初陣です!

文字数 2,782文字

裾花清流 002 002|4

真修館  110 00 |2

 6回ウラのマウンドに鈴が上がった。

 ホームベースの向こうに座るのは朝陽だ。

裾花清流高校、代打いたしました松原さんに代わりまして、ピッチャーは朝山さん。代走の広野さんに代わりまして、キャッチャーは外浦(とのうら)さん。
(アサちゃんと組めるのは嬉しいけど……こんな形じゃなかったらもっとよかったのに……)
(悠子先輩の怪我でみんな焦りがあるはず。私が一番冷静にならなきゃ)
みんなごめん。絶対抑えてやるって思ってたのに……。
史織、落ち込むのはまだ早いよ。このくらいすぐ追いつけるって!
そうそう。ピッチャーも変わったし、一気に逆転できるかもしれない。
 真修館ナインは、投球練習をする朝山鈴を見る。
やっぱサイドの方か。
サウスポーは安定感なさそうだし、予想通りだね。

 真修館は裾花清流の試合内容を何度もチェックしている。

 朝山鈴の情報も当然そこに含まれていた。

 大きなカーブと鋭いシンカーを武器とするサイドスローの投手。

 1年生ながら、ピッチングの精度は高い。

球速はない。よく見ていけよ。
わかってる。
6回ウラ、真修館高校の攻撃は、8番、キャッチャー、古瀬(ふるせ)さん。
(下位打線からなのはありがたいな。鈴ちゃんがマウンド上がってどうなるかも読めないし、いきなり上位だったら消極的になってたかも……)

 古瀬真悠(まゆ)が右バッターボックスに入った。

 朝陽は相手の構えを見て、まずはアウトコースにミットを広げた。

 鈴も初球からインコースいっぱいは投げづらいだろう。

(カーブね)
(よーし)

 鈴はセットポジションを取った。

 サンライズ・バッテリーの高校初戦。

 入り方が何よりも大切になる。


 足を上げて1球目。

 しなる右腕から大きなカーブが投じられる。

(遅い――)

 真悠が見送る。

 主審の右手が挙がった。

 外角低めいっぱいに決まってストライク。

(これは……想像以上に曲がるな……)
(もう一つ)

 2球目もアウトコースへのカーブだ。

 今度は外のボールゾーンへ逃げていく球。

 真悠が踏み込んで振ってきた。――空振り。

(マジか、あんなに逃げてくのか……)
(うん、構えたところに来るね。これならあれ使っても大丈夫かな)
(次はそこか……)

 鈴は頷き、一つ息を吐いた。

 モーションに移り、全力のボールを投げ込む。

わっ――
ストライクスリー!
(やった!)
くっ……。

 真悠が悔しそうな表情でベンチに下がっていった。

 最後のボールはインハイのストレート。

 外角低めを続けたあと、バッターの目線近くにボールを持っていくことを鈴は得意としていた。

オッケー、ナイスピッチ!
その調子だよー!
(よし……いつも通り投げられてる……)

 鈴には開桜戦のイメージが残っていた。

 また味方をピンチに追い込むような投球になってしまうのではないか。

 そう思うことで腕が触れなくなるのではないか。


 加えて、悠子の負傷退場によるプレッシャー。

 このまま悠子の夏を終わらせてはいけない。

 様々な感情に押しつぶされて、本来の力が出し切れないのでは。


 そんな心配があったが、問題なさそうだ。

 朝陽が自然体で構えてくれることが大きかった。

 普段の投球練習と同じ感覚。

 無駄な力を入れずにボールを放すことができている。

9番、セカンド、北川さん。
(真悠先輩が三振……そんなすごいピッチャーなの?)
(左か。ここからインコースをどんどん使っていこう)
(内角……)

 鈴は北川への初球、内角低めにカーブを投げる。

 きっちり決まってストライクを奪えた。

 次のボールはアウトコースへのスローボールだ。

 鈴のスローボールはカーブとの見分けがつきにくい。

 北川も誘われてバットを出してきた。だが、うまく合わずファールになる。

 ツーストライク。追い込んだ。

(なんか嫌な感覚だな……)
(鈴ちゃん、今日絶好調だな。それじゃ、最後はこれで決めよう)

 鈴は頷き、北川への3球目を投じた。

 真ん中に緩いボール。

 北川がスイングに来た。

 しかしボールは外へ逃げていき、空振りに終わる。

 ワンバウンドしたボールを、朝陽が体で止めた。北川が振り逃げを試みたが、朝陽がすぐに拾ってファーストへ送球。ツーアウトになった。

 裾花清流のスタンドから拍手が送られる。

(あ、あれ? 今日の私、もしかして調子いい?)
いいぞ鈴! そのままいけー!
三人で切っちゃおう!
最後のボール、なんだった?
シンカーでした。あのピッチャー、たぶん調子いいです。すごく曲がるので……。
……わかった。なんとかしてみる。
1番、サード、長村さん。
(あ、さっき悠子先輩とぶつかった人……!)
(なんで睨むの……。あれは完全に事故だよ……)

 朝陽のサインに頷き、鈴が初球を投げた。

 長村怜奈が積極的にスイングしてくる。

 ――が、ボールはバットの下に滑り込む。ストライク。

(シンカーから入ってきた? 初球から決め球を……)
(思い通りのスイングはさせてあげないよ)

 長村への2球目。

 シンカーから一転してインコースへのストレート。

く……!

 長村のスイングは窮屈になった。

 ショートにゴロが飛ぶ。

任せろ!

 奈緒が捕ってすかさず1塁へ投げる。

 長村の俊足と打球の弱さもあったが、最小限の動作で無駄なく送球。しっかりとアウトを奪った。

ダメか……!
奈緒先輩ナイスです!
いやいや、お前の方がナイスだぞ! 三人で切れたな!
あ、アサちゃんのリードがよかったので!
そうだな、息ぴったりって感じだった。――でも、気をつけろよ。
え?
最終回は2番からだ。ホームラン打った4番にも回る。まだ浮かれるなよ。
……そ、そうですね! 注意します!
鈴ちゃーん、ナイスピッチ!
 ベンチへ向かう鈴に、朝陽が飛びついてきた。
あ、アサちゃん落ち着いて……。
だってすごかったし! 構えたところに全部来るし、変化球もキレキレだったじゃん!
あ、ありがと。アサちゃんがうまく私の力を引き出してくれたからだよ。
違うってー! これは鈴ちゃんの実力だよー!
 はしゃぐ二人を、3年生は微笑ましそうに眺めている。
楽しそうで何よりね。
これなら最終回も大丈夫かしら。
中軸に回るし、なんとも言えないわ。悠子のためにもバッテリーのためにも、ここは追加点を取りましょう。

 一方、守備に散る真修館ナインからは笑顔が消えつつあった。

 信州四強の一角として安定した成績を残してきた自分たちが、ここで消えるのか。

 初めて、公式戦で公立高校に食われるのか。

 そんな不安がチーム全体を包んでいる。


 マウンドをならす今崎史織の表情は暗くなっている。そこへ、ライトに向かう途中の波河桃絵が駆け寄ってきた。

史織、この回は絶対0でいこう。
桃絵……。
2点ならどうにかなる。絶対、私達が打って追いついてやるよ。
 真修館の主砲は、相手ベンチを睨んだ。
絶対にな……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色