第36話 リバーサイド、アンダーザブリッジ#2

文字数 3,523文字

「なんだッ、此のバケモン… …おい、シンヤよぉ、どうするよォ」
「… …ばっ、… …バケモン!?」
 私は思わず声が漏れてしまう。屑な上になんて失礼な野郎なんだ。私のことを化け物呼ばわりした仲間の一人が此方を警戒しつつ、集団の中央に立っているシンヤという男に声を掛けた。どうやら此の男が集団のリーダーらしい。こいつは最初に中坊の胸倉を掴んで大声で威圧していたヤツだ。頭頂部の伸ばした髪の毛を結び、横は刈り上げ(フェード)に三本ラインが入っていると云う、如何にも素行不良と云った雰囲気の男。だが、今の状況で一番動じて居ないのは間違いなく此の男だった。
「… ……。半透明の身体と、其の拳の炎… …。キサマ、一体何者(ナニモン)だ。」
 淡々と低い声で刈り上げ男が云う。
「…へぇー。クズのクセに、会話する脳みそくらいは持ち合わせてるんだね。」
 私は口角を上げながら刈り上げ男(シンヤと呼ばれたヤツ)を挑発してみた。だが、私の言葉が聞こえているのか居ないのか、ヤツは此方を警戒しながらも此方の生態を観察し続けており、(ちっ)とも響いて居ない。が、私の視界の外に居た真横のヤツ、つまり私をバケモン呼ばわりしたクズ野郎が発狂するように突然叫び始めた。こっちの琴線にはしっかりと響いたようだ。
「ッざけてンじゃねーぞォ、此の糞餓鬼(クソガキ)ッ」
 其の儘、クズ野郎が身体を命一杯(しな)らせるようにして私に殴りかかってくる。だけれど、そんな大振りなパンチに当たってくれるヤツなんて、そうそう居やしない。あまりにも飛んでくるのが遅いパンチを、私はひと呼吸置いてから身体を少し後ろにずらした。其の空いたところ、私の眼の前を拳が通過したタイミングで、私は身体を小さく畳んでクズ野郎の顔面へカウンターのフックを重ねる。思いのほか切れた私のフックはクズ野郎の顔面に深々と突き刺さり、男の顔面がぐしゃりと肉が潰れるような気持ち悪い音を立てた。クズ野郎の身体が地面へしこたま叩きつけられ、後頭部を強打したヤツの意識は一瞬で闇へと消えていった。
「…… …… ……」
 男共が息を呑むのが分かった。此れで二人失神。後はリーダーの刈り上げ含め残り三人だ。
「… …まだやる?」
 私は刈り上げ男に向かって問いかける。此の手の連中は力の差さえ見せてしまえば、尻尾を巻いて逃げていくのがお決まりだ。だがそう期待したのとは裏腹に、刈り上げ男は依然として何かしらを思案している。
「… …… ………」
「… ……。…ねぇ。アンタ、先刻(さっき)から人のハナシ聞いてンの?さっさと失せなって云ってンの」
「…… … …。あんたが何者(ナニモン)かは、此の際どうでも良いや。……実は此の小僧(ガキ)さ、俺等の知り合いなんだわ。今日みたいにアジトから突然居なくなっちまうから、其の度にこうやって探しだして連れ帰ってるッてワケ。だから、幽霊の姉ちゃん。俺等のことはほおっておいてくんねェかな」
 鋭く警戒を続けていた刈り上げ男が、手の平を返したかのような態度でゆっくりと饒舌に語り始める。此の中学生と知り合いだって?一体何なんだ。こんな分かりやすい見え見えの法螺を吹くなんて。
「……は?馬鹿か、おめーは。なんでアンタ等みたいな屑野郎が、こんな中学生(ガキ)と接点があるんだよ。ザけたコト抜かしてると、容赦しないよ」
 アタシは此の刈り上げ男の舐めた態度に心底イラついていた。此の屑共は其処までして自身の欲望を満たしたいのか。燃えている拳に力を込めると、真っ赤な炎が一際(ヒトキワ)大きく揺らめきだした。其れを目の当たりにした刈り上げ男が、少し取り乱したように話を続ける。
「… …!…… …ま、マァ、待てよ。マジなンだって。此奴は俺ンとこで飼ってるガキなワケ」
「まだ云うかッ!」
 アタシの声に男がビクリと身体を震わせ、両手を上げて降参のポーズをした。
「ホ、ホントなんだって。… …コイツの腕、見てみろよ。デッカイ傷があるから。」
「傷?」
「あぁ。… …此のガキの学生服(ふく)の下、腕まくってみれば分かるよ。くっきりとした傷がある。… …そんなコト、知り合いじゃないと分かるコトじゃねェだろう?」
 男の話を聞きながら、アタシは地面に(うずくま)っている中学生に眼を落した。中学生は小刻みに震えながら、悲壮感に満ちた顔を私に向けていた。
「…… …アンタの腕に、そんな傷あるの?」
「… …あ、… ……あ。あ、あるッ。ある、ケド!で、でも、僕はこんな男の人たち、知らないよ!会ったコトもないんだ!」
「…… …… ……」
「てんめェ、カスイッ!此れ以上、手間かけさせるンじゃねぇッ!」
 待て待て待て。話が良く分かンなくなってきた。何か、物凄く面倒な連中に関わったのか?刈り上げ男が中学生の名前を呼んでいる。此奴の名はカスイと云うのか?状況から見て、どうやら中学生(ガキ)と男共が知り合いの可能性が高くなってきた。
「コイツ等、アンタの名前呼んでるケド」
「し、知らないッ。本当に、知らないんだ。」
 中学生が必死で首を振って答える。
「… ……。… …私の質問に答えな。アンタの名は此奴等が云うように、カスイなのか?」
 私の其の言葉を聞くと中学生はハッと驚いたような、最後の望みが絶たれたかのような驚愕の表情を浮かべた後、がっくりと顔を地面へ落として黙ってしまう。私が其の様子を凝っと観察していると、刈り上げ男が引き続き説明を続けてきた。
「… …へへ。マァ、そういうワケなんだ。コイツは、時折こうやって逃げ出しちまうコトがあってよ。俺たちも難儀してンだ。だから今後二度とそういう気が起こらないように、

