初登板です!(VS上田第一)

文字数 4,184文字

上田第一 000 1|1

裾花清流 511 3|10

(このっ!)
くっ!

 奈緒がインコースのストレートを詰まらせてセカンドライナーに倒れた。

 スリーアウトチェンジ。

 2塁ランナーの松原雅が返ればサヨナラコールドゲームだったが、そこまではいかなかった。

あ~、惜しい! でも次の回を無失点で抑えればコールド狙えるね。
朝山さん、マウンドを任せますよ。打たれてもうしろに優さんがいますから、安心して投げてください。
は、はい! 行ってきます!
うしろには誰もおらんぞ~。
バカなこと言ってないでさっさと守備につきなさい。1年生にプレッシャーかけてどうするの。
裾花清流高校、代打いたしました松原さんに代わりまして、ピッチャー朝山さん。
(鈴ちゃん、頑張れ!)

 鈴は小走りでマウンドに上がった。

 そこはなんだか、いつもより高く感じられた。

 相手チームが自分を見ている。バックの先輩達も、自分を見ている。

 両面からの視線がプレッシャーになって鈴にのしかかってくる。

(……落ち着いて、いつも通りに、だよ)

 自分に言い聞かせ、投球練習を始める。

 悠子のミットをよく見て投げるが、思ったところに行かない。ブルペンでも、朝陽が構えた場所になかなかいかなかった。

 高校野球の雰囲気にまだ慣れていないせいだ。しかし、同じ状態から結果を出す選手はいくらでもいる。言い訳は出来ない。

サイドスローのピッチャーは去年いなかったわよね。1年生かな。
たぶんそうだね。球は遅いみたいだけど……。
でも、うちは向こうのエースのまっすぐに慣れてきてたから、遅いと逆に打てないかも。
とにかく、焦らず確実につないでいこう!
 上田第一のメンバーが「おー!」と声を合わせた。まだまだ勢いは落ちていない。
5回の表、上田第一高校の攻撃は、6番、センター、西村さん。
 悠子がマウンドまでやってきた。
どんどん打たせていこうね。力で勝負に行っちゃダメだよ。
はい! よろしくお願いします!
(うーん、ちょっと肩に力入ってる感じするなぁ)

 上田第一の6番西村は右バッターだ。

 鈴のサイドスローは柔らかな肩と肘を使ってしなるように右腕を繰り出すので、右打者からすると背中側からボールが出てくるような感覚を受けるはずだ。

(まずはバッターが入ってどうなるかだね。ストレートで調子を確認しよう)
(こくっ)

 鈴はセットポジションから1球目を投じた。

(あっ――!?)

 指がボールの縫い目にうまくかかっていなかった。

 ボールがすっぽ抜け、バッターの後方を抜けていく。悠子も取り切れず、ボールは転がってバックネットに当たった。

す、すみません!
いいよ。落ち着いてね。
鈴ちゃん、深呼吸だよ!

 朝陽が声をかけた。

 鈴が緊張している時には、常にこの声をかけてきた。

 深呼吸で冷静さを取り戻し、そのあと肩を軽く上げ下げして、無駄な力を抜く。そうして二人は相手と戦ってきた。

(スー、ハー……)

 鈴は深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせようとした。

 悠子からサインが出る。

 外のカーブだ。

 鈴は指とボールを確認してからモーションに移る。

 2球目を投げ込んだが、外に大きく外れた。ボールゾーンからさらにボールゾーンへとカーブが曲がっていく。

(お、おかしいな。あんなに外れるなんて今までなかったのに……)
ピッチャー打たせていいよー!
そうだー! どんどん来ーい!

 二遊間の二人が励ましてくれる。

 鈴は背中を押された気がした。

 3球目はストレート。

 キャッチャーミットをよく見て投げたはずが、ホームベースの手前でワンバウンドしてスリーボールになった。

は、入らない……。
腕が振れてないね。
あれだけガタガタだとちょっと気の毒だな……。
いやいや同情なんてしてる場合!? ほら茜、よく見て行きなさいよー!

 4球目。

 カーブが外にはずれる。

ボールフォア!
(鈴ちゃん……)
 見かねたらしく、悠子が再びやってきた。
大丈夫?
 鈴の予想に反して、悠子は明るい表情をしていた。
あんまり、大丈夫じゃないです……。
貴女には礼から三振取れるだけの力があるんだから、ここからだよ。
…………。

 鈴の表情は晴れない。

 それを見た悠子が、あることを思い出した。練習中、朝陽から聞いた話だ。

もしかして、エラーされるのが怖いとか思ってる?
いえ……そんなことは……。
わかりやすい嘘だね。
……ごめんなさい。私、エラーで何点も取られてきたので……。
よっぽどのトラウマになってるんだね。でもうちは大丈夫。物は試しと思って打たせてみなよ。きっちり処理してくれるから。
そ、そうですね。ピッチャーだけで勝負してるわけじゃ、ないですもんね……。
そうだよ! 貴女は思いっきり腕を振って投げてくればそれでOK。あとはバックに任せればいい。
が、頑張って腕振ります!
よし!

 悠子が戻っていく。

 鈴の胸に渦巻いていた感情が、少しずつ晴れていくようだった。

 中学時代、エラーで取られた点数は数え切れない。それさえなければ完封できた試合だってあった。最後の最後もエラーで終わっている。

 それらの経験は、いつの間にか鈴の心の中に傷となって残ってしまった。

 試合中のマウンドに上がったことで、過去が自然と蘇ってきて体が硬くなってしまった。

(でも、今の私のうしろにいるのは、中学のメンバーじゃない)

 責任を押しつけあい、陰口を叩いて喜ぶような面々じゃない。

 もっと明るくて、もっと楽しそうに野球をする人たちだ。

(やり直すんだ。ここから――!)

