一瞬の揺らぎを打ち抜く(VS諏訪水照)
文字数 4,196文字
裾花清流のメンバーが相手エース、佐竹智花を見た。
打席には2番の美晴が立っている。
智花はセットポジションから2球目を投げた。見送ってボール。
3球目。セット、そして投げる。美晴がカットしてファール。
恵がタイムをかけて美晴を呼んだ。
ただし監督はフィールドに出られなので、出て行ったのは礼だ。
美晴がバッターボックスに戻った。
カウントはツーボールワンストライク。
まだ様子を見られる。
智花がセットする。
一瞬の、間。
モーションに移る。チェンジアップが来た。
美晴は見送った。
低めに外れてスリーボール。
智花が再びセット。
すぐに足が上がった。
ストレートが外角に決まってスリーツー。
ネクストバッターサークルで情報を交換すると、礼が打席に向かう。
礼は相手の動きを注視した。
セット。間。足が上がる。
スライダーが外いっぱいに決まりストライク。
智花が3球目を投じた。
礼はストレートを確信して踏み込んだ。
鮮やかな流し打ちがレフト線へ飛んでいく。
ラインの真上に落ちてフェア。
レフトが回り込む間に、礼は2塁まで到達していた。
ランナー2塁で4番の青葉に打席が回った。
智花がスライダーを投げてくる。
青葉が見送る。ストライクのコールが響いた。
智花がセットする。
間はない。
青葉はストレートをスイングしたが、真後ろに飛んでファールになった。
これでツーストライク。
今度は間があった。
ストライクゾーンにスライダーが入ってきた。
青葉は微妙な変化に合わせきれない。
振り遅れて打球がセカンド正面に飛んだ。
1塁はアウトになったが、その間に礼は3塁へ進んでいた。
ツーアウト3塁で岩見悠子を迎える。
諏訪水照バッテリーは徹底して外角を攻めた。
初球、2球目、3球目とスライダーとストレートを織り交ぜる。
カウントはツーボールワンストライク。
ボールが一つ重なってスリーボール。
ここで智花が外角にストレートを投じた。
悠子がフルスイングする。
打球が舞い上がってライト線上へ飛んでいく。
智花は振り返った。
大きな当たりはライト線をギリギリ割った。
ファールでツースリーになる。
この当たりがバッテリーの警戒心をより強くさせた。
外にストレートを外してフォアボール。悠子を歩かせる。
6番の漆原優でゲッツーを取りにいくことにした。
1、3塁なら、1塁ランナーを盗塁させ、キャッチャーが送球した隙を突いて3塁ランナーがホームを狙ってくることもある。
だが、これは裾花清流がようやく迎えた大きなチャンスだ。
走塁ミスで好機を潰すような危険は避けるだろう。
漆原優が左打席に入った。
智花がセットした。
すぐに足が上がる。
優は初球から振りに行った。
姉のように外のストレートを流し打ち。
強い打球が三遊間を襲う――
――それを、新田涼音が飛び込んで止めた。
起き上がってファーストに送球してくる。
優は反射的にヘッドスライディングしていた。
1塁ベースに頭から飛び込む。
左手がベースに触れるのとほぼ同じくらいのタイミングで、ファーストミットにボールの収まる音が聞こえた。
優は盛り上がる味方ベンチ向かってサムズアップして見せた。
生還した姉の礼が、控えめに同じポーズを返してくる。
ついに0-0の均衡が破れ、裾花清流が1点を先制した。
智花は冷静に次打者の赤羽夕日を打ち取って、諏訪水照ナインがベンチに戻っていく。
涼音の予感は間違っていなかった。
5番の湖山朱夏から始まった諏訪水照、最終回の攻撃だったが、朝山鈴からリリーフした漆原優の精確な投球に幻惑され、あっけなく三者凡退に終わってしまった。
諏訪水照 000 000 0|0
裾花清流 000 001 X|1
諏訪水照のメンバーが涼音の周りにどんどん集まってきていた。
「心配したよ」「やっと昔の涼音が戻ってきたね」「これからもよろしくね」
そんな温かな声が新田涼音を囲む。
今日ほど味方の守りを心強く感じた日はない。
礼の好返球から始まり、優の位置取り、悠子の配球、盗塁阻止、タッチの巧さ、奈緒のスピード、青葉の返球……。
かつて足を引っ張られてばかりだった守備。
今は、自分が味方の足を引っ張ってしまっているのではと不安になるくらいだ。