初登板です!(VS上田第一)
文字数 4,184文字
上田第一 000 1|1
裾花清流 511 3|10
奈緒がインコースのストレートを詰まらせてセカンドライナーに倒れた。
スリーアウトチェンジ。
2塁ランナーの松原雅が返ればサヨナラコールドゲームだったが、そこまではいかなかった。
鈴は小走りでマウンドに上がった。
そこはなんだか、いつもより高く感じられた。
相手チームが自分を見ている。バックの先輩達も、自分を見ている。
両面からの視線がプレッシャーになって鈴にのしかかってくる。
自分に言い聞かせ、投球練習を始める。
悠子のミットをよく見て投げるが、思ったところに行かない。ブルペンでも、朝陽が構えた場所になかなかいかなかった。
高校野球の雰囲気にまだ慣れていないせいだ。しかし、同じ状態から結果を出す選手はいくらでもいる。言い訳は出来ない。
上田第一の6番西村は右バッターだ。
鈴のサイドスローは柔らかな肩と肘を使ってしなるように右腕を繰り出すので、右打者からすると背中側からボールが出てくるような感覚を受けるはずだ。
鈴はセットポジションから1球目を投じた。
指がボールの縫い目にうまくかかっていなかった。
ボールがすっぽ抜け、バッターの後方を抜けていく。悠子も取り切れず、ボールは転がってバックネットに当たった。
朝陽が声をかけた。
鈴が緊張している時には、常にこの声をかけてきた。
深呼吸で冷静さを取り戻し、そのあと肩を軽く上げ下げして、無駄な力を抜く。そうして二人は相手と戦ってきた。
鈴は深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせようとした。
悠子からサインが出る。
外のカーブだ。
鈴は指とボールを確認してからモーションに移る。
2球目を投げ込んだが、外に大きく外れた。ボールゾーンからさらにボールゾーンへとカーブが曲がっていく。
二遊間の二人が励ましてくれる。
鈴は背中を押された気がした。
3球目はストレート。
キャッチャーミットをよく見て投げたはずが、ホームベースの手前でワンバウンドしてスリーボールになった。
4球目。
カーブが外にはずれる。
鈴の表情は晴れない。
それを見た悠子が、あることを思い出した。練習中、朝陽から聞いた話だ。
悠子が戻っていく。
鈴の胸に渦巻いていた感情が、少しずつ晴れていくようだった。
中学時代、エラーで取られた点数は数え切れない。それさえなければ完封できた試合だってあった。最後の最後もエラーで終わっている。
それらの経験は、いつの間にか鈴の心の中に傷となって残ってしまった。
試合中のマウンドに上がったことで、過去が自然と蘇ってきて体が硬くなってしまった。
責任を押しつけあい、陰口を叩いて喜ぶような面々じゃない。
もっと明るくて、もっと楽しそうに野球をする人たちだ。
右打者の7番に対し、悠子がアウトコースのストレートを要求してきた。
鈴は頷き、クイックモーションに入る。
その手から離れたボールは勢いよく走り――バッターの腰に命中した。
主審がデッドボールを宣告する。
鈴はすさかず帽子を取って謝った。
クイックからのカーブ。
ボールコースからくいっと曲がったカーブが、外角いっぱいに決まる。主審の右手が挙がった。
やっとストライクが入ったのだ。
この1球が鈴に自信を呼び込んだ。
2球目は左バッターの膝元にストレート。悠子の構えたところに寸分違わず入ってこれもストライク。2球で追い込んだ。
横田がベンチを見てくる。監督は「行け!」のジェスチャーしか出さない。
強く息を吐いてボールを投げ込む。
3球目のカーブにバッターが合わせてきた。しかしタイミングがずれて、サードのファールゾーンにフライが上がる。
サードの水崎美晴がしっかりキャッチした。
美晴からボールが返ってくる。
ハキハキした声に、鈴はますます勇気をもらった。
悠子が、外野に前に来るよう指示を出す。
バッターの戸河雪菜は比較的小柄な右バッターだ。外野を越すパワーはないと判断したのだろう。
ランナーは1、2塁。
ヒットを打たれても2塁ランナーをホームまでは行かせないシフトだ。
サインを見て、鈴は頷く。
外角にストレートを投げ込む。バッターは見送ってストライク。
2球目。
クイックで鈴が投げ込む。
山なりに近い、緩いボール。
鈴は足を上げた。
しなる右腕から真ん中に緩めのボールが行く。
鈴のシンカーが右バッターのインコースに食い込む。
雪菜のバットはほとんど直感で出されていた。
スイングが、ボールを芯で捉える。
奈緒がサードへボールをトスし、2塁ランナーがアウトになる。
受けた美晴は間髪入れずファーストへ送球。見かけによらない強肩だ。ファースト赤羽夕日のミットが快音を響かせた。
鈴は、しばらく動けないでいた。
これまでの自分にはまったく縁のなかった連携プレー。それを味方がやってくれたことが信じられなかった。
奈緒の反応速度、取ってからトスまでの無駄のなさ、美晴のボール回し、強肩。
それらは、鈴の瞳に強烈に焼きついた。