第9話 学徒と水使い①

文字数 2,832文字

 少し日焼けして両頬には初々しいニキビがある。此の前会ったのは半年ほど前だったと思うが、以前よりも背が伸びたかもしれない。
 平日の夕方俺の前に現れた小林君は中学生らしい言葉遣いで、学生帽を浮かせて丁寧に挨拶をした。
「こんにちわ。お久しぶりです。」
「おう。元気そうで良かったよ。」
 昨日、というか正確には今日の夜中だが、依頼人の女を病院に送り届けてから直ぐにW.W.トミーに連絡を取った。トミーはまず丑三つ時に電話を掛ける俺の非礼さについて大層抗議したが、其れは最早、毎度の如くの儀礼的なものだった。五分ほどの説教の後、トミーは俺に要件を促した。俺はつい先ほど超能力(サイコ)デーモンと交戦した事、ヴァレリィが今日の23時半にクライン76と云うバーに現れるかもしれない事を伝えると、トミーは其れを慎重に聞いていた。芥次郎の一件から一週間の能力者の命が狙われている事が判明した手前、彼にとっても他人事では無かったのだ。クライン76への同行については一つ返事で了解を得る事が出来た。
 俺が最初に芥次郎の件を共有して以来、トミーの方でも色々と探りを入れていたようだ。そういうワケで、今日は其の情報交換も兼ねて会う事にしたのである。
 クライン76は図らずも俄然原尾四(がぜはら・びよん)の事務所から50メートルと離れていない場所にあった為、俺は待ち合わせ場所に俄然原を尾行する際に入った純喫茶を指定した。
「此の辺地理に暗いもので、ちょっと迷っちゃいまっした。外で待って貰って、すみません」
「イヤ、俺も今来た所だし、全然待ってないよ。てか、トミーさんは?」
「先生はまだ学校が終わってないみたいです。明日の授業の準備等で忙しいみたいで。終わり次第直ぐに行くと云ってました。」
「トミーさんも一応、堅気(ソッチ)の人間だものね、了解。急に呼び出して悪いな。」
(イエ)、此の件は僕たちにも関係がある事ですし。先生からも、最優先で対応してくれと云われてるんです。」
「そっか。助かるよ。… …とりあえず、お腹空いたろ?話は飯食ってからにしようぜ。」
「はい!」
 俺は小林君を連れ立って純喫茶の扉を開けた。比較的空いている店内を、女給(ウエートレス)に案内されながら壁際のボックス席に着く。小林君には奥側に座ってもらった。朝からホットドッグ一つしか食べて居ない俺は大層腹が減っていた。早々に献立表(メニュー)を広げ、幸福に思い悩む作業に入る。パスタ、ハンバーグ等、色とりどりの料理に喉を鳴らしながら、小林君にもう片方の献立表(メニュー)を手渡した。
「うほー、美味しそうなモンばっかだなァ。何にしようかな。ア、此処は俺のオゴリだからさ、遠慮なく何でも頼みな。」
「有難うございます!」
 両手で受け取りながら、小林君が快活な返事をする。其れから小林君も料理決めに専念しようとした時、
「竹田ァァアアア… …」
 何処からともなく、地獄の底から木霊(こだま)すような怨嗟(えんさ)の声が聞こえてきた。小林君が咄嗟に顔を上げ、何事かと辺りを何度も見回した。
「な、何でしょうか、今の声… …」
「小林君、無視するんだ。其の妖怪(モノノケ)の声に耳を傾けては不可(いけ)ない」
 俺は献立表(メニュー)で顔を覆いつつ、小林君に注意を即す。だが、其の呪いの声は留まる事を知らず、尚も語るのを止めないのだった。
「チョコレイトパフェエええええええ… …。… …イチゴパフェェエエエエ」
「… ……竹田さん、なんか、其処」
 小林君が俺の隣のトートバッグを指さして云った。… …クソ。先刻(さっき)までぐっすり眠っていたクセに、眼を覚ましたようだ。普段なら、一度眠れば昏睡するように起きないのに、パフェの甘い匂いには敏感に反応するらしい。黒革のトートの隙間から、間の抜けた木像二つが顔を出した。
 一つはピカソのゲルニカの絵を思わせる芸術的な顔を有する木像。もう一つはぽっかりと開いた目口を持つハニワのような木像。こいつ等は絶マキコと絶ヨウコ。俺の式神である此の二人は、普段は依り代として此の奇妙な木像に身を重ねている。式神の身体については良く知らないが、其の方がラクらしい。傍から見ればもっとマシな依り代が色々あると思うのだが、本人たちは此の木像に満足しているようだった。
「ひっ!た、た、た、竹田、さん!ば、ばけ、化け物ッ!其処、化け物いますッ」
「あ、いや、小林君。こいつ等は大丈夫だから。」
「…ううぅううう… …」
 小林君が自分のリュックに手を突っ込み、何かを取り出そうとしている。不可ない、平静を失い何やら武器を取り出しそうとしている。
「ちょっと待った!ストップだ、小林君ッ」
 俺は何やら面倒な事になりそうな気がしたので、トートバッグに手を突っ込んで木像2体を鷲掴みして引っ張り出し、テーブルの真ん中に置いた。
「前に芥次郎の件の共有の時、ちらっと話には出したんだが、こいつ等は絶姉妹と云うんだ。色々と紆余曲折があって今俺と一緒に居る。此の芸術的な顔面の方が絶マキコ。んで、もう一つの間抜けなハニワ顔が絶ヨウコって云う。危害は無いから安心してくれ。」
「… ……絶姉妹… …そう云えば、聞いたような気がします… …」
 小林君は突然の事態に面食らってしまったようだ。
 芸術的な顔面を有する絶マキコが、テーブルの縁まで小林君に近づいていく。其の動きに合わせて小林君は思い切りソファに仰け反っていった。
「ひっ」
「…… …竹田。何よ、此のガキ。」
「此の子は水使い(ウォーターマン)の助手の小林君だよ。てかお前高校生なんだから、彼とそんな年変わんねーだろ。偉そうにすんな。」
「… …ふーん。」
「… ……… …」
「竹田。」
「あん?」
 マキコが此方を振り向いて木像の身体をふるふると動かす。繋ぎ止める者(グラスパー)として姉妹と

ようになってから、こいつ等の云いたい事が何となく分かるようになってしまった。
「… ……ったく。… …仲良くしろよ。」
「分かってるって」
 俺は左手の指輪のついた中指を親指にこすりつける。
 ドヒュウッ
 腕を組んだスケバンと、スカートを軽く抑えた女学生がテーブルの真上、中空に現れた。ヨウコのおさげが小さく揺れた。マキコは直ぐ様小林君の席の隣に降りて行き、足を組んで座った。
「私、絶マキコってゆうんだ。よろしくな。てかあんた、見るからに中坊だよね。私の方が先輩なんだから、ちゃんと(うやま)うんだよ。生意気(ナマ)云ったらシメるから。」
 そう云いながらマキコは小林君の頭をぽんぽんと叩く。其れから、小林君の反対側にはヨウコがちょこんと申し訳なさそうに座った。
「… …私は絶ヨウコと申します。…… ……マキコがご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません。至らない点も多々あるかと思いますが、此れからよろしくお願いします。」
 当の小林君はと云えば、マキコには大層怪訝な顔をして俯いているばかりだったが、ヨウコの挨拶に対しては其のニキビの浮かぶ頬を桜色に染めながら、此方こそ、よろしくお願いします!と元気に返事をした。其の返事が気に食わなかったマキコは眉間に小さく稲妻を走らせながら、小林君の頭を一発軽く(はた)いた。
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