守るために攻めるんだ

文字数 3,706文字

裾花清流 002 002 |4

真修館  110 000 |2

 最終回、7回の表。

 裾花清流の攻撃は打順よく1番の桜からだった。

(パァン!)
ストライクツー!
(むー、まだスタミナは落ちてないかな~)
(これで決める!)

 今崎史織のストレートに、桜が詰まらされる。

 弱い打球がピッチャー前に転がった。

 史織がマウンドを駆け下りて拾い、1塁に送球。

 まずアウト一つ。

相変わらず厳しいよ。さっきの2点はマジで大きかったね。
最終回のことを考えると、さらに点がほしいところだけど……。
美晴先輩お願いしますー!

 鈴は声援を送るが、美晴はショートゴロに倒れた。

 6球でツーアウトになる。

ご、ごめんなさい! なんとか出塁したかったんだけど……。
ま、しょうがないさ。ここは礼に任せよう。
3番、レフト、漆原礼さん。
(最後の最後に嫌なバッターに回ったな)
(三人で切って勢いつけよう)

 史織は果敢にインコースを攻めていった。

 初球、ストレートでストライクを奪うと、次のカーブもインコース低めにしっかり決めて、2球で追い込む。

(よし、いけそう!)
…………。

 しかし、簡単には終わらなかった。

 礼がファールで食らいつく。

 3、4、5球と連続でファールにすると、史織が慎重になりすぎ、2球続けて低めに外れる。カウントは2-2まで変化した。

(しぶとい……)

 史織はインコースにカーブを投げ込む。

 礼がコンパクトなスイングで真後ろに飛ばしてファール。

(もう1点、どうしてもほしい)

 礼の腕に力がこもった。

 初のベスト4がそこまで迫っている。

 勝利をより確実なものにするためにも、追加点は必須だった。

(カーブ続けよう!)
(いい加減に三振しろっ!)
(――来た!)

 礼はカーブを狙っていた。

 完璧に芯で捉えたが、タイミングがやや早かった。打球はライト線上へ飛んでいく。

きわどい!
切れるな~!

 打球が跳ねた。

 塁審がフェアゾーンに手を向けた。

フェア! フェア!

 ライトが回り込んでくるまでに、礼は2塁を陥れていた。

 ツーアウト2塁で、4番の青葉に回った。

やった! ツーベース!
さあ商店街の必殺仕事人、青葉ちゃんの出番だ。
そのネーミングはどうかと思うぞ……。
(得点圏に出しちゃった……)
すみません、タイムください。

 キャッチャーの古瀬真悠がタイムをもらい、真修館の内野陣がマウンドに集まる。

 グローブで口を隠して話し合いを行っている。

敬遠されるかもしれません。
え、私と勝負ってことですか?
 朝陽は悠子と交代したので5番に入っているのだ。
外浦(とのうら)さんは代わったばかりですし、今崎さんのボールをまだ見ていない。確実な方を選ぶでしょう。
……もしそうなっても、絶対に打ちます。
ええ。先輩方の夏をつなぎましょう。

 タイムが解かれ、内野陣が散っていく。

 ホームに戻った古瀬真悠は座らなかった。

(やはり外浦さんとの勝負……)
 真修館バッテリーは青葉を歩かせ、1、2塁と塁を埋めさせた。
外浦さん、あとは任せました。
……はい。

 青葉からバットを受け取り、朝陽は答える。

 そのバットを凪が取りに来た。

こういうあとの初球は、甘いボールが来やすいよ。
高池さん……。
先生も見ていけなんて言ってないし、思い切って振っていった方がいいと思う。
そうだね。ありがとう、高池さん。
……行ってらっしゃい。
5番、キャッチャー、外浦さん。
お願いします!
アサちゃん頑張ってー!
(この1年で切れなかったらまずい……)
史織、自信持っていこう!

 球場の歓声は一段と大きくなっている。

 そんなうねりの中、史織は初球を投じた。インコースへのストレート。

(まっすぐ――!)
 朝陽は積極的にスイングしたが、バットの根元にボールが当たり、ファールチップになっただけだった。
(当ててきたな。変化球でいこう)

 2球目、低めのチェンジアップに朝陽は空振りを取られる。

 ツーストライク。

(朝陽……)
(アサちゃん……)
(大丈夫。見えてないわけじゃない……)

 朝陽は深呼吸して構えた。

 中学時代は、あまり打てるバッターではなかった。鈴の援護ができず、悔しい思いをすることも多かった。

 だが裾花清流に入って、鈴はもちろん、澪、優という三人の投手のボールを受ける機会に恵まれた。

 ボールには目が慣れている。

 あとはスイングさえついていけば、どうにかなるはずだ。

(これで――チェンジだ!)

