流れは渡さない
文字数 4,579文字
2回ウラも澪の力投が続く。
先頭の6番土屋を空振り三振に取ると、続く7番湯浅をショートゴロ、8番の塩入をファーストライナーに打ち取ってチェンジにする。
一方、東御女学院の白鳥月子も3回表は美晴、礼、青葉をきっちり三者凡退に仕留めてベンチに戻っていった。
1番の篠原真紀に対し、澪の初球は外角へのスライダー。
篠原が積極的にスイングしてくるが、空振り。
東御女学院の上位打線は甘い球を見逃さない。かなり厳しく攻める必要があると、澪と悠子はベンチで話し合っていた。
2球目、外のチェンジアップでこれも空振りを奪う。
3球目のスライダーを篠原がカットしてファール。
粘り強いのも東御女学院打線の厄介なところだ。
澪は練習試合で、次々に三振を奪ってきた。だが、今日はまだ二つ。その二つにしても三球三振ではない。簡単に終わらせてくれないのだ。
4球目にスライダーを続けるが、ここもファールにされる。
悠子はインハイにミットを構えた。
澪は精確なコントロールでストレートを投げ込む。徹底した外角低めから、一転して内角高めの直球。
篠原がバットを出してきた。
根元に当たった音がして、サード正面に打球が転がる。
しかし――
2番の一色一葉が今度も送りバントの構えを取っている。
美晴が前進して警戒する。
左打者の一色に対し、澪が外角にストレートを投じる。
美晴がさらに前に出る。
一色がバットを引いた。
引いたバットで流し打ち。
高速の打球が美晴の頭上を抜けていく。
ボールはレフト線の右に落ちてファールゾーンへ転がっていく。塁審が「フェア」を宣告。礼がボールを追いかけていく。
1塁ランナーの篠原がサードまで到達し、ワンナウト1、3塁になった。
3番、橋爪に対する初球だった。
1塁ランナーの一色が駆け出す。
捕球した悠子はセカンドに送球。
同時にサードランナーの篠原が動く。
――が、途中で止まって塁に戻る。
セカンドの桜が送球をベースより手前でカットしてサードに投げる姿勢を見せたからだ。
しかし、結果的に2、3塁に状況が変わった。
東御女学院はお嬢様学校と一般に言われている。
歴史ある家の娘が多く、卒業後に進むべき道が最初から決められている生徒もいる。
高校生活は、自由にできる最後の時間であるという者もいるのだ。
そのためスポーツに全力を注ぐ生徒も多数いて、野球部員も例外ではない。
今年の野球部は特にお嬢様が集まっているが、かっちりと育てられた反動からか、走るのが大好きな部員がたくさんいた。
そうなると、走塁重視のチームになったのも必然と言える。
澪が橋爪遼子に2球目のスライダーを投げる。低めに外れてボール。
初球も外れているので2ボール。
空振りがほしい裾花清流バッテリーだが、橋爪は3球目のチェンジアップも見送ってスリーボールとした。
澪がモーションに入った瞬間、サードランナーが走った。
橋爪がスクイズの構えを取る。
それが力みにつながった。
ストレートが高めに外れてしまう。
橋爪はバットを引いており、サードランナーも急停止して引き返していた。
結果としてフォアボールになり、4番の島滝を迎える形になってしまった。
セットポジションを取った澪は、大きく息を吐き出す。
悠子のミットをしっかり見つめ、足を上げた。
初球、外角へのスライダー。
しかしこれが大きく外れた。ワンバウンドしたボールを悠子が体で止める。すぐにボールを拾った悠子が、サードランナーを睨みつけて牽制する。
澪は言われたとおり、ロージンバッグを軽く叩いてから深呼吸する。
軽く両肩を上げ下げして、無駄な力を抜こうとする。
2球目、悠子は外角低めへストレートを要求した。
澪の腕の振りが悪くなっている。
しっかり投げ込んでこいとジェスチャーを送った。
澪が頷き、モーションに移る。
狙い通りのコースにボールが走った。
島滝がスイングした。
はじき返された打球が1、2塁間を強襲する。
桜が飛び込んで打球を押さえ込む。
しかしゲッツーを取れる体勢ではない。
桜は1塁に送球してアウトを一つ取った。
ボールを持った夕日がすぐ3塁ランナーに目をやって足止めする。
失点はひとまず1で収まった。
スコアが3-2に変わった。
続く5番森村淳に対して、裾花清流バッテリーはストレートから入る。外に外れてボール。
ランナーは2、3塁。せっかくツーアウトまでこぎつけたのだ。パスボールで1点あげてしまうことだけは避けなければならない。
澪は縫い目を確認して足を上げる。
膝が柔らかく沈む。
柔軟なフォームからスライダーが投げ込まれる。
真ん中低めに決まるかと思われたボールに、森村が食いついてきた。
バットの先端にボールが当たり、打球がライトのファールゾーンへ上がった。
ブルペン、鈴の投球を受けている朝陽の真上だ。
ライトの優が突っ込んできて、朝陽が鈴の方へよける。
フライはフェンスいっぱいのところだ。
優の視線がじっとボールだけを追い続ける。
優がフェンスに張りついたままジャンプ、グローブをフェンスにこすりつけるように伸ばした。
落ちてきたボールが収まる。
優は着地と同時にバランスを崩してひっくり返った。
近くにいた鈴と朝陽が駆け寄る。
だが優は返事をせず、起き上がって右手のグローブを高々と掲げた。
駆けつけてきた塁審が、ホーム方向に向き直って右手を挙げる。
鈴と朝陽が手を貸して優を立ち上がらせる。
三人でベンチ前に戻った。
みんなの返事がそろった。
先頭打者の悠子が打席に向かっていく。
次の打者である優も、ヘルメットをかぶって用意を始めた。