強敵の予感

文字数 4,120文字

みんなごめんね。私がしっかり抑えられれば……。
 試合後、東御女学院ベンチ。

 白鳥月子が、みんなに頭を下げていた。

白鳥さんのせいではありませんよ。単純に向こうの力が上だったのです。
どんな球種を使ってもちゃんと当ててきた。守備のチームだって聞いてたけど、打撃も想像以上だったね。
エラーはしてないし、完全に力負けだった。月子のせいじゃないさ。
みんな……。
援護できず、申し訳ありませんでした。次にあちらと当たった時は、今日の試合の借りを絶対に返してみせます。
私たち、また一から頑張ります!
……そうですね。あとは1、2年生の皆さんにお任せします。期待していますよ。
私たちは、これで終わりなんだね。
部活は終わりでも練習はできるよ。みんな、よかったらまたブルペン貸してもらえる? 月子のボール、卒業までは受けていたいんだよね。
大歓迎です!
いつでもいらしてください。
そういうことだから月子、もうちょっとだけつきあってもらえるかな?
姫香……。
そうですね、卒業までは邪魔にならない範囲でグラウンドに顔を出しましょう。
ううっ、姫香ぁ~……。
よしよし。今日は思いっきり泣いていいよ。
さあ、次のチームが入ってきます。道具を片づけて引きあげましょう。
 一色一葉の指示に、みんなが「はい」と返事をした。
(ぐすっ)
 一葉は、道具を片づけるふりをしながら、そっと涙をぬぐった。
(裾花清流さん……私たちの分まで勝ち上がっていってくださいね……)
 裾花清流ベンチも、二試合目のチームが入ってくるので道具の片づけに入っていた。

 1年生が率先してバットやヘルメットを専用バッグに詰める。

 鈴と澪だけはグラウンドに残ってダウンのキャッチボールをしていた。

二人とも、そろそろよさそう?
はい、オッケーです!
私も問題ないわ。出ましょうか。
 鈴、澪、礼の三人がベンチを出ようとすると、二試合目のチームが入ってきた。

 新鋭の私立校、開桜(かいおう)だった。

お、礼じゃん。圧勝だったね。おめでと。
あら美咲。こっちは約束通り勝ったわよ。あなたも頑張ってね。
任しといて! 絶対勝って礼と勝負するからね~。
 開桜のエース、川船美咲がベンチへ入っていく。
すごく元気そうな人ですね。
元気の良さなら誰にも負けないっていうところがあったからね。
負けフラグ、しっかり立てていったけど大丈夫かしら。
そんなの気にする子じゃないわ。さ、行きましょう。
 三人が外へ出ると、入り口でみんなが待っていた。

 裾花清流メンバーは、ひとまず応援団のもとへ向かう。

 場内から出てきた学生や両親たちで構成された応援団。誰もが満足そうな表情で語り合っていた。

整列!
 礼の指示で全員が横一列に並ぶ。
応援、ありがとうございました!
ありがとうございましたー!
 たくさんの拍手が返ってきた。

「よくやった!」「おめでとう!」「次も勝てよ!」といった声がかけられる。

お弁当が届いていますので、二試合目を観戦しながらお昼にしましょう。
 裾花清流メンバーは観客席に移動した。

 二試合目は上田の開桜と、飯田の長姫(おさひめ)学園による一戦が行われる。

 どちらも私立で選手層の厚いチームだ。

開桜が後攻……。川船さんが先に投げるんだ。
どんなピッチャーなのかな。
川船パイセンは澪先輩と同じタイプかな~。
右の本格派ですね!
昔から縦のスライダーがすごかったのよね。どのくらい成長してるのかしら……。
 両チームのシートノックが終わり、整列準備に入っている。

 裾花清流はバックネット裏、やや左上に席を取った。プレーする選手の目に入らない位置がいいだろうという恵の指示だ。

では整列!
 主審の声で両チームが飛び出す。

 挨拶を交わし、開桜メンバーが守備に散った。

 川船美咲は投球練習を明らかに軽めにこなしている。

ブルペンも軽めだったわね。プレイがかかるまで全力は見せないタイプってことかしら。
…………。
おー、自信ありそうな顔してらぁ。
神経太そうだな。ピンチでも崩れないタイプだぞきっと。
 主審が「プレイ!」を宣言し、試合開始のサイレンが鳴り響く。

 川船美咲が振りかぶり、しなやかなモーションから初球を投じた。

 長姫学園の先頭打者が見送ってストライクがコールされる。

 投球練習とは比べ物にならないほど球威のあるストレートだった。

うお、速っ!!
これは……澪といい勝負だね。
 2球目もストレートでバッターが空振り。

 そして3球目――投じられた縦のスライダーにバットが空を切る。

 三球三振。

すごい! かなり曲がったよ!
諏訪水照の佐竹さんみたいなスライダーだね。
変化量が違うわね。佐竹さんのは打たせるためのスライダーだけど、美咲のは空振りを取るためのスライダーよ。
あんなのインコースに投げ込まれたら左バッターはまず打てんぜ。
右バッターでもきついですよ……。
 美咲はストレートを主体とした投球で2番、3番をいずれも内野ゴロに打ち取ってスリーアウトを奪う。
すごいな。中学の時からレベルアップしすぎでしょ。
川船先輩、中3の時も充分実力ありましたけど……。
さらに力をつけたわね。エースを背負うだけあるわ。
 対して長姫学園のエース藤野も、初回を三者凡退に切って取った。

