サンライズ・バッテリー

文字数 2,237文字

では、審判は私が担当します。

頑張ってくださいね。

 監督がホームへ行き、入れ違いで朝陽がマウンドにやってきた。

先輩は左バッターだから鈴ちゃんの球の出所が見やすいはず。変化球勝負になると思う。

そうだね。

でも、できれば初球はまっすぐで様子を見たいんだけど……。

うん、いいよ。

先輩も一球で終わりにはしないだろうし。

じゃ、お願いね!
任せて!
 朝陽はホームまで小走りで移動する。
よろしく。
こちらこそ、よろしくお願いします!
 マスクをかぶって、朝陽は構えた。
(……じゃ、まずは外のまっすぐで)
(よーし)

 鈴はモーションに入る。

 1球目。

 外を狙った球が真ん中に入った。

 礼のフルスイング。

 快音が響き、ライトへ鋭いライナーが飛んだ。

 しかし、ギリギリ線を外に割ってファールとなった。

……ちょっとタイミングが早すぎたみたいね。
(あ、危なかった……。鈴ちゃんのストレートがもうちょっと速かったら右中間破られてたな……)
(力みすぎちゃった……。私の武器は球速じゃない……落ち着こう。深呼吸、深呼吸……)
(スー、ハー、スー、ハー)
(そうそう、自分のペースを作ることが大切だよ!)
(もうまっすぐは使ってこなさそうね)
(それじゃ、次はこれだよ)
(オッケー!)

 鈴の2球目。

 サイドスローから左バッターの外角に外れたボール――。

(――――!?)
 ボールが大きく曲がってキャッチャーミットに収まった。
ストライク!

……驚きました。

よく曲がるカーブですね。

(ただ抜けただけかと思った……。これは、思ったより手強そうね)
(今のは効いたはず。次も外だよ)
(……この先輩なら、そこまで読んできてもおかしくないね)

 朝陽のサインに鈴は頷いた。

 足を上げて3球目を投じる。

 外角に緩いボールだ。

(――2球連続!)
 礼がバットを出す。
あっ――

 ガッ、と音がしてファールになった。

 ボールは礼のバットの先端ギリギリに当たって三塁線に弱々しく転がる。

(ただのスローボールだった……。カーブを意識しすぎたみたいね)
(完全にカーブを待ってる感じだったな。今ので空振りが取れたら最高だったんだけど……)
(このコンビネーションでけっこう三振取れたのに……。やっぱり中学と高校じゃ違うんだ)
(追い込んでるし、まだ余裕はある。カーブいくよ)

 鈴はこくっと頷いた。

 4球目を投げ込む。

 今度は真ん中から左バッターの足元に落ちていくカーブ。

 礼は軽くバットを寝かせた状態で見送った。

ボール。
(全然反応なかった。完璧に見切られてたな)
(まだ1ボールだし、こっちが有利だよね)
(外へもう一回、まっすぐちょうだい)
(こくっ)

 5球目は外角低めにストレートだ。

 礼はピクッと反応したものの、きっちり見送った。

 判定はボール。

 これで2-2。

 平行カウントになった。

(今のストレートは陽動っぽかったわね。まっすぐも意識させておいて、結局は緩い球を投げてくる。そんなところかしら)
(できれば次で決めたい。――これ!)
(よ、よーし)

 鈴は深呼吸して、暴れる心音を押さえつける。

 セットポジションを取り、今までより数秒長く間を置く。

 そしてモーションに入った。

 外角に緩いボール――

(来た、カーブ――)

 礼がスイングする。

 だが、バットから音は響かなかった。

なっ……!?

今のは――

シンカーです、先輩。

鈴ちゃんの決め球って実はカーブじゃないんです。

変化量が大きいからみんな決め球だと思うみたいですけど、逆方向に曲がるシンカーのための布石なんです。

 右投げの場合、カーブはピッチャーから見て左へ曲がりながら落ちていく。

 対して、シンカーは右方向に曲がる。

 左バッターの礼からすると、外へボールが逃げていく形になるのだ。

はい、バッターアウト。

まさか朝山さんが勝つとは思いませんでした。

……すみません。

後輩に情けないところを見せてしまいました。

礼さん、それは違います。

朝山さんの投球、外浦(とのうら)さんのリード、どちらも見事だったのです。二人とも充分、高校で通用するでしょうね。

……そうですね。

一緒に戦えるのが心強く思えます。

 朝陽が走ってきた。

鈴ちゃーん、すごかったよ!

最後のシンカー完璧だった!

そ、そう?

よかった……。

自信になるね!

……うん!

サンライズ・バッテリーの勝利!

おや、なんです? その名前は。
あ、えっと、私が朝山で外浦さんの名前が朝陽なので、サンライズ・バッテリーって呼ばれてたんです。朝の山に日が昇るっていう感じで。

なるほど。未来の明るそうなネーミングですね。

今後の活躍、楽しみにしていますよ。

 鈴と朝陽は同時に「はいっ!」と返事をした。

礼ちゃん、負けちゃったねー。

ぶっちゃけ、ちょっと手加減してた?

してない。

私は本気だったわ。最初の一撃で決めるつもりだったし。

あの子……外浦さん? なかなかいいリードだったね。

朝山さんもちゃんと応えてみせたし、負けても仕方ないよ。

まあできれば先輩の実力を見せつけてほしかったけど、あの変化球見せられたらそうも言えないわな。
ふふ、大きな戦力になりそうで安心したわ。これで中継ぎ陣の不安もとりあえずは解消ね。
 3年生5人はそれぞれに発言した。
1年生があと何人来るかわからないけど、早めにピッチャーを確保できたのは収穫ね。みんな、あんまり厳しいことを言い過ぎないように。
一番心配なのは奈緒ちゃんだねー。怒鳴っちゃいかんぜ?
おいこら桜、人がいつも怒ってるみたいな言い方をするな!
いや、そういうのがダメなんだって……。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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