エースとキャプテン

文字数 2,381文字

山京学園 310 000|4

裾花清流 330 010|7

 乱打から始まった試合も、とうとう最終回を迎えた。


 山京学園は1番からの好打順だ。

 投球練習を終えた新海澪は、マウンド上で深呼吸して気分を落ち着かせる。

(創部以来、山京学園に勝ったことはない、か……)
(今日こそ、歴史を変えてみせる)
いいか、自分だけでなんとかしようと思うな。どんな形でも、まずうしろにつないでいけ。

 引木監督の言葉に、山京学園ナインが勢いよく返事をする。

 先頭バッターの小林歩夢が打席に入った。

(今日の澪は一番いい状態だ。絶対に勝つ。勝ってみせる)

 悠子は内角に構えた。

 初球、インコースへのストレート。

(うっ)
 パァン! とすさまじい音がして、ボールがミットに収まる。ストライク。
(膝元いっぱいにこのストレート……でも……)
(もう一回。詰まらせるよ)
(また内角低めね)

 2球目も同じコースにストレートが走る。

 小林歩夢が振ってきた。

 やや窮屈なスイングだが、速い打球がサード横へ飛んだ。

はっ!

 水崎美晴が飛びついて打球を押さえる。

 すぐ立ち上がって、持ち前の強肩でファーストへ送球。

アウト!
や、やった……!
いいぞ美晴! ナイス!
いってぇ~……やっぱ美晴の送球って威力おかしいわ。

 夕日から桜、奈緒、美晴へと軽快なボール回し。

あと二つ、一気に行きましょう!
そうね、ありがとう!
(まだよ……)
(まだ跳ね返せる……)

 山京学園のベンチからも懸命な声援が飛ぶ。


 大声援を背に受けて打席に入った2番・新郷未来だったが……。

ストライク! バッターアウト!
 ――澪の操るストレートとスライダーのコンビネーションに翻弄され、空振り三振に倒れた。
(ツーアウト……)
(とうとう、ここまで来た……)
あ、アサちゃん、いよいよあと一人だね!
でもここから中軸だし、油断はできないよ。
3番、セカンド、九条さん。
……(あんず)
おう。
必ず、あなたに回してみせる。だから準備しておいてよね。
ああ……頼むよ。

 九条真帆が打席に向かう。


 3年間の練習の日々が思い出された。

 苦しい思いの方が多かった。

 それでも、試合に勝てれば嬉しかった。

 監督の交代でチームの歯車は狂ったが、それでも野球が楽しいという気持ちは変わっていない。

(私はまだ、みんなと野球がしたいのよ)
(ここでキャプテンか。何が何でもつないでこようとするだろうな)
(心配しないで。慎重にいくわ)

 悠子が外角に構えた。

 澪が九条真帆に対して初球を投げる。


 チェンジアップが外、膝の高さに決まってストライク。


 1球ごとに球場は大きくざわめく。

(スライダーで空振り取りたい)

 2球目。

 外角低めのスライダーに真帆が手を出す。

 バットの先端に当たってファール。


 バッテリーは2球で追い込んだ。

(真帆、負けるな……私にももう一回チャンスをくれ)
(私はこのチームのキャプテン。逆転の足がかりを作るのが、今の私の仕事……)
(あと、ストライク一つで勝てる)
…………。
…………。
(私はこのチームのエース。みんなに助けてもらった分を、今ここで返す)
(さあ来い。絶対にとらえる)
(行くわよ。今日最高のストレートを、ここで)

 澪がモーションに入る。


 遊び球はない。3球勝負。


 しなやかなフォームから全力のストレートが投じられる。

(いける――!!)
 スイング。
きゃっ……!?

 強烈なピッチャー返し。

 澪がグラブを出したが、土手の部分に当たって跳ね返る。


 打球がはじけて、マウンドとホームのあいだに転がった。

真帆、走れッ!!
内野安打あるよ!!
(わかってる――!)

 1塁へ全力疾走する真帆。


 一方、澪もマウンドを駆け下りる。

(まだ間に合う!)
私に任せて!!
えっ、悠子――?

 悠子の方が、澪より先に動いていた。

 転がったボールを素手で掴み、投げる。


 弾丸のような送球が1塁へ飛んだ。


 バシッ!――という音が響いたのと、真帆が1塁へヘッドスライディングしたのはほぼ同時だった。

き、際どい……!
どっちだ……?

 1塁塁審が一歩前に踏み込む。


 握り拳が、勢いよく前に振り下ろされた。

アウト――――ッッ!!
あ……。
あ……。
アウトだあああああっっ!! 勝ったぞおおおおおおっっ!!!
勝った!! 山京学園に勝った……!!
ひゃー、やっちまった! まだ歴史は更新を続けるッ!
優、言葉づかいおかしくなってんぞ~?
ミオっちナイスピッチ!! マジでありがとう~!!
か、勝ったのよね……?
そうだぜ! 決勝進出だ!!
みんなお疲れさま。最高の試合だったわ。
へーい姉貴~、テンション上がってんでしょ? もっとはじけちゃいなよ!!
まあ、球場を出てからね?
やっと、勝てたのね……。
澪、お疲れさま。最高のストレートだったよ。
悠子……。
悠子っ!!
おっと。
わお、熱いハグですな!
よかった、私、本当にこのチームで野球ができてよかった……!
はいはい。まだ決勝あるからね? ついでに神宮まで行っちゃう予定だからね? ここで満足しないでよ。
それでも、嬉しい……!
せんぱーい!!
やりましたね!!
みんなのおかげよ! ありがとう!

 狂喜する裾花清流。


 一方で、九条真帆は1塁から立ち上がれていなかった。

 ヒットなら打順が回ってくるはずだった百瀬杏と、帯刀友里、雪原風日が彼女を起こしに走った。

ごめんなさい……。
全力は出し切ったんだ。よくやったよ。
そうだよ。悔しいけど、胸張って帰ろう?
まったく、真帆は負けても泣かないと思ってたのに。さ、立ってみんなを整列させなきゃ。
そう、ね……。

 裾花清流の歓喜の輪が解ける。

 山京学園のメンバーがベンチからゆっくり出てくる。


 両チームが、ホームに並んだ。


 勝った方にも負けた方にも、笑顔や涙があった。たくさんの感情が入り乱れていた。

7対4で裾花清流高校の勝ちです。――では、終わります!
ありがとうございました!!
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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