礼先輩、お願いします！
文字数 2,801文字
…………。
…………。
…………。
…………。
（き、気まずい……）
６月の一週目。
裾花清流高校の女子野球部部室はピリピリしていた。
あーもう、落ち着かーん！
もうすぐ始まるはずよね、抽選会……。
今日は夏の大会の抽選会の日だった。
漆原礼は緋田恵とともに会場に出かけている。
開始は３時３０分からだ。
みんな２５分頃にホームルームが終わると、真っ先に部室に駆けつけて着替え、情報を待っていた。
あ、あの、どこと当たったらまずいとか、あるんですよね。
そりゃね。でも全国クラスの私立は四つともシード校だから、上手くいけば３回戦までは当たらない可能性もあるかな。
まこちゃん、やっぱ詳しいよね。
まーね。あたし情報集めんの大好きだから！
まあその四校は鉄板だけど、最近は色んな高校が強くなってきてる。正直、油断していい相手なんてほぼいないよな。
いや～、うちの勢いなら公立は食えますよ。
そういう考え方が足元をすくわれる原因になるんだぞ。
つっても強くなってきてんのってほとんど私立だからね。公立は相変わらずベスト８までいけりゃいい方って感じだし。
ノーシードからベスト８にいくには、２勝が必要なんですよね。
そうね。うちの目標は３勝目を挙げること。何年も先輩たちが跳ね返されている壁だし。
……そんな重要な大会なのに、私がマウンド上がっても大丈夫なんでしょうか。
あら、鈴ちゃんはもううちの欠かせないピッチャーの一人なのよ？ 前向きにいきましょう。
澪の言う通り。シュートも大会までには完成させられそうだし、状況に応じて使える変化球が三つあるのは強いよ。
鈴ちゃんの場合はスローボールも武器になるもんね～。
あ、ありがとうございます……。
先輩達の励ましの言葉に、鈴の気分が少し軽くなった。
中学での公式戦にはいい思い出がない。
初戦敗退しか経験したことがないし、試合中でもベンチの空気は悪かった。
朝陽がいてくれなかったら、心が折れていたかもしれない。
……なに？ 急にこっち見たりして……。
ちょっと、中学のことをね……。
ああ、公式戦って聞くとどうしても浮かんじゃうよね。
私が失点したあと、アサちゃんは必ず声かけてくれたよね。あれがなかったら私、試合中に泣き出してたかもって……。
「こっちへ打たせないでよ」みたいな空気もあったしね。
お前ら、ひどい環境でやってたんだな。よくそれで内部崩壊しなかったじゃん。
しかけてましたけど、みんな内申点のためだけに……。
そういや途中で退部すると影響出るみたいな話もあったっけ。正直、あれってどうなんだろうね？ うちの中学だって、部活でいい成績出してた子が普通に面接で落とされたりしてたし。
都市伝説かなんかじゃないんすか～？ 不登校気味の女子が前期選抜で受かってたりしますからねぇ。
で、他の子たちは目標の高校入ったん？
実は、よくわからないです。
最後の大会の負け方がひどかったので、野球部もみんなバラバラになっちゃって……。仲良くし続けてたのは私と鈴ちゃんだけです。
冷え切ってんな～。最近の中学生怖いわ～。
そこから比べると、ここはどう？
すごくあったかくて楽しいです！
私も！ 練習来るのが楽しみで！
二人とも即答だった。
比べることすら必要ないくらいだった。
中学より温かく、そして強いチームで野球ができる。
二人は、この二ヶ月でそれを浴びるように感じてきたのだから。
そうやって笑ってくれると安心するわね。冬場の話し合いがちゃんと活かされてる感じがするわ。
……そうだな。
バタバタバタッと誰かが走ってくる音がして、部室のドアが開いた。
先輩っ！ 今年の抽選会はケーブルテレビが中継やるらしいですよ！
マジか！ みんな職員室行くぞ！
よしきた、テレビを占領するぞ～。
野球部の部室から、全員がバタバタと飛び出した。
部室棟から近い職員室にどやどやと入っていく。
気になっていた先生がいるようで、すでにテレビ画面には抽選会の映像が流れている。
２３番、塩尻商業高等学校。
塩尻商業のキャプテンが番号の振られた紙を見せて宣言し、校名のボードをトーナメントのやぐらの下に貼りつける。
あ、次は礼先輩だ！
頼むぜ礼ちゃん、いいとこ引いてくれ～。
礼はくじを引くと、壇上に上がって紙を見せた。
１０番、裾花清流高等学校。
礼が読み上げ、やぐらの下にボードを貼りつける。すでに全２８チーム中半分ほどが引いているが、隣は空欄だ。このあと引くどこかの高校が対戦相手になる。
……真修館のブロックか。
でも３回戦まで当たらないし、位置的には悪くないんじゃない？
待って、隣に開桜 がいるわ。最近急に強くなってきたところでしょう？
初戦取れても、次は厳しくなりそうだね。
８番、長姫 学園高等学校。
あっ、隣は開桜対長姫学園に決まりましたよ！
めっちゃ好カードじゃん。長姫学園は一時期神宮行きまくってた強豪だし、開桜は新しめの勢いあるチームでしょ？
どっちが上がってきても厳しいことに変わりはないわね。
１１番、東御 女学院高等学校。
読み上げられた校名が、裾花清流の右隣に並ぶ。
東御女学院……！
けっこう強いところですよね。
ああ、三年連続でベスト８入りしてる。ランク的にはうちと同じくらいだ。
ほほーん、こりゃ参ったね。
初戦が東御女学院、次が開桜か長姫学園の勝者、次が真修館、と。
姉貴、クジ運悪すぎ。この組み合わせはないわ～。
見事に私立に囲まれちゃってるっすね。
ぶっちゃけ、ここ数年で一番悪い組み合わせかも。楽はできないね。
で、でも！
鈴は思い切って声を上げた。
逆に言えば、これを勝ち上がってベスト４に入ったらものすごいことですよね？
一瞬、みんなが黙り込んだ。
それから、にやっと笑みを浮かべる。
その通りだよ鈴ちゃん。これもチャンスに捉えるくらいじゃなきゃね。
よく言ったぞ鈴。今の一言で目が覚めた感じしたわ。
そうよね。私立に勝つために頑張ってきたんだもの。全部倒していくくらいの気持ちでいなきゃね。
鈴、貴女はやっぱりここ一番って時に強い言葉が出てくるね。いるだけで頼もしいよ。
私は、先輩たちといい夏にしたいので！ 頑張りましょう！
そうだね。中学で味わえなかった分の夏を思いっきり楽しむぞ！
よしゃー、テンション上がってきたぜー！ みんな練習いこー！
「おー！」と声を合わせ、野球部の面々は部室に戻っていった。
最後に職員室を出たのは高池凪だった。
（もし本当にベスト４まで行ければ、反対からは確実に山京学園が上がってくる……）
凪は右手で左腕をそっと撫でた。
行きたかったけれど、行けなかった場所。
そんなチームの前に、敵として自分が立つ。
（それはそれで面白そうだ）
凪はふっと微笑み、みんなのあとを追いかけた。
