一瞬の揺らぎを打ち抜く(VS諏訪水照)

文字数 4,196文字

さあ元気よく守りましょう!
おーっ!
向こうのキャプテンが吹っ切れたっぽいのはちょっと安心だけどさ、流れ的にうちら不利になってない?
とにかく狙い球を絞って攻撃していくしかないわね。
そうですね。三振を恐れず、思い切って一つの球種を狙っていくのも手でしょう。
そうは言いますけど、ストレートだと思って振ったらスライダーだったみたいなのが多くて……。
あの、いいですか。
凪、何かアイディアでも?
相手のエース、変化球を投げる時に一瞬のタメがあります。たぶんグローブの中で縫い目を確かめてるんだと思います。
おい、それ重要な情報だぞ。なんで黙ってたんだ。
気のせいかもしれなかったんです。本当にちょっとだけの差なので。でも、たぶん間違ってないと思います。

 裾花清流のメンバーが相手エース、佐竹智花を見た。

 打席には2番の美晴が立っている。

 智花はセットポジションから2球目を投げた。見送ってボール。

 3球目。セット、そして投げる。美晴がカットしてファール。

確かに一瞬、グローブの中でボールいじってるかも……。
すみません、タイムをお願いします!

 恵がタイムをかけて美晴を呼んだ。

 ただし監督はフィールドに出られなので、出て行ったのは礼だ。

美晴、2球目がストレート、今の球がスライダーで合ってる?
はい、合ってます。
どうも相手ピッチャーには癖があるみたい。変化球を投げる時、セットしてから一瞬縫い目の確認をするのよ。
……つまり、タメないでモーションに入ったらストレートってことですか?
確証はないけど、よく見ていってくれる?
やってみます。

 美晴がバッターボックスに戻った。

 カウントはツーボールワンストライク。

 まだ様子を見られる。

(この状況でどんな指示が……)
(セーフティーがあるかもしれませんね。少し前に出てみましょう)

 智花がセットする。

 一瞬の、間。

 モーションに移る。チェンジアップが来た。

 美晴は見送った。

 低めに外れてスリーボール。

(言われてみると、なんとなく間が違うかも……)

 智花が再びセット。

 すぐに足が上がった。

 ストレートが外角に決まってスリーツー。

(ストレート……ホントだ! まっすぐの時はタメがない!)
 美晴はこの発見に希望を見いだしたが……。
ショート!
オッケーっす!
 ツーストライクなので、ストライクゾーンに来た変化球は振らざるを得ない。最後はスライダーを打ってショートゴロに倒れた。
たぶん、今の発見は間違ってないです。
そう。攻略の糸口になりそうね。
でも意識してなきゃわからないくらいの差なので、考えてると反応が遅れちゃいます……。
わかった。だったら変化球は捨てていくわ。

 ネクストバッターサークルで情報を交換すると、礼が打席に向かう。

(要するに、すぐモーションに入ったらまっすぐだけを狙っていけばいいわけね)

 礼は相手の動きを注視した。

 セット。間。足が上がる。

 スライダーが外いっぱいに決まりストライク。

(……確かに、相当よく見ていないと気づけない)
 礼はベンチに目をやった。
…………。
(凪……。打席にも入っていないのによく気づけたわね。やっぱり貴女はいいプレーヤーだわ)
 礼はもう1球見送った。続けてスライダー。これがストライクになり追い込まれる。
(3球連続のスライダーは考えにくい。最後はまっすぐかチェンジアップ……)
(外へのまっすぐね)

 智花が3球目を投じた。

 礼はストレートを確信して踏み込んだ。

 鮮やかな流し打ちがレフト線へ飛んでいく。

 ラインの真上に落ちてフェア。

 レフトが回り込む間に、礼は2塁まで到達していた。

やった! 今日初めての得点圏っすよ!
みんなそろってポンコツ化してたからね。
あたしは出塁したぞ。
意地張らなくていいって。
(今の踏み込み……。完全にストレート待ちだったみたいね)

 ランナー2塁で4番の青葉に打席が回った。

 智花がスライダーを投げてくる。

 青葉が見送る。ストライクのコールが響いた。

(来るとわかっていてもスライダーはキレキレですし、これを確実にヒットにするのは難しいですね……)

 智花がセットする。

 間はない。

 青葉はストレートをスイングしたが、真後ろに飛んでファールになった。

 これでツーストライク。

 今度は間があった。

(変化球……でも振らないと……!)

 ストライクゾーンにスライダーが入ってきた。

 青葉は微妙な変化に合わせきれない。

 振り遅れて打球がセカンド正面に飛んだ。

 1塁はアウトになったが、その間に礼は3塁へ進んでいた。

 ツーアウト3塁で岩見悠子を迎える。

(嫌なバッターだな)
(さっきはこの人に好機をつぶされた。こういう時は打撃の調子も上がってきてたりするんだよね)

 諏訪水照バッテリーは徹底して外角を攻めた。

 初球、2球目、3球目とスライダーとストレートを織り交ぜる。

 カウントはツーボールワンストライク。

(さっきよりストライクとボールの見分けがつきやすいな。もしかして警戒されてる?)

