第2話 外道狩り②

文字数 4,467文字

「…… …… ……」
 僕は獲物の女の事もすっかり忘れて、男の一挙手一投足を警戒する。男はそれから、ゆっくりと煙草を口元から離して、足元に灰を落した。
 一体こいつ等はどうやって此の廃工場に辿り着いたのだろう。どうやって僕の創造的な余暇(レクリエイション)を探り当てた?そもそも、其処までして僕を追ってきた理由は何だ?
 僕は普段は一流企業に勤め真面目に仕事をしている。同僚や取引先に対しても良好な関係を築き、それにより業務は滞りなく遂行している。そうする事で顧客にはサービスが提供され、会社には利益が入るのであり、僕はしっかりと社会の経済活動に貢献している。だが、世の中には救い難い化け物のような連中が居て、奴等は其の持ち前の傍若無人さを猛烈に発揮して理不尽な要求を通そうとするのだ。そして、そういう連中に対して僕は何時も自分を抑え、殺し、歯を食いしばりながら、何とか穏便に業務を進めているのだ。此の世界で割を食うのは、決まってマトモに生きようとしている人間だ。そういう訳で、僕は(もてあそ)ぶ獲物についてしっかりと(こだわ)っている。つまり、世の中に害を(もたら)すような不要な人間。所謂、優遇された権力を勝手気儘に行使し、傍若無人に冷徹に弱者を踏みにじる人間。そう云ったクズ共を選別し、僕の余暇の供物とするのである。そうする事で僕の心のリフレッシュにもなるし、同時に社会からクズを消し去る事が出来るのだ。是程(これほど)無駄のない創造的な余暇(レクリエイション)等、他にあるだろうか。
 獲物の事前調査には、長くて二週間くらい時間を掛ける。探偵なんて高価な物に金は掛けない。しっかりと自分の目と耳と足を使って、獲物をリサーチする。獲物の性格や趣向、生活習慣や行動範囲等をつぶさに調べ上げ把握する。そうする事で獲物についての愛着と理解が生まれ、其れが脆く壊れる時、この上ない快感に繋がるのである。
 ストレスだらけの仕事だけの人生なんて辛すぎるだろう。人には楽しみが必要だ。誰にも迷惑を掛けない、自身に心の安らぎを(もたら)す最高の余暇が。そして、僕にとっての余暇が

