奮起する下級生たち

文字数 2,425文字

悠子先輩、大丈夫ですか!?
う……。

 倒れたままの悠子は、小さな声で唸るだけだった。

 目も閉じられたままだ。

 ドクターが駆けつけてきて様子をうかがう。

どういう風になったかわかりますか?
ボールが逸れたので、私が取りに行ったんです。ちょうどそこに……。たぶん、私の肩と岩見さんの顎がぶつかりました。
 真修館のサード、長村怜奈(れな)が説明した。
すると……脳震盪を起こしてるかな。担架が必要だな。

 すぐに担架が用意された。

 悠子は係員に三人がかりで持ち上げられ、担架に乗せられた。

悠子、しっかり……。
…………。
おそらく、そこまで重傷というわけではないと思います。意識はすぐ回復するでしょう。
そうですか……。よろしくお願いします。

 鈴と澪は、運ばれていく悠子についていった。

結城さん、サードコーチャーをお願いします。広野さんを代走で3塁に入れます。
わかりました!
 まこがヘルメットを掴んでベンチを飛び出していった。
皐月ちゃん、代走お願いだって!
えっ!? わ、わたし……?
悠子先輩の分も頑張ろう!
そ、そうだね! わかった!
裾花清流高校、選手の交代をお知らせします。岩見さんに代わりまして、ピンチランナーは広野さん。
さあ赤羽さん、一本打ちましょう!
ういっす!
夕日、頼むわよ!
イワミーをベスト4の舞台に連れてこうぜ!
 夕日は頷いてバッターボックスに向かった。
(嫌な展開だな……。史織のピッチングに影響出なきゃいいんだけど……)
(バッターは7番か。確実に切ってやるわ)
っしゃ、行くぜ!
 夕日はグリップの真ん中を握って立った。
お、めずらしいとこ持ってるな。
長打より確実性を取りましたね。

 今崎史織が投げた。

 右バッターの内角いっぱいに決まってストライク。

(中断あっても影響はなしか……)
(これで打たれたら怜奈が責任感じるだろうしね)

 2球目。

 真ん中から内角低めへカーブが入ってくる。

 夕日は踏み込んだ。

 肘を畳み、強いゴロ狙いのスイングを仕掛ける。

(見える――!!)

 芯を食った。

 速い打球が三遊間を襲う。

ゴーゴー!

 まこが声を出し、皐月も同時にスタートを切っていた。

 打球はレフト前へ抜けていく。

 皐月がホームインして3-2。裾花清流がこの試合初めてのリードを奪う。さらにツーアウト1、2塁と変わった。

ただいまです!
おかえり~! やっと勝ち越したね!
夕日先輩……!
ホント、頼りになる子だわ……。
(そろそろロマン砲って呼ぶのやめた方がいいかな~)
(よし、悠子先輩の進塁を活かせた!)
(甘く入ったかな? あんな強い当たりされるとは思わなかった……)
松原さん、お願いしますよ!
もう1点取ってきます!
バッター、新海さんに代わりまして、松原さん。
(また5回でエースを降ろした……)
(やっぱ肩痛めてんだろ、あのエース)

 キャプテン西森、4番波河が裾花清流のベンチを見た。

 ここまでの二試合、試合展開に関係なく、裾花清流のエースは途中でマウンドを降りている。

 これは不可解な交代と言えた。

 真修館メンバーは新海澪の怪我を疑っていたが、この交代で確信を持った。

(この1年が打つんだよね)
(開桜のエースからも打ってるバッターだ。慎重にね)

 松原雅に対し、真修館バッテリーはインコースのカーブから入った。

 デッドボールすれすれからストライクゾーンいっぱいに曲がる変化球だ。

 雅はややのけぞるような体勢で見送ったが、ストライクになった。

(あそこから入るん? マジでコントロール良すぎじゃん)

 史織の2球目。

 雅はインコースの直球を狙ったが、一転してアウトコースにストレート。

 手が出ずに見送った。

 ツーストライクと追い込まれる。

(え、急に外……?)
(代打なら仲間から情報をたくさん聞いてるはず。インコース中心で来るって頭にあるだろうね)

 これで狙いが絞りにくくなった。

 それでも雅は落ち着いていた。

(今のは外を意識させるボールのはず。最後はインコースで来る)

 息を吐き、雅は構えた。

 今崎史織がモーションに入る。

 ――その瞬間、背後のショートがサード方向に寄ったのが見えた。

(あ――)
 反射的に、踏み込む位置を変えた。
(――外だ!)

 外角低めにストレートが来た。

 雅はそれを流し打った。

 やや先端。

 それでも打球が上がって、サード後方にポテンと落ちた。

やった、落ちたっ!

 まこが腕をぐるぐる回して優をホームへ突っ込ませる。

 優はサードを蹴って追加点を狙った。

 レフトからの返球が迫ってきたが、優の手がわずかに早かった。

「セーフ!」と主審が腕を広げ、会場が大歓声に包まれる。

す、すごいよ雅ちゃん! 打率十割!
お見事。センスのかたまりって感じね。
ふ~、返ってこれた~。
優先輩、ナイスランです!
ありがと。まあ真修館相手に1点リードじゃ怖いところあるしね。鈴ちゃんもちょっと気が楽になったでしょ。
はい! 落ち着いて上がれそうです!
(裏をかいたつもりだったんだけど……)
(相手が上だったか……)
さて、外浦(とのうら)さん?
はい!
ここからはリードを貴女に託します。自分の感覚を信じて、恐れずにサインを出していってください。
全力でやります。

 9番の奈緒はレフトフライに倒れ、スリーアウトになった。

 4-2と、裾花清流がリードした状態で6回ウラを迎える。

 ベスト4まであと2イニング。

 朝陽の公式戦最初の試合は、部の歴史がかかった重要な舞台でやってきた。

鈴ちゃん、あらためてよろしく。
うん、こちらこそ!
私、悠子先輩の分までしっかりリードするから、思いっきり投げてきてね。
わかった! よろしくお願いします!
なんで敬語なの?
んー、大切な試合だから? 野球部の記録もかかってるし、サンライズ・バッテリーの初勝利もかかってるし!
……そっか。絶対に負けられないね。
頑張って守り切ろうね。――じゃあ、行こう!

 ハイタッチを交わして、朝山鈴と外浦朝陽はベンチを出た。

 サンライズ・バッテリー、高校初の戦いが始まる。

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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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