 ボールが一つ重なってスリーボール。

 ここで智花が外角にストレートを投じた。

 悠子がフルスイングする。

 打球が舞い上がってライト線上へ飛んでいく。

(しまっ――)

 智花は振り返った。

 大きな当たりはライト線をギリギリ割った。

 ファールでツースリーになる。

(あ、危なかった……)

 この当たりがバッテリーの警戒心をより強くさせた。

 外にストレートを外してフォアボール。悠子を歩かせる。

 6番の漆原優でゲッツーを取りにいくことにした。

(あの5番は足の速いタイプじゃない。盗塁はしてこないだろうな)

 1、3塁なら、1塁ランナーを盗塁させ、キャッチャーが送球した隙を突いて3塁ランナーがホームを狙ってくることもある。

 だが、これは裾花清流がようやく迎えた大きなチャンスだ。

 走塁ミスで好機を潰すような危険は避けるだろう。

お願いしまーす。

 漆原優が左打席に入った。

(あのスライダーとか打てないし、とりあえずまっすぐ狙いでいけばいいよね~)

 智花がセットした。

 すぐに足が上がる。

(待たないぜ)

 優は初球から振りに行った。

 姉のように外のストレートを流し打ち。

 強い打球が三遊間を襲う――

はっ――!

 ――それを、新田涼音が飛び込んで止めた。

 起き上がってファーストに送球してくる。

(マジか――)

 優は反射的にヘッドスライディングしていた。

 1塁ベースに頭から飛び込む。

 左手がベースに触れるのとほぼ同じくらいのタイミングで、ファーストミットにボールの収まる音が聞こえた。

セーフ!
 塁審が両手を横に広げた。
お~し、仕事したな!

 優は盛り上がる味方ベンチ向かってサムズアップして見せた。

 生還した姉の礼が、控えめに同じポーズを返してくる。

(ふふん、もっと私のことを見直すがいい)
間に合わなかった……。
涼音、惜しかったよ。次で切るから味方の攻撃に賭けよう!
そ、そうですね……。

 ついに0-0の均衡が破れ、裾花清流が1点を先制した。

 智花は冷静に次打者の赤羽夕日を打ち取って、諏訪水照ナインがベンチに戻っていく。

(こちらはあと一歩が届かず、向こうは届いた……。これも流れ、なのでしょうか)

 涼音の予感は間違っていなかった。


 5番の湖山朱夏から始まった諏訪水照、最終回の攻撃だったが、朝山鈴からリリーフした漆原優の精確な投球に幻惑され、あっけなく三者凡退に終わってしまった。

ゲームセット!
ありがとうございました!
 両チームが挨拶してベンチに引き上げていく。

諏訪水照 000 000 0|0

裾花清流 000 001 X|1

はあ……。
元気出しなよ。今日の試合内容なら文句は言われないって。
いえ、そうではないのです。
っていうと?
なんというか、もうちょっと早くこのチームと試合をしたかったというか、そんな気分なのです……。
涼音、途中からすごく楽しそうだったもんね。
私、なんだか吹っ切れたような気がします。――うん! やっぱり野球は楽しくやらないと!
やっぱそれが一番っすよ。また先輩たちが顔出しに来たらはっきり言い返してやりましょ。
皆さん、これまで散々見苦しいところを晒してしまいましたが、私はもう大丈夫です。これからは安心してついてきてくださいな! 全力で皆さんを引っ張っていきますから!

 諏訪水照のメンバーが涼音の周りにどんどん集まってきていた。

「心配したよ」「やっと昔の涼音が戻ってきたね」「これからもよろしくね」

 そんな温かな声が新田涼音を囲む。

(本当によかったなぁ……)
 キャプテンを中心に騒がしくなっている輪を、諏訪水照の竜田監督は嬉しそうに眺めていた。
(胸のつかえが一つ取れたかのようです……)
 それから、相手ベンチに視線を送った。
…………。
(あとは、先代監督とよく話し合いをするだけですね)
 裾花清流のブルペンでは、投手陣三人と岩見悠子が軽めのキャッチボールをこなしていた。
優先輩、澪先輩、完封リレーでしたね!
それもこれも、鈴ちゃんが私の作ったピンチをしのいでくれたからよ。ありがとね。
鈴ちゃん、どうせなら最終回も行けばよかったのに~。
優ちゃんだってどんどん実戦経験を積んでいかなきゃいけないのよ? 今日は緊迫したゲームだったし、よかったじゃない。
心臓によくないっす。
(パーフェクトで締めてきたのに……)
今日の投手陣はみんな安定しててよかったよ。いつもこのコンディションで入ってくれると助かるんだけどね。
そうね、日によって差が大きいものね。一番安定してるのが鈴ちゃんっていう……。
わ、私はブルペンでしっかり肩作ってからいけるので!
それだけの話でもないのよ? 貴女の体調管理がよくできている部分も大きいわ。
こいつは将来エースになりそうですな~。
優も背番号1取るつもりでやってよ。
私は9番でいいっす。
……まったく。
で、でも、今日の試合は先輩たちに助けてもらってばかりでした。もっと確実なところへ投げられるように練習続けます!

 今日ほど味方の守りを心強く感じた日はない。

 礼の好返球から始まり、優の位置取り、悠子の配球、盗塁阻止、タッチの巧さ、奈緒のスピード、青葉の返球……。

 かつて足を引っ張られてばかりだった守備。

 今は、自分が味方の足を引っ張ってしまっているのではと不安になるくらいだ。

(この守りにふさわしいピッチングができるようになるぞ)
 鈴は高いところに目標を掲げた。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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