なのである。
なのに、其のささやかな余暇を邪魔しに来た者たちが居る。僕を()る、だと?此の目の前に存在している透明なボブの金髪少女が今、そう云った。僕の此れまでの余罪が知られたのか。いや、警察が動いたとしたら、容疑者を()るなんて法を無視するような発言はあり得ないし、そもそも外見からしてこいつ等が警察に関係する人間とは思えない。だとしたら、やはり裏社会(あっち)の人間なのか。僕を殺すように誰かから依頼されている?
「ねぇってば、竹田!聞いてるの?殺っちゃって良いのかって聞いてるでしょ?… …何、格好つけて黙ってるのよ。」
 其の少女の言葉で、男が不図我に返ったような仕草をする。
「… ……… … …あ、いや、ちょい考え事してた。」
「考え事?」
「……ああ。こいつ外道っぽくないなぁ、なんて考えてて。だって見た目ちゃんとしてるし、社会にも溶け込んでるっぽいじゃん。外道っつったらさ、なんつーかもっとこう、限界増強薬物(ブースト)食い過ぎて(みんな)、目がイッちゃってる、みたいな感じだから」
「はぁ?!そんな事、今どうでも良くない?!」
「いや、重要だろ。俺たちが探してるのは、あくまで外道なんだからさ。其れ以外の連中まで相手してたらキリがないよ。」
男は面倒臭そうに隣の金髪ボブ少女に向かって話す。
「ばっ!馬ッ鹿じゃないの、あんた?こいつは、人をなぶり殺しにして楽しんでるようなサイコ野郎なのよ!こいつが外道以外の何だっていうの?!あんな遣り口見てても、あんたムカつかないの?」
「… …うーん」
 僕の方を指さして、金髪ボブ少女と男が何やら口論している。おさげ眼鏡少女は其の二人を隣で無表情に傍観していた。人の余暇を邪魔しておいて、一体こいつ等は何をしているのだ。
「… …… …おい!!」
 僕は目の前で訳の分からない話をするこいつ等に向かって、堪らず声を上げた。その僕の声で口論がぴたりと()み、三人が一斉に僕の方を向いた。
「おい!… …僕の質問に答えろッ!お前等は其処で一体何をしているんだ!… …僕を、此の僕を()るだと?!お前等のその身形(ナリ)、どう見ても堅気じゃない。どうせ、ネズミのような暗殺稼業(しょうばいにん)だろう。僕を()れって、依頼者に頼まれたんだろうッ!!」
「おー。」
 僕の言葉を聞いて、真ん中に座っている男が嬉しそうに声を上げた。
「… …やっぱり、インテリは違うっすねェ。とっても察しが良いや。まぁ、半分正解で、半分間違いってとこだけどね。えーっと、俺らが暗殺稼業(しょうばいにん)ってのは合ってるケド、此の件について依頼者ってのは存在しません。」
「… …… …依頼者が存在しない、だと?!……じ、じゃあ、お前等は一体、何の為に此処に来たんだ!」
「えーっと、まぁ。あんたが知ってる事、教えてほしいなぁ、なんて。」
「… …… …… …僕が、知っている事?」
 此の男は何を云っているんだろう。知ってる事を話せ?そんな事を聞く為にわざわざこんな場所まで出向いてきたのか。馬鹿かこいつ等は。
「…… …あぁ。ちょっと人を探していてね。其れで、あんたみたいな人間を見つけて話を聞いて回ってるんだ。だから、知ってることがあったら包み隠さず教えてほしい。教えてくれれば、さっさと退散するからさ。」
「…… …………」
 驚いた。只、質問に答えてやれば、消えてくれるだなんて。ともあれ、もしそうであれば其れで良い。何も無用な軋轢(あつれき)等、起こさなくとも良いのだ。だが、男とは対照的に金髪ボブ少女の鼻息は荒い。
「…… …退散するって云うが、そっちの… ……其方(そちら)の金髪の彼女は、今にも僕に食らいついてきそうな勢いなんだけど… …」
「あぁ、こいつの事は気にしなくて良いから、ウン。用事が済んだら、俺等すぐに引き上げるんでッ!」
男は気さくな声を上げながら、僕に向かって云った。
「はぁ?!ちょっと、あんたッ!何、勝手に決めちゃってんのよ。…クッソ、ふっざけんなッ、こンのッ」
 金髪ボブ少女が男の頭髪を掴んで、もう片方の手で顔面を鷲掴みにしようとするが、男は其れを必死に阻止し、サングラスがズレながらも此方に笑顔を向けて、自身に敵意が無い事をアピールしていた。どうやら、話が通じそうな奴で良かった。此の男には互いの縄張り(プライベェト)についての正しい理解があるようだ。僕は其れを聞いてやっと心に余裕が生まれ、先ほどから(ないがし)ろにしていた獲物の方に目をやる事が出来た。