 史織の3球目。

 カーブがインコース低めに入ってきた。

(当たれ――!)

 ガッ、と重い音がした。

 サード方向へ弱い打球が転がった。

くっ……!
アサちゃん走って――!
内野安打あるぞ~!

 朝陽は全力で走った。

 ファーストの西森千鶴が構えている。そこにまだボールは来ない。

 頭から飛び込んだ。

 両手を伸ばして、1塁ベースに懸命に触れようとする。

(間に合って――!)

 サード長村怜奈からの送球がワンバウンドになった。

 千鶴はそれを拾い上げたが、バランスを崩した。

セ――――フ!!
や、やった!
くう……。
バックホームだッ!!!
しまっ――!

 内野安打の混乱に乗じて、礼がホームへ突っ込んでいた。

 千鶴の反応がやや遅れる。

 ホームへ送球。いいコースにいった。

 そこに礼が、頭から滑り込んでくる。

このっ……!
(届くっ!)

 礼は回り込むようにして入ってきた。

 キャッチャーのタッチをかわして、五角形の先端に左手を当てる。

 主審が両手を横に広げて「セーフ!」と声を上げた。

 場内は大盛り上がりだ。

わああ、もう1点入りましたよ!
この追加点は大きいわね!
そんな……。
一瞬の差で……。
(これで鈴にも余裕ができるはず……)
うぇーい、ナイスラン。
ありがとう。貴女も続いてね。
おう。しかし、平たい分よく滑るとかあるのかな?
な ん で す っ て?
ほらほら、試合中にキレるのは恥ずかしいからやめときなよ。
誰のせいよ!
はっはっは。そんじゃあ行ってくるぜ~。
 姉妹がそんなやりとりをしている時、朝陽は鈴にガッツポーズを向けていた。
(思ってた形じゃなかったけど、援護になったかな……)
(これなら最終回も思いっきりいけるよ。ありがとうアサちゃん!)
(最後の、よく当てたな……)

 2球目のチェンジアップに朝陽のスイングは合っていなかった。


 ――これは変化球に切り換えられて、やられる。


 凪はそう思っていた。

 それでも、朝陽は食らいついてみせた。

 バッティング練習ではなかなかいい当たりの出ない朝陽だったが、それが今回はラッキーに転じた。

 これが公式戦。

 何が起こるか、まったく予想できない。

(3点差か……)
(桃絵、0で止められなかったよ……)

 追加点が史織のメンタルに影響を与えた。

 優に対してのコントロールが定まらず、フォアボール。

 ツーアウト満塁になった。

(ラッキー。ふざけたあと凡退じゃガチギレされそうだったから助かったぜ)

 ここで真修館の監督が動いた。

 ファーストの西森千鶴と、ピッチャーの今崎史織をチェンジさせる。

ごめん……。
元気出して。あと一つだし、ここはしっかり抑えてみせるよ。

 バッターは赤羽夕日だった。

 千鶴の投球練習をよく見て、スイングを合わせる。

(やっぱ強豪になると二番手でも速いな)

 夕日が右打席に入った。

 千鶴が大きなモーションから初球を投げ込む。

 アウトコースいっぱいにストライク。

 高めに浮いたが、球威はかなりのものだ。

(こんなところじゃ終われない……!)

 2球目もストレート。

 夕日が振っていくが、空振り。

 思った以上に伸びてくる。

(この人、全然投球練習してなかったのにいきなりこれって……やばすぎだろ)

 3球目は完全に高く外れた。

 ここまで全部ストレートだ。

 代わったばかりで、変化球に不安があるのかもしれない。後逸は確実に1点になる。それを避けるにはまっすぐを使った方が安全だ。

 夕日は次もストレートに狙いを定めた。

(いけっ!)
(まっすぐ!)

