グラグラトライアングル(VS上田第一)

文字数 3,558文字

上田第一 000|0

裾花清流 511|7

4回の表、上田第一高校の攻撃は、1番、ファースト、安堂さん。
(ここまで実力の差を見せつけられるなんて……。でも、いい加減打ってやらないと!)
(2巡目だし、速球に目が慣れてきてるはず。慎重にね)
(この回もアウトコース中心ね)

 澪が安堂秋穂に対して初球を投じる。

 外角のストレートを安堂が積極的に振ってきた。

 やや振り遅れたが、ファーストの頭を越えてライト前にボールが落ちた。

(やっとキャプテンの意地を見せられたわね)
(慌てずにいこう)
(まあ、パーフェクトなんて狙ってないものね)

 7点差がついているためか、相手はバントを仕掛けてこない。

 2番バッターも初球から振ってくる。

 しかし澪のストレートは捉えきれず、追い込まれる。

風音(かざね)、強振しすぎ!
わ、わかってるよ!

 キャプテンの呼びかけに、2番の藤川風音が焦ったように返す。

 注意されて、彼女はバットを拳一つ分短く持った。

(確実に当ててくるつもりね)

 澪はチェンジアップで空振りを取りにいった。

 風音がスイングしてファール。

 さらにストレート、スライダーと球種を変えて攻めるが、3球続けてファールにされる。

(まずいな。カットされると球数が……)

 アウトコースを要求していた悠子だったが、ここでインコースのストレートのサインを出した。

 バッターは内側への速球に食らいついてくる。

 鈍い音がして、サード前に弱い打球が転がった。

くっ……!
私が行く!

 澪がマウンドから駆け下りてきて捕球、振り向きざまにファーストへ送球した。不安定な体勢からでも速い送球が届く。

 1塁はアウトになった。

み、澪先輩すみません! わたしがもうちょっと前に出ていれば……!
大丈夫よ、フォローしあってこそのチームプレーでしょ?
今、けっこうきつく体ひねったけど、違和感ない?
ええ、平気よ。痛みが出たらすぐに言うわ。じゃないとチームに迷惑がかかるものね。
本当に、そうしてよ。

 ワンナウト2塁で3番バッターが打席に入る。

 岩見悠子は相手の構えを確認すると同時に、澪の様子も窺った。これといった変化はなさそうだ。

 外角のストレートを要求すると、これまで通り力のあるボールが正確に走ってきた。

(まあ、どっちみちこの回で交代なのは間違いないもんね)

 すでに医師から指示された50球が迫ってきている。

 次の回からは投手交代になるだろう。

ストライクスリー! バッターアウト!

 球数が気になり始めたのか、ストレートの精度がさらに増してきた。

 上田第一の3番バッターはインコース低めのストレートに手が出ず見逃し三振に終わる。

よーし、まずは1点だ。

 4番、花岡里香が右打席に入った。

 さっきより構えをやや小さくしている。

(ストレートに意識がいってるな、この感じだと)

 初球、澪は外角にスライダーを投げた。

 右投手のスライダーは右バッターから逃げるように曲がる。里香のバットがくるりと回った。

ストラーイク!
(え……今のスライダー!? 変化球のスピードまでおかしい……!)
(全然バット届いてない……そっか、里香はまだストレートしか見てないから……)
(この人はさっきまっすぐ三つで三振だし、変化球にはまだ目が慣れない感じだね)

 次のボール、悠子はチェンジアップを要求する。

 澪が狙い通り外角に投げ込んでくる。

(――なめるな!)

 里香が左足を1塁方向に踏み込みながら振り抜いた。

 ライナーはファーストの上を越えてライト線上に落ちる。

 漆原優が取って内野に戻す間に、2塁ランナー安堂秋穂が生還していた。

やった! 1点!
ふう、完封は防げたわね。
(うまく持ってかれたな。まあ、まだ点差はあるし焦るところじゃないけどさ)
(次で切れば問題なしよ)

 続く5番バッターに対してもスライダーから入った。

 初球で空振りを奪い、2球目は外角のストレートがボールになる。

 3球目でチェンジアップを投げると、バッターが強振してきた。しかし芯を外れて力のないショートフライになった。

(これで交代かしらね……)
 裾花清流の野手がベンチに戻ってくる。

さて、新海さんの球数が50球に近づいてきたので次の回から投手交代です。

この回に点数が入らなければ優さん、点が入れば朝山さんに投げてもらいます。いいですね?