 女は僕がトラブルに巻き込まれている間も、殆ど移動する事無くガタガタと身体を震わせてその場に座り込んでいた。きっとヘタに動きでもしたら、命が無いと思ったのだろう。僕は女が逃げて無い事が分かり安心し、男に向かって話を即した。
「…… ……で、僕に聞きたい事って、何なんだ?」
 話が出来る奴だという事は理解したものの、だからと云ってこいつ等に対しての不穏さは拭いきれない。そもそも話を聞くだけの為に僕の廃工場(あそびば)まで来たという事自体が異常だ。さっさと要件を済ませて此処から消えてもらいたい。
「… ……ちょっ、だから落ち着けって。… ………あぁ、悪い。… …聞きたい事ね。あのさ、あんた、ヴァレリィって奴、知らない?」
「… ………!…… ……」
 男の目線はサングラスで隠れ見えないが、此方を見ているのだろう。僕はその目線を直視しながら、決して目線を外さないように話を聞いている。此処で不用意に目線を外してしまうと、此方(こちら)の腹の中が読まれてしまう。だから、まだ奴から目を離しては不可(いけ)ない。目を離すのは、返答と同時にだ。考え込むように自然に、素っ気なく。
「… ………ヴァレ、リィ?… …… …… …そいつは、裏社会(そっち)では有名な奴なのか?… …… ………。… ……いや、全く記憶が無いし、そんな名前、僕は聞いた事無いなぁ。」
 いや、の所で、此処最近の記憶を辿るような仕草をしながら、目線を少しづつ徐々に右上に外していく。極めて自然な動作だ。心臓の鼓動も今は均等に胸を打っている。僕は極めて冷静だ。
「マジかー。そっかぁー。やっぱ、そうだよなぁ。あんたみたいな堅気のお兄さんが、知ってる訳ないよなぁ。」
 男は僕の返事を聞くと、両手で頭を抱え大げさに天を仰いだ。金髪ボブ少女もその隣で、空中に胡坐をかいて、少し溜息をついた。おさげ少女は立ったままの最初の姿勢のまま、大して動きを見せない。
「ちッ。」
 金髪ボブ少女の舌打ちが聞こえる。
「なぁ?… …だから、俺、最初から云ってたろ?此のお兄さんは可能性薄いって。だって、彼は趣味で()ってるだけだもん。そんな奴とヴァレリィに、一体、何の接点があるかっての。」
「… …あー、ムカつく野郎。」
「まぁまぁ、落ち着けってマキコ。そういう訳だから、是で用事は終わりだ。此のお兄さんはヴァレリィの事を知らない。お兄さんは嘘なんてついてないよ。俺には分かる。そして、知らない連中の事はそれ以上構わない。最初に、約束したよな?」
 男はマキコと呼ばれた金髪ボブ少女に向かって、滾々(こんこん)と諭すような口調で話す。
「… ……… ……分かったよ、クソ。」
「オッケー、良い子だ。」
 どうやら、僕の事は蚊帳の外のようだ。大丈夫、バレて居ない。
 僕のヴァレリィ様。此の理不尽な社会に無残にも殺されそうだった僕に、彼はこの上ない大きな愛によって、チカラを与えてくれた。そして、彼は僕の此れまでの人生を矯正(きょうせい)する訳ではなく肯定によって導いてくれたのである。キミのやりたいようにすれば良い、狂った奴は速やかに粛清してしまえ。彼の言葉の全てが僕の心を打つ。迷い続けた人生だった。だが、僕は彼に出会って変わった。生まれ変わってすっきりと頭の中の霧が晴れていったのだ。僕は僕らしく生きる為に、世の中のクズ共を消し去っていく。そして、美しい指先を此れからも愛していく。此れだけが僕の中の真理だ。
 だが、神にも等しい彼の事を、何故こいつ等は追っているのか。そしてきっと、其の理由が穏便で無いという事は想像に難くない。こいつ等に、ヴァレリィ様の情報を与える訳にはいかない。
 僕の生まれつきの超能力(サイキック)閃光(ストロボ)だ。ほんの一瞬、ほんの小さな眼球の発光現象。其れにより、一瞬相手の視界を奪う。後は此の携帯用のサバイバルナイフで刺せば終わり。全ては一瞬だ。
 見たところ、此の連中も普通では無い。おそらく能力者だろう。だが、能力者なんてどいつもこいつも変わりゃしない。少し弱々しい所を見せておいて、奴等特有の虚栄心を満たせてやれば、必ず隙を見せる。其処へ目くらましを食らわせてブスリと一刺し。此れまでもそうやって邪魔な奴を殺してきた。それに… ……。いざとなれば、此のヴァレリィ様から頂いた特別製の限界増強薬物(ブースト)がある。命の危険を感じたら使うように云われた僕の宝物。此の宝物がある限り、僕は死ぬことは無い、絶対。つまり、

、何時でも対応できる備えが僕にはあるのだ。僕は改めてヴァレリィ様への愛を誓い、ズボンのポケットに手を入れ宝物をしっかりと握る。

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