ピッチングで引っ張るのがエースだから

文字数 3,233文字

山京学園 310|4

裾花清流 33 |6

(行けるぜ!)

 3回ウラ。

 先頭打者の優が、色部薫の初球を打ち返す。

 鮮やかなセンター返しで出塁した。

(ちょっと甘く入ったな……)
(少しのコントロールミスでも見逃さない。ホントに、去年の秋とはまったく別のチームだよ……)
6番、ファースト、赤羽さん。
よーし、もういっちょいきますか!

 夕日が意気揚々と打席に入った。

 一打席目でタイムリーを放っているだけに自信たっぷりだ。

(赤羽さんは乗っているし、無理に勢いを止める必要はない)
 緋田恵はすばやくサインを出した。
(送りバントの構え……)
(やってくるか~? なんかもうわからんぜ)

 サードの城取瞳はやや前進。

 これまでに比べると、明らかに迷いが見られる。


 その中で、薫が投球モーションに移った。


 ――夕日がバットを引いた。

あっ――
(もらった!)

 ここもバスターだ。

 膝元に入ってきたスライダーを夕日がはじき返した。

 痛烈な打球が三遊間を襲う。

 ショートの小林歩夢(あゆむ)がダイビングキャッチして押さえ込むが、体勢が立て直せず、送球できない。


 ノーアウト1、2塁と好機が広がった。

(いいスイングするじゃない……)
 歩夢は悔しそうな表情で薫にボールを返した。
7番、ピッチャー、朝山さん。
(重要なところで回ってきちゃった……)
(この子は打てなさそうだし、普通に考えれば送りバントだよね)
(さすがにここは送る以外ありえないっしょ)

 鈴は白山水穂の投球にまったく合わせることができず、三振に倒れている。

 それを考えて、山京学園の内野陣はバント警戒のシフトを敷いている。

(うぅ、バントしづらい……)
(朝山さんにはあまり器用なことをさせられない。これまでの練習を見た感じ、彼女にできることは――)

 恵がサインを出す。

 鈴、優、夕日の三人がそれぞれヘルメットのツバに手を当て、「了解」の返事を出す。

(それなら、私だってできる)
 鈴は送りバントの構えを見せる。
(やれるもんならやってみろ!)

 薫がストレートを投げ込む。

…………。
――――!
 同時に、二人のランナーがスタートを切った。
(バントエンドラン!?)
(私の仕事――)
 鈴はボールから目を切らず、しっかりバットの先端に当てる。
(確実に前へ転がすだけ!)

 打球はピッチャーの真正面に転がった。

 普通のバントなら3塁アウトのタイミングだが、投球と同時にスタートを切っていた優は、すでにサードベースに滑り込んでいる。

 捕った薫は1塁に送球するしかなかった。

 1アウトで2、3塁。

 裾花清流はここでも絶好のチャンスを作った。

(朝山さんは、コースはともかくしっかり前に転がす技術はある。決めてくれると信じてた)

 ここで、山京学園の内野陣がマウンドに集まった。

 これ以上点差を広げられれば厳しい。

 鈴の調子が上がってきている上、まだ新海澪というエースも控えているのだ。

 点差が広がれば、それが攻撃時のプレッシャーにもなる。

(エース温存……考えが甘かったか……)
誰か、ブルペンへ行ってくれ。雪原をマウンドに上げる。
伝えてきます。

 水穂が、ブルペンで投球練習をしている雪原風日(かざひ)のところへ走っていった。


 監督の言葉を聞き、風日がまっすぐマウンドへ向かう。

雪原先輩、すみません。あとはお願いします。
任せなさい。これ以上は1点もやらないから。
 薫がベンチへ引き上げていく。山京学園スタンドから拍手が送られた。
8番からって言っても、実質上位打線みたいなものだから。用心して入ろうね。
わかってる。まずは0点で切り抜けようじゃない。
次の天城さんはバントもうまいし、スクイズは頭に入れておいてよ。
ふふっ、フィールディングなら誰にも負けない自信があるわ。まあ見てなさい。
 風日が投球練習を開始した。
ようやくエースの登場というわけね。
さすがにはえーなー。前の二人もよかったけど、三段くらい上な感じだわ。
ここからは大量得点は難しくなるかも。2点リードが取れてよかったよ。
そうね。でも、次の1点を取れる好機は作ってある。ものにしたいわね。
ま、奈緒ちゃんならやってくれるっしょ!
8番、ショート、天城さん。
(向こうも当然スクイズは考えてると思うが……)

