今こそあのボールを使う時!

文字数 1,925文字

山京学園 3|3

裾花清流 3|3

(しまった!)

 鈴は2イニング目のマウンドに上がった。

 バッターは8番キャッチャーの帯刀(おびなた)友里(ゆうり)からだ。

 その友里を3球目のカーブでセカンドゴロに仕留める。

ナイスセカンド!
鈴ちゃんもナイスピッチ~! ワンナウトね!
(絶対に打ってやる)

 打順は9番の白山水穂に回った。

 右打席に入った水穂は小さく構えた。

 身長は低い方だ。

 小さく構えると投手はストライクゾーンが狭くなったような印象を受け、投げづらくなったりもする。

(朝山さん、水穂は変化球打つのがうまいよ)
ストライクスリー!
(……って、心配するまでもないか)
ううう……。
 水穂に対し、鈴と悠子のバッテリーはストレート主体に攻めて、最後はインコースのまっすぐで見逃し三振を奪った。
(よし、ツーアウト! 今度こそ0点で切り抜けるぞ!)

 山京学園は初回からガンガン振ってきた。

 躊躇ないスイングに圧倒された鈴は、勢いに飲まれてしまった。

 同じことを繰り返してはいけない。

 試合の中で自分を立て直すことも、投手の能力の一つなのだから。

1番、ショート、小林さん。
(さっきは勢いで振っちゃったけど、今度は確実に行くわ)
(この回を三人で切れれば勢いつくんだけど、どうかな……)
 鈴はストレートから入ってストライクを奪うと、次はカーブを使った。これは外にはずれてボール。
(カーブもう一つ)
(はい!)

 ここまでコースを散らしてきたので、あえて同じコースで勝負に行く。

 しかし小林歩夢(あゆむ)は迷いなくついてきた。

 外の球に合わせると、鋭いライナーがファーストを襲った。

くっ――!

 打球はファーストのやや頭上。

 夕日がジャンプしてファーストミットを伸ばすが、わずかに届かない。

 ライト前ヒットになった。

ああ……。

 またも三人で切れず、鈴は思わず嘆いた。

 三者凡退にできれば自分もリズムに乗れずはずだと、鈴は考えていた。

 相手も簡単に、思うようにはさせてくれない。

ツーアウトだ! 次で切ろう!
慌てないでマイペースにね~!
(そ、そうだよ。次のバッターをアウトにすれば大丈夫!)

 そして快音が続いた。

 2番、新郷(しんごう)未来(みらい)が三遊間を破るヒットで出塁。ツーアウトながら1、2塁の形を作って、キャプテンの九条真帆を迎えた。

(ここで点を挙げておかないと嫌な流れになる……)
(つ、次こそ!)

 鈴の投じた初球のシンカーを、九条真帆が振ってくる。

 すくい上げるような形で打球が上がった。

 サードとショートとレフト、ちょうどその中間点あたり。半身で下がっていく美晴が完全に遅れていた。

奈緒せんぱーい!
届け――!

 ふらふらと落ちてくるボールに奈緒がダイビングキャッチを試みる。

 ――しかし、これもわずかに及ばず、ボールが芝生を叩いた。

くそ! あとちょっとだったのに……。
今のは難しいところでしたから……。

 打球が落ちる間に、2塁ランナーがホームに返っていた。

 4-3と、裾花清流は再びリードを許す。

(あと一人が、どうしても……)

 ツーアウトから連打で失点。

 1回と同じ流れになってしまった。

4番、レフト、百瀬さん。
おっし、もう1点もらうぜ。
(変化球の精度自体は悪くないんだけど……これが全国クラスの打線ってことか……)
 悠子はバッターの構えを見て、決心した。
(シュート使うよ!)
(つ、ついに……)

 左バッターの百瀬杏に対し、悠子は外角に構えた。

 まだ公式戦では一度も使ったことがない変化球。

 結果は想像もつかないが、開き直って投げるしかない。

(よーし――行けっ!)
 鈴は全力でシュートを投げ込んだ。
(真ん中!)

 杏がフルスイングしてきた。

 キン、と音がした直後、バシッという音が起きた。

あれ……?
は、速かった……。

 痛烈なサードライナーは美晴の正面に飛び、グローブに収まっていた。

 美晴は一歩も動くことなく、ほとんど反射でグローブを出しただけ。そのくらい杏の打球には速度があった。

オッケー、最小限で済んだぞ! 戻ろう!
は、はい!
4番を抑えられたのは大きいわね。1点ならすぐに取り返せる。
……攻撃はお任せします。

 奈緒、礼、美晴に背中を押されて、鈴はベンチに戻った。

 反対側では、山京学園の選手が守備に出ていく。

調子悪いの? 見た感じ、もっと飛ばせそうなボールに見えたけど。
 エースの雪原風日(かざひ)が不思議そうに訊いてくる。
いや、そんなんじゃないよ。あれは……なんだったんだろうな。
まっすぐじゃなかったの?
外に逃げてった気がする。でもシンカーには見えなかった。もしかしたら……。
隠していた切り札を出してきたのかもしれないわね……。
 風日が重たい声でつぶやいた。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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