よーし、みんな点取ろうぜ~。
ちょっ、優先輩……!?
(相変わらずやる気ないというか何というか……)

 ベンチの円陣が解ける前に快音が響いた。

 先頭バッターの漆原礼がレフト線にツーベースを放ったのだ。

あ、これ点入りそう。

鈴ちゃんがんばってね。

ほ、ホントにもう出番なんですね……。
でも優ちゃんも準備しとかなきゃダメだよ。鈴ちゃんが燃え上がった時は消火してもらわんと。
うへー、マジか~。
まあそういうわけですから、優さんは外浦さんとブルペンに入ってください。
優先輩、よろしくお願いします!
うん。
(テンション低い……)
(――来ました!)

 神村青葉が相手の5球目を捉えた。

 打球が三遊間を破る。

 礼が一気に3塁を蹴ってホームに返ってきた。

 さらにバックホームの隙を突いて青葉が2塁を陥れる。青葉は、もし長打力がなければ1番で起用したいと緋田恵が考えていたほどのバッターだ。相手の隙は見逃さない。

(この4番もよく打つなぁ)
(8-1……。またコールド圏内に入っちゃった)
あ、岩見先輩の次って私じゃーん。ブルペンはあとだね~。
あ、優先輩……!
(あの自由さがちょっとうらやましいわ)

 岩見悠子は10球粘ったものの、最後は外角の緩い球に体を泳がされてライトフライになった。

 そして6番の漆原優に打順が回る。

(完全に躱されたな。あとは優に任せるか……)
ふっふっふ……(点差を広げれば緋田先生も鈴ちゃんをなるべく引っ張るはず)
(この人、なんか笑ってるんだけど……)

 優は初球をいきなり叩いた。

 痛烈な打球がセンター前に転がっていく。

よっしゃ!
おっとっと。

 青葉は3塁を回ったところでストップした。

 外野がやや前に出てきていたためにホームに返れなかったのだ。

えー、そこは突っ込もうよ青葉ちゃーん!
そんな無茶言われましても……。
(いや突っ込んでもアウトでしょ、今のタイミングじゃ……)

 相手にまで呆れられる優だった。

 これでワンナウト1、3塁。

っしゃ、朝山さんのためにも大量点狙いますか!
 しかし赤羽夕日は外角のボール球に手を出してファーストのファールフライに倒れた。
(しまった、力んだかな)
(もう1点……いや2点ほしいな。継投させられないためにも)
代打をお願いします。
 緋田恵が主審に選手交代を告げる。
裾花清流高校、バッター新海さんに変わりまして松原さん。
(エースを降ろすの!?)
(悔しいけど、この展開じゃ仕方ないよなぁ……)
貴重な経験ですよ。三振を恐れずに振ってきてください。
はいっ!

 松原雅が左バッターボックスに入った。

 緋田恵は澪のところで誰を代打に出すか、最初から決めていた。

 上級生が9人ちょうどなので、交代する選手は必然的に1年生になる。そして、この一週間の練習で、一番打撃の調子が良さそうな新入生が雅だったのだ。

ちぇー、一番乗り取られちゃったなー。
この流れだと鈴ちゃんが最初に出場する1年生になると思ったけど……。
最初じゃなくてホッとしたかも……。
いや、それ嬉しそうな顔で言っちゃダメなやつ……。
ツーアウトだし落ち着いていこー!
 花岡里香が声をかけてから座った。
(よーし、かっ飛ばすぜー!)
(打つ気満々って感じ。甘い球に注意ね)
(了解)

 戸河雪菜が初球を投じた。

 外角のストレートに主審の右手が挙がった。ストライク。

(行ける!……気がする!)

 雅はバットをピタリと静止させた状態で待つ。

 戸河雪菜が2球目を投げてきた。

 真ん中から左バッターの内側へ食い込んでくるスライダーだ。

とう!

 雅は右足を外側に踏み込んで打ち返した。

 すくい上げた打球がライト線へ飛んでいく。

 ライトが取り切れずボールがグラウンドに落ちた。

 ツーアウトなのでランナーは打球の行き先に関係なくスタートしている。3塁の青葉が悠々と、1塁ランナーの優も持ち前の俊足で一気に戻ってきた。

 バッターの雅もセカンドベースまで到達する。

やば……打てちゃった。
雅ちゃんナイスー!
優、すごく嬉しそうだね。
どれだけ投げたくないのって感じだわ……。
あわわ……もうすぐ出番が……き、緊張で胸が痛くなってきた……。
 澪はベンチに座って仲間の様子を見つめていた。
(私と、優ちゃんと、鈴ちゃん……この3人で守りを作っていくのね)
鈴ちゃん、ちょっとくらい炎上しても大丈夫だからね! 自信持っていってね!
ゆ、優先輩ぃ……私ホントにここでやっていけるんでしょうか~…………。
(この3人で……ね)
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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