 右打者の7番に対し、悠子がアウトコースのストレートを要求してきた。

 鈴は頷き、クイックモーションに入る。

 その手から離れたボールは勢いよく走り――バッターの腰に命中した。

ターイム! ヒットバイピッチ!

 主審がデッドボールを宣告する。

 鈴はすさかず帽子を取って謝った。

(こ、今度は力が入りすぎた……)
大荒れだね。
この好機はものにするわよー!
 上田第一の8番、横田が「ういっす!」と返事をして左バッターボックスに入った。
(ぶつけたとはいえ、さっきの4球に比べれば吹っ切れた感じがしたな)
(鈴ちゃん、今うしろにいるのは頼れる先輩達なんだから恐れちゃダメだよ!)
 見つめる朝陽の腕にも力が入った。
(さて、左か。カーブ使えるかな)
 悠子が外角にカーブのサインを出す。鈴はこくっと頷く。
(行くぞー!)

 クイックからのカーブ。

 ボールコースからくいっと曲がったカーブが、外角いっぱいに決まる。主審の右手が挙がった。

 やっとストライクが入ったのだ。

(やった! 入った!)

 この1球が鈴に自信を呼び込んだ。

 2球目は左バッターの膝元にストレート。悠子の構えたところに寸分違わず入ってこれもストライク。2球で追い込んだ。

(あ、あれ? なんか立ち直り始めてない……?)

 横田がベンチを見てくる。監督は「行け!」のジェスチャーしか出さない。

キャッチャーになんかいい感じの言葉をかけられたみたいだね。
なんかいい感じって何……。
あのカーブは厄介だわ。追い込まれる前に打っていかないと。
ふっ――

 強く息を吐いてボールを投げ込む。

 3球目のカーブにバッターが合わせてきた。しかしタイミングがずれて、サードのファールゾーンにフライが上がる。

オーライ!

 サードの水崎美晴がしっかりキャッチした。

朝山さん、ナイスボール! ワンナウトッ!

 美晴からボールが返ってくる。

 ハキハキした声に、鈴はますます勇気をもらった。

9番、ピッチャー、戸河さん。
よし、私が返すよ。
(次から上位打線に戻るし、ここはちゃんと抑えなきゃ)
外野ー!

 悠子が、外野に前に来るよう指示を出す。

 バッターの戸河雪菜は比較的小柄な右バッターだ。外野を越すパワーはないと判断したのだろう。

 ランナーは1、2塁。

 ヒットを打たれても2塁ランナーをホームまでは行かせないシフトだ。

鈴はバッター集中ね!
はい!

 サインを見て、鈴は頷く。

 外角にストレートを投げ込む。バッターは見送ってストライク。

(あのエースに比べればかなり遅いけど……)

 2球目。

 クイックで鈴が投げ込む。

 山なりに近い、緩いボール。

(――カーブか!)
 雪菜はインコースを振りにいったが、バットの根元に当たってファールになった。
(しまった、ただのスローボールか……。でもこれでツースト。決め球はあのカーブのはず)
(じゃ、あれいこうか)
(……絶対に決めるぞ)

 鈴は足を上げた。

 しなる右腕から真ん中に緩めのボールが行く。

(――!? カーブじゃない!)

 鈴のシンカーが右バッターのインコースに食い込む。

 雪菜のバットはほとんど直感で出されていた。

 スイングが、ボールを芯で捉える。

あっ――
 速い打球が三遊間に飛んだ。
(抜けた――)
 鈴が振り返った瞬間だった。
よっと。
 三遊間に飛んだ打球を、奈緒がスライディングキャッチする。
間に合うぞ!
はい!

 奈緒がサードへボールをトスし、2塁ランナーがアウトになる。

 受けた美晴は間髪入れずファーストへ送球。見かけによらない強肩だ。ファースト赤羽夕日のミットが快音を響かせた。

アウトー!
オッケー、ナイスショート! ナイスサード!
 セカンドの桜が走ってきて、鈴の肩を叩いてベンチへ向かった。
鈴ちゃんもナイスピッチだったよ~!

 鈴は、しばらく動けないでいた。

 これまでの自分にはまったく縁のなかった連携プレー。それを味方がやってくれたことが信じられなかった。

(奈緒先輩、美晴先輩……!)

 奈緒の反応速度、取ってからトスまでの無駄のなさ、美晴のボール回し、強肩。

 それらは、鈴の瞳に強烈に焼きついた。

りーんちゃん、ベンチ戻ろうぜ~。
あっ、はい!
 ベンチに戻ると、朝陽が最前列で迎えてくれた。
ナイスピッチ!
あ、ありがと。
 鈴と朝陽は、しばしお互いを見つめ合った。
私、ここでやっていけるかなって不安だったけど、そんなの心配いらなかった。私は、ここじゃなきゃダメなんだって思ったよ。
私もそう思う! ここなら、中学でできなかった野球が絶対できるよ!
アサちゃん、ここに誘ってくれて本当にありがとね。
どういたしまして。――って、まだ試合終わってないんだし集中しよ! お話はそのあとで!
……うん!
よっしゃ~、ピンチのあとにはチャンスありだ~! コールド決めようぜ~!
あれ、絶対違う意味で言ってるよね。
気にしちゃダメだよ……。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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