんおばさんで構成された青葉応援団だった。
では、行って参ります。
頼むよ。私も続くから。
(嫌な奴に回ったな)
(神村さんは本来4番バッター……。ランナー溜まった状況で回したくなかったんだけど……)
…………。
(ほほう……)

 恵のサインに、青葉が頷く。

 右バッターボックスに青葉が入り、プレイがかかった。

(外のスライダー。甘い球は許されないよ!)
(そう簡単に打たれるかっ!)
コツン、と。
はあっ!?
(セーフティーバント!?)
しまっ……!

 青葉のセーフティーバントは、外角のボールをうまく先端に当てて勢いを殺していた。

 サード方向に弱い打球が転がる。

 強打者に備え、やや下がっていた瞳が完全に意表を突かれた。

なめんな!

 マウンドを駆け下りた水穂が素手でボールを拾い、1塁に送球。際どいタイミングだったが、判定はアウトだった。

 1アウト、2、3塁に変わる。

あー、惜しい!
もうちょっとでセーフだったのに……。
(……今のは、水穂が上手かった)
 対立している凪と水穂だが、互いに実力だけは認め合っていた。
満塁とはいきませんでしたね。
得点圏にしっかり進めたんだ。充分だぞ。
(本当に、緋田先生はこういう戦い方が好きよね)
(バントと思ったら打ってきて、打ってくると思ったらバントで……。このままじゃ相手に流れを持ってかれる……)
(去年の秋より、格段に手強くなってるわ)
4番、キャッチャー、岩見さん。
お願いします。
(スクイズはないよな…………ないよな?)

 友里は思考がまとまらず悩まされる。

(とりあえず外に集めよう)
(散々かき回してくれたな……。絶対0で抑えてやる!)
 水穂は全力のストレートを投げ込む。外角低めいっぱいにボールが決まった。主審の手が上がる。ストライク。
(けっこう球威はあるな。だったら――)

 悠子への2球目。

 これは外のスライダー。

(無理に引っ張らない)

 悠子のバットから快音が響く。

 ライナー性の打球がライト線上に落ちた。塁審が「フェア!」と叫ぶ。

フェアだー!
礼も返ってこーい!

 余裕を持って桜がホームイン。


 2塁ランナーの礼も3塁を蹴っていた。

 回り込んだライトから返球が飛んでくる。

 礼は足から滑り込みながら、左手で撫でるようにホームベースに触れた。


 主審が両手を大きく広げ、「セーフ!」とコールすると、裾花清流のスタンドは大歓声に包まれた。

このっ!

 バックホームの隙を突いて、悠子が2塁を陥れようとしていた。

 友里が2塁へボールを送るが、スライディングした悠子の足がわずかに早かった。これまたセーフで1アウト2塁。裾花清流はまだ得点圏にランナーを維持する。

へーい、ただいま~!
おかえり! さすがだな。
うまくつながったわね。
ねえ礼、さっき緋田先生からなんて言われたの?
ああ、それはね――
 礼と澪が話しているのを横目に見ながら、恵は腕を組んでいた。
(打順の入れ替えが成功するかは選手の調子次第だけど……この子たちは本当に勝負強い)
 大舞台で躍動する教え子たちからパワーをもらいながら、恵は新たにサインを出す。左バッターボックスには優が入っている。
(ふーん……緋田先生、徹底的に相手のメンタル潰すつもりかな)
(一気に1点差……。今日の水穂は調子が悪いわけじゃない。相手の打線が上手くはまりすぎてる)

 内野手全員で集まれるタイムは、1試合につき3回まで。山京学園は、まだ集まるタイミングではないと判断している。


 それでも心配になったようで、セカンドの九条真帆がマウンドに行った。

水穂、ピッチング自体はいい感じよ。そのうち向こうのリズムも崩れるだろうし、焦っちゃダメ。
わかってます。
とにかく、自分のペースでね。
 守備位置に戻っていく真帆を見送り、水穂はマウンドを足でならした。
(あいつの悔しがる顔が見たかったのに……悔しい顔してるのは私の方じゃん!)
 水穂はそっと裾花清流ベンチに視線をやった。
ハーイターッチ!
ナイバッチです桜先輩。
 視線の先には、味方と嬉しそうにハイタッチを交わす高池凪の姿がある。
(なに……その顔。ガールズじゃそんな顔して野球やってたことなかったじゃん!)
 いつも険しい表情ばかりしていた、中学時代の高池凪の姿はもうない。それが、水穂には苛立たしく思えた。
5番、ライト、漆原優さん。
うっすー。
(優先輩か。ここでアウトをもらうぞ)
(外のボール打たせよう)

 水穂がサインに頷き、1球目を投げ込む。

 優がバントの構えを取る。

 走り出しながら、バットを握った左腕を伸ばしてちょこんとボールを当てていく。

またかよ!?
私が取る!

 とっさに飛び出してきたファーストの色部薫がボールを拾う。

 3塁を見るが、悠子はすでに滑り込んでいる。

 結局、1塁に送球してツーアウト3塁と状況を変えた。

好き放題されてるわね……。
これじゃ、誰が何してくるか読めないよ。
よっしゃ! 同点決めてくるか!
 大声で自分に言い聞かせると、6番の夕日が右バッターボックスに向かった。
(ここはさすがに打つしかないはず)
(インコース使って厳しくいくよ!)
(そろそろまともなアウト取らないとやばい!)

 このツーアウトは、どちらも送りバントをアウトにしたものだ。打ち取った当たりは一つもない。それもまた、水穂の精神に影響を及ぼしていた。


 インコースを狙ったストレートが、やや真ん中寄りに入る。

(来たああぁぁぁ!)

 夕日は果敢に振っていった。

 芯を食った打球は鮮やかに三遊間を破った。

 悠子がホームイン。

 3対3の同点となり、球場を包む熱気は早くも最高潮に達しようかという勢いになった。

夕日さんお見事っ! 素敵です~!
いいぞ~! もうロマン砲じゃなくて主砲だね!
(予想以上に打線が機能している。これなら、本当に――)
(パァン!)
ストライクスリー!
勢い止めちゃってごめんなさい……。

 7番の鈴が空振り三振を喫してスリーアウトチェンジ。

 しかし、守備に出ていく裾花清流ナインの表情は自信に満ちあふれていた。

(まあ、朝山さんの打撃は今後の課題として……)
朝山さん、気持ちを切り換えて、次のイニングをしっかり抑えましょう。
そ、そうですね! 行ってきます!
 あたふたと走っていく鈴の背中を見て、恵はふっと笑みを浮かべた。
(あなたはこのチームに必要なピッチャー。いつか、もっと堂々とマウンドに上がる姿を見せてくださいね)
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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