してるってワケさ」
 刈り上げ男が中学生の腕を取り強引に立たせながら云う。
「…… …… ……」
 私は引き続き無言で中学生の表情を観察する。此の中学生(ガキ)の悲壮感の中に宿る、迷いのような表情… ……。
 其の私の無言を説明への理解と解釈した男は、私に怪訝な眼を向けつつも、中学生の肩を抱き撤退の準備する。気絶している二人の男を別の男共が起こし始めた。
「…… ……。… ……と。… …なので、それじゃあ、俺たちはそろそろ帰らせてもらうぜ。お騒がせしちまッたな」
 私に申し訳程度のお愛想を云い、背を向けて歩き始める男共。肩を抱かれた中学生が、必死で此方に顔を向けようとするも、刈り上げ男に頭を鷲掴みにされ前を向いてしまう。其れから二三歩歩き始めるが。
「… …… ……。… …… ……待ちなよ。」
 私の冷たく響く声に、男共がびくりと足を止めた。
「… … …。……まだ、なんかあンのかよ。」
「私はまだソイツから、ちゃんと返事を聞いてない」
「アァ!?」
 刈り上げ男が流石にシビレを切らせたように、イラついた声を上げた。
中学生(アンタ)。私が名前聞いたのに、『

』って云ったね。一体どう云うこと?」
「てめェには関係ねェだろうがよォ!!」
 刈り上げ男の両脇の男共が一斉に声を荒げる。
「… …ねぇ、ちゃんと答えて。」
 中学生の狼狽が手に取るように分かる。泳いだ眼が私の方に何度も向けられ、そして地面に落ちた。口元が開きなんらかの言葉を形作ろうとするが、其れは少しも音にならなかった。
「カスイ、おめェは今、ちょっと錯乱してンだよ。だから、余計なコト云わなくって良い」
「てめェは、一寸(ちょっと)黙ってろッ!」
 私の一喝に、口惜しく黙り込む刈り上げ男。眉間には深い皺が刻み込まれている。其の横で、中学生がゆっくりとか細い言葉を紡ぎ始めた。
「… ……。… ……ボ、… …ボク、実は記憶が無いんです。… …… …いつも現実と夢の間と云うか……。だから、僕が本当に、此の人たちが云うように『カスイ』という名前かどうかも… …。分からない… …… …。 … …… …… …分かりませんッ」
 絞り出すような、意を決した言葉だった。
「黙れッ!!」
 刈り上げ男のイラ立つ声と共に、容赦の無い張り手が中学生の顔に叩き込まれる。中学生の小さな身体が玩具のように吹き飛び地面へ転がった。
「…… …… ……」
「オラッ。とっとと行くぞッ」
 刈り上げ男が学生服(ふく)の首根っこを引っ張り上げ、中学生を無理やり立たせる。中学生は刈り上げ男の一撃でついに気持ちが途切れたようで、ぐったりと項垂れ(うなだれ)成すが儘となっている。が、既に此の時点で私の気持ちは決まっていた。
「…… …。… ……本人は分からないって云ってる。ってコトは、中学生(コイツ)

可能性もあるってコトだね。」
 私の言葉を聞いて、中学生がハッと顔を上げ眼の前の虚空を見つめる。其れと同時に、刈り上げ男が物凄い形相で私の方を向いた。
「… ……てめェ… …」
 私は其の刈り上げ男(ヤツ)の顔に向かって、眉を上げ口角を上げてみせた。腰に手を当てて余裕を見せる私の恰好に、ヤツは大層イラ立っているようだった。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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