 奈緒はベンチの恵を見る。

 恵がササッとサインを出した。

(ここは打って、流れを完全に引き寄せましょう)
(任せてくれるのか。――よし)

 奈緒は左打席に入り、センターに向かってバットを伸ばして見せた。


 もともと上位打線を打てるだけの実力が、奈緒にはある。恵が自分の能力に託してくれたことを、奈緒は嬉しく思った。

(打ち気をアピールしてるのか、スクイズをごまかそうとしてるのか……)
(甘いボールは許されないよ)

 風日がセットポジションから1球目を投じた。

 快速球がアウトコースの低めいっぱいに決まり、ストライク。帯刀友里のミットも重い音を響かせた。

(――速い! これは開桜の川船さんくらい出てるか?)
(ヒッティングだろうとスクイズだろうと――)
 風日、2球目のモーション。
(――やれるもんならやってみなさい!)

 アウトコースにフォークボール。

 奈緒がスイングするが、空振りで2ストライクと追い込まれた。

(今のがフォークか! かなり落ちた気がするぞ)
(ここで決めよう)
(任せなさい)
くっ!
ファールボール!

 インコース低めのストレートを、奈緒はなんとかファールにした。

 かなりの球威だ。手がしびれた。

(これは回が進んだら調子が上がって手がつけられなくなるやつだ。今のうちに仕留めないと……)
 奈緒はやや短めにバットを持った。
(ふうん……)

 風日は不敵な笑みを浮かべた。

 クイックモーションからの4球目。

 無駄のないフォームから放たれたのは、緩いチェンジアップだった。

 完全にタイミングを外され、奈緒のバットが空を切る。

 主審の右手が挙がった。

ストライクスリー!!
(くそ、ストレートで押してくると思い込んじまった……)
奈緒先輩……。
美晴、悪いけど頼むよ。なんとか二人をホームに返してやってくれ。
が、頑張ります!
9番、サード、水崎さん。
(水崎さんはこれまでずっと2番だったけど、長打力があるわけじゃない。ストレート主体で詰まらせれば大丈夫かな)
(まっすぐからね)

 美晴に対し、山京学園バッテリーはストレートで攻める。

 初球、2球目とストレートを続けた。

 右バッターの外角いっぱいにコントロールされたボールに、美晴はなんとか合わせていく。

 2球ともファール。

 追い込まれはしたが、美晴は落ち着いていた。

(大丈夫。まったく当たらないわけじゃない)
 続く3球目もストレート。美晴はこれもファールにした。
美晴ちゃん、よくついてってるじゃん。
ずっと桜の後ろを打ってきたバッターだしな。対応できないってことはないだろ。
そろそろ変化球を混ぜてくるはずだよ。それに対応できるかだね。
(美晴先輩、なんとか追加点を……!)
 冷静に会話する先輩たちの横で、鈴は必死に祈る。
(当ててはいるけど、あのスイングじゃさほど飛ばなそうね)
 風日は友里の出した変化球のサインに二回連続で首を横に振った。
(えー、どんだけストレートで抑えたいのよ……)
 風日が4球目を投げた。
(またまっすぐ――!)

 快音が響いた――が、すぐに別の音が続いた。

 ライナーがセカンド、真帆のグローブに収まっていた。

ああ……。
よし!
風日、よく抑えたわね。
そりゃ、背番号1を預かってるんだもん。ピッチングで味方を引っ張らなきゃね。
……ありがとう。さあ、今度こそ反撃よ。
鈴、いよいよ向こうもエースを出してきた。ここからが重要だよ。
はい!

 鈴が勢いよくマウンドへ向かっていく。

 初回は自信なさげだった足取りが、今は頼もしくさえ見える。

 恵はそこに安心感を覚えていた。

(とはいえ、2、3塁から無得点に終わったのは痛い……)
 恵は、円陣を組んでいる相手ベンチを見た。
(これが終盤に響かなければいいけど……)
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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