オーダーを組み替えます

文字数 2,405文字

~♪
鈴ちゃん、なんか楽しそうだね。
悠子先輩が元気そうで安心したから……。

 翌日の裾花清流高校、女子野球部の部室。

 昨日の試合で負傷退場した岩見悠子だったが、今日は普通に登校してきた。今は緋田恵のところに顔を見せに行っている。

ホントよかったよね。大事にならなくてさ。
明日の試合も出られるそうよ。朝陽ちゃんはちょっと残念?
山京学園ですし、悠子先輩じゃなきゃダメですよ。
 部室のドアが開いた。
ただいま。明日は問題なく出られるって先生に報告してきたよ。
ただの脳震盪だったの?
うん、一時的に意識飛んだだけ。他には何も影響なし。
そいつはよかったぜ。やっぱイワミーいないベンチって違和感あったからね~。
でもなんかおかしいなって感じたらすぐ言ってくれよ? いきなりバタッといかれたらびびるから。
もちろん、迷惑はかけないよ。――それより夕日、新聞にでっかく出てたね。
いやぁ、びっくりでした。ちょっと恥ずかしいっすけどね。

 真修館戦は夕日のタイムリーヒットが流れを大きく引き寄せた。

 創部史上初の準決勝進出ということもあって、地元新聞のスポーツ欄には夕日が打った瞬間の写真が大きく掲載されていた。

クラスの反応はどうだった?
めちゃくちゃ話しかけられたよ。男子野球部の奴からも「すげーじゃん」とか言われてさー。
夕日ちゃんはこの大会、めっちゃ当たってるよね。ホームランも打ったし。
ピンチでいい感じに声かけてくれたりね。
できることをやってるだけだよ。ほら、今までは足引っ張りまくってたし。
 ドアがノックされた。
皆さん、準備できましたか?
はい、大丈夫です。
練習の前に、職員室のテレビで山京学園の試合映像を確認します。今から集まってください。

 恵のあとについて、野球部全員が移動する。

 職員室では、教師陣がテレビから離れてスペースを作ってくれていた。

新聞部と一緒に、重要なシーンを集めてみました。まず守備を見てください。
あ、これは昨日の諏訪水照戦ですね。
新田さんたち、負けちゃったんだよね。
 山京学園の右腕、雪原は速球とフォークを使い分け、バッターから次々に空振りを奪っていく。
このフォーク、落ち方がえぐい。
これは相当よく見ていかないと打てないぞ。
でも、まっすぐは美咲……開桜の川船さんほどじゃないわね。うちなら充分、ついていけるレベルだと思う。
エースはこんな感じですね。それから、重要なのはこれです。

 恵が画面を切り換える。

 諏訪水照の攻撃、ノーアウトランナー1塁。

 バッターは送りバントの構えをしている。

 ここでサードがかなり前進してプレッシャーをかけている。結果的にバントはピッチャー正面に転がってセカンドでフォースアウト。

同じような場面がもう一回あります。
サードのプレス、きついね。これはバントしづらいわ。
ピッチャーのフィールディングもいいから、ファースト側に転がってもすぐさばかれちゃいますね。
あと、ランナー2塁の時です。

 諏訪水照のバッターがファースト側へ送りバントするが、猛ダッシュしてきたファーストが捕球してサードへ送る。セカンドランナーがこれで刺された。

 諏訪水照は計三回、送りバントに失敗しているのだ。

二回戦も確認しましたが、バント対策が完全に確立されています。明日の試合でも同じようにランナーが封殺される可能性は高いですね。
じゃ、じゃあどうするんですか?
そこで、対山京学園専用のオーダーを考えました。明日は超攻撃型打線で挑んでみようと考えています。今から発表するので、遠慮なく意見を聞かせてください。
(専用オーダー……!)
(中学じゃ一回も聞いたことない単語だ……)
 恵はオーダーを読み上げた。

1 一ノ瀬桜(二)

2 漆原礼 (左)

3 神村青葉(中)

4 岩見悠子(捕)

5 漆原優 (右)

6 赤羽夕日(一)

7 朝山鈴 (投)

8 天城奈緒(遊)

9 水崎美晴(三)

私が2番……ですか?
(4番……)
(なんか打順上がってる……)
あ、あの、先発が私になってるんですけど……?
ここまでの3試合を見て、山京学園も新海さんが完投できない状態にあると理解しているはずです。そこであえて、順序を逆にします。朝山さんから新海さんへのリレー。状況に応じて優さんに投げてもらう、という形ですね。
でも、代わったあと私が必要以上に球数を食った場合は……。
そのための保険が私ってことじゃないですか。
ああ、そうね……。
山京学園はここまで速球派の投手と戦ってきているので、最初に朝山さんをぶつけることには意味があるはずです。
礼が2番なのにも意味が?
礼さんは状況に応じた打撃ができて、さらに長打もあります。プレスにはかまわず強攻でいきましょう。それから下位打線ですが、天城さんが出たら水崎さんにはバントを狙ってもらいます。2番がセオリー通りに送ってこなければ、守備にも迷いが出てきます。そこを確実に転がして、また上位へ回す。すると一ノ瀬さん、礼さん、神村さんと長距離打者につながっていきますからね。
(なるほど……これが山京学園対策!)
面白いと思います。私はこれで戦ってみたいです。
わたくしも、3番というのは初めてなのでやってみたいです。
あたしもこれでやりたいでーす。
(ここまでずっと固定オーダーだったし、向こうも直前で戦略を立て直さなきゃいけなくなる。精神的に優位に立てるかも……)
朝山さん、先発マウンド、お願いできますか?
は、はい! 全力でいきます!
……その返事を聞けて安心しました。では、練習に移ります。新しい歴史を作ったとはいえ、まだ上はあります。どうせなら行けるところまで行ってしまいましょう。
 恵の言葉に、全員が「はい!」と勢いよく返事をした。
(山京学園相手に先発……)
 鈴は、朝陽と並んで職員室を出た。
(こんな機会、めったにないんだ。チャンスだと思って投げなきゃね)

 鈴に恐れはなかった。

 全力をぶつけること。

 それだけを考えて、グラウンドへ向かった。

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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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