夏の足音
文字数 3,377文字
大会、一週間前。
野球部は部室で練習の用意をしていた。
四人が部室を出た。
右手、軽トラの方から中年の男が歩いてくる。肩幅の広い、力のありそうな人物だ。
チームは確実に仕上がってきている。
選手の動きもよく、打撃陣も快音を連発している。
新海澪の肩を除けば、不安を抱えている選手はいない。
今日の鈴は、悠子とブルペンに入っていた。
右打者のインコースに食い込むようにシュートが曲がる。
悠子はさすがに慣れたもので、球速のあるシュートもいい音を響かせてキャッチする。
鈴の投球精度は日増しに高まっていた。
元々コントロールはいい方だったので、力みさえなければ確実にストライクが取れる。
不安要素があるとすれば、公式戦特有の緊張感だろう。
中学とは観客も応援団の数も違う。
それだけ雑音も増え、本来の力が発揮できないピッチャーも多い。
頭の中に映像を思い浮かべながら投げる。
そのたびに悠子のミットが快音を響かせる。
ブルペンで投げ終わる頃には打撃練習も終わる。
それから野手は走塁練習に入るので、鈴と澪は学校の外周を走るのだ。
二人はゆっくりしたペースで走る。
普段はもう少し速く、もう少し長く走るが、大会が近い今は軽めの調整だ。
引退したあと、という言葉が3年生から聞こえるようになってきた。全国制覇するチームでも、8月上旬までにはみんな引退してしまう。
そうした言葉が出てきてもおかしくない時期だが、やはり鈴はさみしさを拭えない。
あまり雨の降らない梅雨になったが、毎日蒸し暑い。
走っていると自然と汗が噴き出す。
澪も汗を流しながら、しかし呼吸を乱すことはなく走り続ける。
一歩一歩が力強く、姿勢もぶれない。
このしっかりした土台があるからこそコントロールと球威が輝くのだ。ここに至るまでには、相当地道なトレーニングがあったに違いない。