 アウトコースのストレートを夕日が捉えた。

 快音が響き、鋭いライナーが右方向へ飛ぶ。


 ――が、ミットとボールの接触する音が続いた。

あ……。
なんとか、力になれたかな……。

 ファーストの頭上を抜けようかというライナーを、代わった史織がジャンピングキャッチして押さえたのだ。

 真修館のスタンド、バックネット裏の観客から大きな拍手が巻き起こる。

ナイスキャッチ。最小限で済んだな。
……桃絵、あの……。
大丈夫。みんなで取り返そう。
さあ、反撃だよ! 声出していこう!

 ファインプレーで、真修館ベンチに熱気が戻ってきた。

 2番から始まる攻撃。

 チャンスは充分にある。

せっかく満塁だったのに、すいません……。
相手がうまかっただけよ。ポジティブにいきましょう。
そうそう、めっちゃいい当たりだったじゃん! 落ち込むことはねーぜ!

 野手が守備に出ていく。

 出塁していた三人もベンチに戻ってきて、控え選手からグローブを受け取っていた。

鈴ちゃん、あとよろしくね。
頑張ります!
先頭、確実に切ろうね。
うん、4番の前にランナーは置きたくないもんね。
じゃあ、行こうか。
最後まで、お願いね。
 鈴と朝陽はハイタッチを交わし、最終回の守備へと向かっていく。
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登場人物紹介

朝山 鈴(あさやま りん)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

サイドスローの投手。しなやかな肩と肘を使った柔軟な投球を得意とする。中学時代は味方の守備に足を引っ張られ、試合に勝つことができなかった。

外浦 朝陽(とのうら あさひ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

中学時代に鈴とバッテリーを組んでいて、朝山と朝陽でサンライズ・バッテリーと呼ばれていた。

結城 まこ(ゆうき まこ)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。セカンド。

ピッチャーのモーションを読み取り、持ち前の俊足で盗塁を確実に決める。だいたいテンションが高い。

広野 皐月(ひろの さつき)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。ショート。

打撃、守備ともに堅実なプレーを重視している。控えめであまり目立ちたがらないタイプ。

高池 凪(たかいけ なぎ)

裾花清流高校1年生。右投げ右打ち。サード。

中学最後の大会で左腕を負傷し、まだ回復しきっていない。

松原 雅(まつばら みやび)

裾花清流高校1年生。右投げ左打ち。

バットコントロール能力が高くボール球でもヒットにできる技巧派。外野ならどこでも守れる。

漆原 礼(うるしばら れい)

裾花清流高校3年生。左投げ左打ち。レフト。

野球部キャプテン。身体能力が高くセンス抜群。クールな振る舞いから、校内では男女問わず隠れファンが多い。

新海 澪(しんかい みお)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。ピッチャー。

チームのエース。速球と緩いボールを使い分ける本格派右腕ながら、肩の調子に不安を抱えている。

岩見 悠子(いわみ ゆうこ)

裾花清流高校3年生。右投げ右打ち。キャッチャー。

正捕手で長距離バッターでもある。相手の様子を見ながら配球を決め、野手に守備位置の指示を出すチーム随一の頭脳派。

一ノ瀬 桜(いちのせ さくら)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。セカンド。

俊足巧打、広い守備範囲を持つ攻守の要。ハイテンションで味方を盛り上げたりからかったり忙しい。

天城 奈緒(あまぎ なお)

裾花清流高校3年生。右投げ左打ち。ショート。

広大な守備範囲を持ち、一ノ瀬桜とのコンビで鉄壁の二遊間を構築している。出塁率も高い。

神村 青葉(かみむら あおば)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。センター。

2年生ながら4番を任されている。商店街のアイドル的扱いを受けているのでおっさん達が試合の応援に駆けつけてくる。

赤羽 夕日(あかばね ゆうひ)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。ファースト。

当たればでかいロマン砲。一方、守備は堅実で難しいバウンドもきっちり処理する。

漆原 優(うるしばら ゆう)

裾花清流高校2年生。左投げ左打ち。ライト。

キャプテン漆原礼の妹。やる気の波が激しく、いつもはぐだっとしているが試合では頭脳をフル回転させてプレーする。

水崎 美晴(みずさき みはる)

裾花清流高校2年生。右投げ右打ち。サード。

バント職人。小柄だが強肩を持ち、深い位置からでもアウトが取れる。

緋田 恵(ひだ めぐみ)27歳

裾花清流高校野球部監督。

最初に赴任した高校を県ベスト4まで連れていくなど指導力の高さを評価されている。裾花清流高校は赴任2校目で2年目。

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