四強を賭けて
文字数 4,317文字
蒸し暑いグラウンドに快音が響いた。
低いライナーを、赤羽夕日がダイビングキャッチする。
新海澪は、大きく息を吐いて汗を拭った。
夕日からボールを受け取り、澪はロージンバッグに手をやった。
そっと、電光掲示板に視線を送る。
裾花清流 002 0|2
真修館 110 |2
ベスト4を賭けた準々決勝が、上田県営野球場で展開されていた。
現在、4回ウラ。
ツーアウトでランナーは3塁だ。
今のファーストライナーが抜けていれば勝ち越しを許していた。
第一打席で、澪は4番波河にホームランを打たれていた。
長打力があるのはわかっていたが、予想以上に飛ばされてしまったのだ。
甘いボールは見逃してくれない。
澪はアウトコースいっぱいを意識して投げ込む。
初球はストライク、2球目のスライダーはファール。
追い込んだが、慌てず、外に逃げるスライダーで空振りを誘う。しかしまったく乗ってこない。
二つ外れてカウントは2-2になった。
澪は渾身のストレートをインコースに投じた。
いいボールが行った。低めいっぱい。
波河は窮屈そうにスイングした。
それでも鋭い当たりになった。
波河の当たりはサードライナーに終わり、チェンジになった。
裾花清流の守備陣が戻ってくる。
これまでの二試合より気温が高かった。
みんな噴き出す汗を拭っている。
事前に情報は得ていたが、裾花清流は真修館のエース、今崎
球速はそこまででもないが、インコースギリギリを徹底的に突いてくる投球の糸口を見いだせない。
3回には礼の2点タイムリーが飛び出したが、今日はまだ長打が出ていない。
今崎史織はじっと奈緒を睨んだ。
奈緒も負けじと睨み返す。
史織が初球を投げた。
インコースいっぱいに決まって球審の右手が挙がる。
またもインコースのストレート。
奈緒がスイングするが、根っこに当たってファール。
今崎史織は、デッドボールを恐れずどんどん内に投げ込んでくる。裾花清流はこの制球力に押し込まれていた。
史織の3球目。
緩いボールが内角、ストライクゾーンに入ってくる。
奈緒はスイングにいったが、バットが空を切った。
主審が「ストライクスリー!」とコールする。
二人が話している間に、桜がセカンドゴロに倒れた。
これもインコースのボールに詰まらされた形だ。
真修館は経験豊富な3年生が多く並んでいる。
澪は持ちこたえている方だ。
2(左)勝井美加 左打 3年
3(中)五藤弓 左打 2年
4(右)波河桃絵 右打 3年
5(一)西森千鶴 右打 3年(主)
6(投)今崎史織 左打 3年
7(遊)門田円香 右打 3年
8(捕)古瀬真悠 右打 3年
9(二)北川理江 左打 2年
千鶴の声に気合いが入った。
負けられないのは真修館も同じだ。
昨年の夏は、決勝まで駒を進めながら山京学園に敗れた。
ベンチ入りメンバーは、みんなその悔しさを覚えている。
今年こそ優勝し、神宮へ行く。
そのために一年間、必死に練習してきた。
澪は外のスライダー、ストレートと投げて1-1とする。
3球目にストレートを続ける。
ここで西森千鶴が踏み込んできた。
千鶴は逆らわずライト前に打球を運んだ。
先頭打者が出塁、真修館のベンチが盛り上がる。
スタンドの応援団も大声援を送っている。
裾花清流のスタンドとは規模が違った。吹奏楽部の人数も、ベンチ外の選手のメンバーも多い。その分、音の迫力が桁違いだ。
6番、今崎史織は監督のサインを見る。
――行け、だった。
攻めのピッチングを得意とする史織は、バントより打ちたい派だった。
送りバントが必要な場面でも、できることなら打たせてほしいと思っている。
澪は、左バッターの史織に対し外角を攻めていく。
ボールが二つ続いたが、コーナーは突いている。3球目のストレートでストライクを奪い、次のボールをファールにさせて追い込んだ。
史織はインコースを打つのも得意だった。
しかし、裾花清流バッテリーは徹底してアウトコースを使う。
5球目。
外角低めいっぱいにチェンジアップが落ちる。
史織がスイングして速い打球が飛んだ。
三遊間への打球を、奈緒が逆シングルでキャッチ。
身をひねってセカンドへ送球する。2塁フォースアウト。
すかさず桜がファーストへ送ってダブルプレーが完成する。
今度は裾花清流のスタンドが大盛り上がりだ。
真修館のメンバーは試合映像を見て、一ノ瀬桜、天城奈緒の二遊間コンビの脅威をよく理解していた。
それでも、実際に好プレーを見せつけられると気勢を削がれる。
今崎史織のピッチングにも熱がこもった。
礼、青葉を立て続けに内野フライに打ち取る。
鈴がそう考えた時、悠子がインコースのストレートをレフト前に引っ張った。
ツーアウトながら、久しぶりに会心の当たりが出た。
史織が牽制球を送る。悠子がさっと戻った。
それでも気になるのか、もう一つ牽制を入れてきた。
盗塁する気はまったくない。
これは悠子ができる最大のリードだった。
大きく出て、刺せるかもしれないとピッチャーに思わせる。注意を自分に向けて、バッターへの集中力を失わせる。
少しでも優の助けになりたかった。
ふー、と息を吐き、史織がモーションに入った。
インコースへのストレート。
だが、これまでよりほんのわずかに中へ寄った。
優はそのわずかを見逃さない。
金属音が響いた。
打球が右中間へ飛んだ。ライトが追いつくか微妙な位置だ。
ライトが追いついた――が、打球はワンバウンドでグローブに入った。
フェアだ。
ツーアウトなので悠子は迷いなく走っていた。
セカンドベースを回って一気にサードを狙う。
視界には三塁手の長村
長村はグローブを構えている――。
皐月がスライディングしろとジェスチャーをよこしている。
悠子が足から滑り込む。
――サードの長村が悠子の正面に入ってきた。
鈍い音がして、悠子と長村怜奈が交錯した。
ライトからの送球が逸れ、取りに行った長村のところに悠子が滑り込んできたのだ。
タイミング的にはアウトだったが、長村がボールをこぼしていた。
塁審が「セーフ!」とコールする。
3塁塁審が「タイム」を宣言した。
長村がどいても、悠子は仰向けに倒れたままだった。
塁審がしゃがんで声をかけている。
澪と鈴、ピッチャーの二人がベンチを飛び出した。
全員が出ようとしたが、礼が止める。
恵の言う通り、バックネット裏からドクターが出てきて走っていった。
場内は異様なざわめきに包まれ始めた……。