 2回表。

 美咲は長姫学園の4番、桑島に対し、アウトコースにスライダーを2球続け、最後にインハイのストレートを投じて空振り三振を奪った。

強気の投球だね。コントロールもいい。
なんとなく、配球も私と似ている感じがするわ。
そういえば、外続けたあとのインハイ直球は澪先輩も得意ですよね。
澪はデッドボール少ないからね。積極的にサイン出せるんだよ。
 長姫学園は5番がレフトフライに倒れたあと、6番が見逃し三振でチェンジ。

 圧巻の投球に一般席の観客がざわついている。


 しかし、長姫学園の藤野も負けていない。開桜の中軸を全員内野ゴロに打ち取ってここもノーヒット。


 試合は両エースの投げ合いになった。

 3回にはともにチーム初ヒットが出たものの得点にはつながらない。

 スコアボードにはゼロが連なっていく。

すごい試合になってきたね……。
開桜がヒット3本、長姫が2本かぁ……。
どっちもまだ3塁までランナー進められてないんだよな。どうやってそこまで持ってくかで勝負が決まりそうだ。
置けるとしたら開桜でしょうね。藤野さんは球数が増えてきていますし、先にバテそうです。
川船さんは一回もスリーボールまでいってないですもんね。まだ体力に余裕ありそう……。
 裾花清流の面々は、両エースの状態から開桜有利と見た。

 それは間違っていなかった。

 5回ウラ。

 長姫学園の藤野がこの試合初めてのフォアボールを出す。

 開桜は3番に送りバントさせ、4番草壁に好機で回した。

マーちゃん頼むよー!
 ベンチから美咲も声援を送る。

 そして草壁真尋(まひろ)がその期待に応えてみせた。

 藤野の甘く入ったフォークをすくいあげ、左中間に運ぶ。ランナーが悠々とホームに返ってきて開桜が先制。ついに試合が動いた。

……これは開桜が上がってくるだろうな。
まあ川船さんが崩れない限りはね~。
この試合みたいなロースコアを覚悟しないとね。
藤野さんのフォークと川船さんのスライダー、どっちも精度が高いけど……。
うちはスライダーのほうが苦手ね。フォークの対応はだいたいできてるけど、縦のスライダーは……。
 3年生は、開桜の勝利を確信している様子だ。


 そうしている間に、開桜は5番、6番に連打が出てこの回に3点を挙げた。

 長姫学園にとっては致命傷になりうる失点だった。

(なんだか、みんなすごすぎて自信なくなってくるな……)
鈴ちゃんが自信ないって顔してる~。
な、なんでわかったの⁉ アサちゃん、まさかテレパシスト……
なんでそうなるの……。つきあい長いんだから表情見ればだいたい予想つくって。
そ、そっか。
大丈夫だよ。鈴ちゃんには鈴ちゃんにしかない武器がたくさんあるんだから。オーバースローの速球派だけがピッチャーじゃない。
う、うん……。
自分ではそうは思わないかもしれないけど、鈴ちゃんはすごくいいピッチャーなんだよ。
そうそう。ちゃんと結果も出してるんだし、もっと前向きに考えていいんじゃない?
わたしもそう思うよ。鈴ちゃんは安定感あってすごいもん。フォアボール少ないから見てて安心する……。
みんな……。
鈴ちゃん、中学の時にトラウマ作りすぎてマイナス思考になりやすいんだよね。みんなガンガンほめてあげて。この子はほめると伸びるタイプだよ。
アサちゃん、それはちょっと……。
鈴さますごいぞー。わー。
わー!
……わー。
な、凪ちゃんまで……!
え? わ、私はなにも言ってないし。
いま一緒にノってくれたよね⁉ なんかすごく嬉しかった!
……聞き間違いじゃない?
(鈴ちゃんを一番ポジティブにさせられるのって、実は凪ちゃんなんじゃ……)
(……うっかりライバルを作ってしまった……)
 球場がひときわ騒がしくなる。


 最終回、7回の表。

 長姫学園はツーアウトから4番のツーベースが出てランナーを2塁に置いている。続く5番に対して美咲がストレートで勝負にいく。

 ――しかし、ここで初めて美咲に失投が出た。

 真ん中に入ったボールを痛打され、ライト前に運ばれる。

 完封目前で1点を返された。

ふー、さすがに疲れてきたー……。
 それでも美咲は力投を続け、6番を空振り三振に打ち取った。

 結局、5回の3点が決定打となり、3-1で開桜が初戦を突破。


 二回戦は裾花清流対開桜の組み合わせに決まった。

やっぱ開桜か。
ミオっち、明日スライダー投げてもらえない? ちょい練習しておきたいんだよね~。
いいわよ。しっかり合わせていこうじゃない。
 一日置いて、あさってが二回戦になる。

 3年生はすでに明日の練習のことを考えていた。

 グラウンドでは挨拶が終わり、スタンドへの一礼も終わった。

(約束は果たしたからね)
 味方がベンチへ戻っていく中、川船美咲がこちらに視線をよこし、右の親指を立てたのを礼は見逃さなかった。
(約束通り正面対決というわけね。あさってが楽しみだわ……)
 礼はこちらを見ている美咲にサムズアップを返してみた。それが相手に見えたかどうかは、わからない。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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